第三十三話ミケーネ参上
手紙を出してから3日経った早朝、ブリリアント男爵家の玄関に、一人の老婆が仁王立ちしていた。
「ラグドール!!!急に連絡が来たと思ったら、こんな理不尽で失礼なお願いを、曾孫にされるとは、思ってもみなかったよ!」
ラグドールは、杖を振り回し、怒り狂う曽祖母、『ミケーネ婆ちゃん』を前に、笑いが止まらない。
御年、百五歳。マックスにとっては、高祖母になる彼女は、ラグドールにとっては、母同然の人だ。
ラグドールの母は、体の弱い人だった。ベッドに横たわって、悲しげに微笑んでいる姿しか思い出せない。祖母は、母が役に立たないから、内向きの事を一手に引き受けて、大変そうだった。
だから、彼は、祖父の母親であるミケーネに、ずっと預けられていた。
田舎の領地ゆえに、領民も、麦を中心にした農業で生計を立てている。
だから、大した贅沢が出来るはずもなく、牛の乳搾りも、畑の耕し方も、ご近所付き合いの仕方も、全部、ミケーネから教えてもらった。
母も、祖母も亡くなり、ルビーが嫁いで来るまでは、ブリリアント家の中で女性は、ミケーネ一人だった。
彼にとって、女性=『ミケーネ婆ちゃん』で、学園に入り、ルビーに出会った時の驚きは、雷に打たれたような衝撃だった。
「ミケーネ婆ちゃん、可愛い玄孫の為だから、一肌脱いでよ」
「ふん!一回も会ったことの無い玄孫なんて、可愛くもなんともないね!」
出来ちゃった結婚でシャルトを産んで、立て続けにキリックまで産んだルビーは、そのまま子育てに入って、領地に行った事がない。
無論、子供達も王都で生活し、教育もこちらで受けていることから、領地で住むミケーネに会ったことがなかった。
『あぁ、シャルトだけは、領地経営を学ぶ過程で、何度か会っているか。可愛げがないと愚痴るわりに、気が合ってるように見えるから不思議だ』
ラグドールは、シャルトに可哀想なことをしたと思っている。子供らしい幼少期を過ごさせてやれず、長子として頼り過ぎた。そのせいで、大人びた彼が、本当の笑顔を見せることは少ない。
しかし、何故か、ミケーネとは対等な口喧嘩をするのだ。
『婆ちゃん、バケツ寄こせって!』
『まだまだ、若いもんには、負けん!』
『負けていいんだよ、百超えてるんだから!』
ミケーネ流の子育ては、子供を子供として扱わないところが持ち味だ。年寄り扱いされることを死ぬほど嫌い、逆に対抗しようとしてくる。
ラグドールも、家族全員で住めればと、何度か王都での生活を勧めたが、
『ラグドール!あんたが留守にした時の領地管理を誰がやるんだ!』
と怒られ、実現しなかった。父も、祖父も、曽祖父も、短命で、任せられる適任者が居なかったとはいえ、ミケーネの負担は軽くなかっただろう。
今回は、ミケーネの代わりに、シャルトが領地入りしてくれている。
『まぁ、シャルトになら任せてやらんこともない』
ミケーネの不貞腐れた物言いに、玄孫への信頼と愛が隠れていた。
『シャルトなら、私よりも立派に領主を務め上げそうだ。』
ラグドールの感想は、正にその通りとしか言いようがない。純粋で騙されやすい彼よりも、人の裏を探るシャルトの方が厳しい領地経営を上手くまとめるだろう。
「ミケーネ婆ちゃん、きっと、シャーリー様は、気に入ると思うよ」
優しく、聡明で、度量が広く、商才がある少女は、きっと、百戦錬磨の老婆のお眼鏡にかなうだろう。
「だから、よろしく。『死ぬ前に、玄孫の結婚式を、どうしても見たかった高祖母』のフリをしてよ」
「フリじゃなく、楽しみにはしてる!でも、なんで、『死ぬ前』なんだい!」
ミケーネの杖を巧みに避けながら、ラグドールは、彼女を応接室へと誘っていく。
「ミケーネ婆ちゃん、『死にかけている』人は、そんな大声出さないよ」
そう、ラグドールが立てた計画は、『命が風前の灯となった高祖母の最後の願いを叶える為に、結婚を早めました!作戦』だった。
「わたしゃ、まだ、死なないよ!」
「知ってるよ。殺したって、死にそうにない」
「ラグドーーーーーーーール!!」
ミケーネの怒鳴り声は、今日も元気だ。
その日、魔道士団最恐の男と呼ばれるシュリーマンは、机の上に置かれた四角い物体を見た瞬間、普段ではあり得ない嫌な気配を捉えた。
「おい、コレは、何だ?」
近くにいた副団長のジェローナをとっ捕まえ、箱を顎で指し示して聞くと、
「魔導士団団長、シュリーマン・タングステン宛の小包ですが、何か?」
と、さも当たり前といった感じで返してきた。
シュリーマンが聞きたいのは、そんな事ではない。
「俺の見間違いじゃなきゃ、差し出し人の名前が、『リシー・エンジェル』になっている」
「そうですね。ん?エンジェル?あぁ、エンジェル伯爵の奥方様かな?それなら、マックスの義理のお母さんになりますね」
「くそっ!リシー、そんな所に嫁いでやがったか!」
シュリーマンは、縦横の大きさに対して、少々厚みが薄すぎる箱の中身が、大体わかった。
リシーの母とシュリーマンの母は、女学園の同期だった。幼い頃、よく彼は、母親に連れられリシーの実家に遊びに行っていたのだ。実の姉のように慕った時期があったが、ある日、彼女の自室に入れてもらった瞬間から憎悪の対象となっている。
『あれは、きっと、アレだ。』
彼女が、部屋の壁一面、棚の上から下まで全てを埋め尽くすようにして置いていたアレ。
背筋にザワザワと何かが走り抜けたような怖気が走り、腹の底から湧き出るような吐き気を抑えきれない。
「ジェローナ、それを、捨ててこい!」
壁に張り付き叫ぶと、ジェローナが、面白いオモチャを見つけた子供のような笑顔を見せた。
「団長、何怯えてるんですか?」
「何でもない!」
「まぁま、まずは、開けてみないと」
バリバリバリバリバリバリバリ
ジェローナが、包み紙を乱暴に開けると、中には、案の定、
「ギャーーーーーーーーー!」
蝶の標本が、入っていた。
「わぁ、綺麗」
「バカヤロー!蛾と、なんら、変わりねぇだろ!さっさと、俺の目の届かないところへ持っていけ!」
「もー、団長、五月蝿いです。ん?なんか、メッセージカードがついてますよ」
ジェローナがつまみ上げた、花柄の紙切れには、
『マックス・ブリリアントの定時帰宅を要求します。拒否する場合は、自宅に、100倍送りつけます』
と書かれていた。
「あの、悪魔!」
「えー、素敵な方じゃないですかー」
口元を押さえ、笑いを堪えるジェローナの目は、リシーにそっくりだ。
「で、どうされます?今晩も、マックスを深夜まで働かせますか?」
「くそっ!分かった、分かった、分かった!今日から暫く、全員定時に帰宅していい!その代わり、朝、3時間早く出ろ!」
「やった!」
ガッツポーズをとったジェローナは、扉を開けると、隣に詰めている他の仲間に向かって、
「今日から、残業なしよーーー」
と叫んだ。
しかも、そのまま走り出て、外にいる奴にまで伝えに行った。
「おい!待て!コレを捨ててからにしてくれ!」
シュリーマンの叫びは、ジェローナには、届かなかった。




