第四十一話披露宴
アイオライトは、生まれて初めて結婚式に参列した。
そして、これから先、あのように笑いに溢れた式に参加することはないだろうと思った。
彼にとっては叔母に当たる元王女のルビーまでもが、貴族にあるまじき大声で笑っている。伯爵家も男爵家も関係なく語らい、最後に彼と桜姫に『次は貴方達だ』と代わる代わる声をかけてきた。
本決まりになっていないから気が早いと言うと『それなら余計早く決めなさい』とバンバン肩を叩かれた。
言葉が理解しきれない桜姫は、始終キョトンとしていて可愛かったけが、アイオライトは、叩かれ続けた肩が、まだ痛い。
『私は、仮にも王族なのだが?』
ただの親戚の子供のような扱いを受け、彼の胸の中は温かくなった。
今がコレなら、今後、王籍を離れたからといって、彼らの態度は変わりそうもない。
帰りの馬車に揺られ、
「エンジェル嬢は、とても綺麗だったね」
と問いかけると、アイオライトの口元をじっと見ていた桜姫は、
「き・れ・い」
一語、一語、区切るように発音した。
ここ最近、彼女は、彼の口を一生懸命真似る。
だから、アイオライトも、彼女の前では普段よりずっとゆっくり喋るようになった。
勉強熱心な桜姫は、常に持ち歩くペンと紙の束を取り出して、丁寧な字で、
き れ い
と書いた。
「そうそう、上手だよ、桜姫」
「き・れ・い、き・れ・い」
言葉が舌に馴染むように、何度も何度も繰り返す様が愛おしい。
いつの日か桜姫と結婚する時、貴族向けの式とは別に、あの小さな教会で、親しい者のみ集めた結婚式をしても良いかもしれない。
その時は、シャーリーとマックスに一肌脱いでもらおうと心に決めた。
この短期間で、あれだけ素晴らしい式を作り上げた人々に支えられているのだから。
「あなた、そろそろ泣き止んで頂かないと」
リシーが、ジョンに4枚目のハンカチを手渡した。
『あの小さな鞄に、どれだけのハンカチが入っているんだろう?』
と不思議そうにシャーリーは母の鞄を見つめる。
ジョンは、アイオライトと桜姫が帰る際も、オイオイ一人泣いていたので、皆に放って置かれた。
『いや、マックス様入婿ですけど?これからも、ずっと一緒に暮らすんですけど?』
父の悲嘆のくれように、シャーリーは、ツッコミを入れたくてしかたない。
「お父様、そんなに泣いたら、目が溶けちゃうわ」
「シャーリーーーーー!」
「それに、そろそろお席に座って」
シャーリーの側から離れないジョンに、参列者達も笑いを堪えている。
『そこ、新郎の席よ』
シャーリーは、コソッとジョンの耳元に囁いたが動く気配がない。
マックスは、劇場に来てから立ちっぱなしで、新郎席からジョンが退くのをずっと待ってる。
「お父様、私このままでは、ジポーノ国に行かなくてはいけなくなるかも」
シャーリーが再び耳元にささやくと、
ピタリ
現実を突きつけられたジョンは、途端に泣き止んだ。半分嘘泣きだったのかもしれない。
「さぁ!皆、披露宴を始めよう!」
両手を上げて宣誓するジョンだが、やっぱり新郎席から動かない。
結局、最後は、ジャックと屈強な男性陣に運ばれて、親族席へと連れ去られていった。
『今日は、きっと飲んだくれるわね。』
彼の相手をしなければならない面々に、シャーリーは、心の中で手を合わせた。
「シャーリー」
やっと隣に座れたマックスが、苦笑しながら声を掛けてきた。
「はい、マックス様」
「今日から、よろしく」
「あ、は、はい!よろしくお願いします!!」
返事が大きくなり過ぎて、近くの席から、
ピューピュー
と口笛が鳴り、
お熱いねぇー!
とヤジが飛んだ。
『私、一応、伯爵令嬢なんですけども!』
場末の酒場のような盛り上がりに、シャーリーは、ムーッの口を尖らせる。
しかし、そんなことを気にする繊細な者は誰ひとりおらず、ジャックは、なみなみとお酒の入ったジョッキを掲げた。
「じゃあ、そろそろ、おっ始めるぞ!」
男性のみならず女性陣も立ち上がり、手にグラスを持って上に突き上げる。気づけば、ルビーもリシーも、ワイングラスを高々と掲げていた。
「シャーリー様!マックス!結婚おめでとう!乾杯!」
かんぱーーーーーーーい!
空気がビリビリっと鳴るほどの大声が、劇場内に響いた。
『一体、何人いるの?』
シャーリー達の席は舞台の上に設けられており、周りを取り囲むように親族席が並んでいる。そして、すり鉢型に設置された観客席が壁に向かって段々畑のように広がっていた。流石、王都一の劇場だ。規模と装飾の美しさにため息が出る。
そして、観客席はビッシリと人で埋め尽くされており、シャーリーに向かって口々におめでとうと叫んでいた。
『歌姫はこんな所で歌うのね……』
などと、シャーリーは、現実味のない光景に、変な感想を思い浮かべる。
教会から、ここに来るまでの間も、露店が立ち並び、お祭りの様相だった。
『あぁ、私は、なんて幸せ者なの。』
愛する人達に囲まれて、愛する人と結婚できる。
ただ、
時間ねーぞ!巻いて、巻いて!
並べられた樽の蓋が叩き割られ、一気飲みして空になったジョッキに、柄杓で酒が注ぎ込まれて行くさまは、何かの祝勝会のようだった。
「「シャーリーしゃま、おめでとうごじゃいますゅ。おいわいに、おうたをうたいましゅ(お祝いにお歌を歌います)」」
双子のような小さな子供達が出てくると、どんちゃん騒ぎしていた大人が黙った。サラとマリアを初めて見るキリックは、じーっと二人を凝視する。
「サックス、アレ誰?」
「キリックは、初めて見るのか?あの子達は、シャーリー様の妹みたいなもんだ」
「妹?」
「孤児院の子達の中でも、一番小さいらしいな。ちゃんと礼儀作法も習ってて、たしか、桜姫様の所にも連れて行ってるはずだ」
「へー」
見た目の愛らしさが、異国から来た姫君を癒やすのかと思っていた。フワフワの子犬や、小猫のような愛玩的意味合いで。
だが、サックスに、
「店頭に座ってワンポイント刺繍なんてのもやるんだぞ。今日のシャーリー様のベールも、あの子達が縫ったらしい」
と言われ、キリックは、自分が恥ずかしくなった。ブリリアント家の中では末っ子だが、キリックも、もう十六歳。
現在は、魔法学園に通っていて、将来は、マックスみたいに魔導士団に入りたいと思っている。
しかし、マックスは規格外だし、一つ上のスコットは風魔法の天才。鍛錬をいくら頑張っても勝てないジレンマに、気持ちが負けそうになっていた。
馬鹿みたいに不貞腐れていたが、自分の腰にも届かない身長のチビ達が、既に働き手として頑張っていることを知り、恥ずかしさで顔を下に向けた。
『孤児院ってことは、親がいねぇんだよな?』
妹や弟がずっと欲しかった。それは、お兄ちゃんぶりたいという短絡的かつ無責任な感情だ。
既に働き手として頑張るあの子達に比べれば、キリックの兄達に勝てないという愚痴は、甘えのように思える。自分の不甲斐なさに唇を噛んでいると、そっとサックスがスコットの肩に手を置いた。
「なぁ、キリック」
「なに?」
「俺は、マックスにも、スコットにも、ましてやシャルト兄さんにもなれないけど、『普通』ってのも、なかなか難しいもんなんだ」
変わり者の集まりと言って良いブリリアント家の中で、『最高の普通』と呼ばれるサックス。
だが、それは、決して揶揄する言葉ではなく、オールマイティーな彼を称えるものである。それぞれに魅力が違うだけで、皆、世界で唯一の人間なのだ。
「お前は、お前で良いんだぞ」
「ん」
キリックは、なんか涙が出そうで、手短に頷くだけにした。
でも、チビ達の歌が想像以上に調子はずれで、笑い出したら、結局涙が止まらなくなった。




