第二章 兆し 逃走(1)
「あの子に会わせて下さい。
今日はあの子の十二回目の誕生日・・せめて今日だけでも一緒にいさせて下さい。」
ファナがガルスに床に額をつけるようにして頼み込む。
「仕方が無い・・今日だけだぞ。」
思い詰めたようなファナの表情にガルスは仕方なく答えた。
「クルスも一緒に。」
「よかろう。だがクルスは夜には自分の小屋に帰せよ。」
「解りました。
では、サイゼルをここに。
クルスにも使いを出します。」
昼前にまずクルスがファナに宛がわれた離れに来た。が、艶めかしい匂いのするファナの私室を前にクルスは立ちすくんだ。
「ごめんなさい。こうするしかサイゼルを救えなかったの。」
ファナはクルスを私室に招き入れ、ガルスに身体をまかせた経緯を話した。
「そうか・・そんなことが・・・」
クルスは悲しそうな眼で呟いた。
「俺が頼りないばかりに・・・」
そこへサイゼルが入って来、二人を戸惑うように悲しげに見た。
「サイゼル・・・」
ファナが語りかけるが、当然答えの言葉は無い。
「サイ・・」
再度のファナの言葉を遮り、食事が運ばれてきた。
「ガルス様の心付けで・・・」
食事を運んできた下女がその場を裂き、すまなさそうに告げる。
「そこに・・・」
ファナがその下女にテーブルを指す。
「サイゼル。お掛けなさい。クルスも座って。」
ファナは二つの椅子を指さした。
三人一緒の食事・・何年ぶりか・・・
ファナの頬を涙が伝い、その涙の目でサイゼルの一挙手一投足を見詰める。
「・・・・
サイゼル・・」
何かが違う。
サイゼルの何かが・・それは五年の月日がサイゼルを少年へと育てたためか・・それとも・・・
「クルスは何時もサイゼルと一緒に。」
食事を勧めながらファナがクルスに問いかける。
「いや、サイゼルとは俺も引き離されている。」
「ではサイゼルは何時もどこに・・」
「俺にも解らない。」
なぜ・・・ファナの胸に不安がよぎる。
それでもサイゼルを優しく見詰める・・だが、
違う・・どことは言えないが・・・
クルスに目配せをする。それを受けクルスがサイゼルに話しかけ、サイゼルがそれに一つ一つ頷き、もしくは首を横に振る。
ファナがガタッと椅子をひっくり返して席を立つ。
「違う・・サイゼルじゃない。
貴方は誰。」
ファナがサイゼルにそっくりの少年を問い詰める。
「どうしたと言うんだ急に、この子はサイ・・・」
「いいえ違うわ。私には解るの。
現にサイゼルは今まで貴方の質問にこんなに一つ一つ答えた。」
「そういえば・・・」
「ねえ貴方は誰なの。」
ファナはサイゼルにそっくりな少年の肩を揺さぶり、声高に詰問した。
「本当のサイゼルはどこにいるの。」
そのファナの袖をクルスが引く。
「出よう・・ここを。
出てサイゼルを探すんだ。
直ぐに支度を、村外れで待っている。」
そう言うとクルスはサイゼルにそっくりの少年の手を引いて、部屋を飛び出した。
ファナは慌てて荷物を纏めに掛かった。ガルスに貰った華麗な衣装や宝石類は手提げ行李に詰め込み、箪笥の奥にしまい込んであった古ぼけた革の服を身に纏い、それからすぐに離れを出てクルスが待つ村外れに向かった。
途中数人の男に見咎められたが、ファナはそれらの全てを無視し、約束の場所まで走った。
そこでクルスは少年の手を引き、剣を片手に待っていた。
「クルス、それは。」
ファナはその剣に眉を顰めた。
「護身用だ。ここに来るまでお前は何人もの者に見られたはず。追っ手が来る。その時の用心。」
「その子は・・・」
「連れて行く。サイゼルの行方を知っているかも知れない。」
ファナはそれに頷き、
「行きましょう。
当座はこれでしのげます。」
と、手提げ行李を持ち上げ、クルスと共に少年の手を引いた。




