38.苦労神エスター
青い空。
青い海。
白い砂浜。
椰子の木や夏の花々が美しい常夏の楽園。
それが夏の神エスターの神域だった。
海から少し離れたところに小さく可愛らしい、白い神殿があった。
普段は明るく、暖かなその場所は今……胃を抑えて苦痛に喘ぐ男の声と、海よりも深い溜息、それからゴリゴリと薬草を擦り潰す音が響いていた。
「兄上、これを飲め。少しはマシになるはずだ。全く……何を考えてこんなになるまで放置していた」
「すまん。ありがとう、アルス……」
呆れた顔で薬を渡すのは医神アルス、そして呻きながらそれを受け取ったのは神域の主であるエスターだ。
「どうして末の二人以外、俺の言うことを全く聞かないのか」
「舐められているのではないか?というか、他の四季の神々を殺して兄上が四季を回せばいいんじゃないか」
「物騒」
エスターは思わずそう返したけれど、今回ばかりはそれも考えた。
エスターはきちんと四季を回す……夏を迎えるための儀式を行う必要があった。それは集中して長い時間行うものであるため、一時的に兄から目を離す他なかった。
冬の神ネーヴェが何かコソコソとやる気がしたので他の兄姉、妹に見張りやら牽制を頼んだ。太陽の兄神、月の姉神はそもそも毎日のお勤めがあるので忙しく、そんなに見ていられない。だから仕方のない部分はある。けれど春の神である姉は「ネーヴェ兄様の好きなようにさせてあげてもいいじゃない。人にとって神に愛されるのは誉でしょう?」などと宣い完全無視。秋の妹は「興味ない」とこれも放置。
雨の神、雷の神である妹たちは「無理でした」「そもそもアタシらの言葉聞こえてんのか?あのクソアニキ」と言っていた。申し訳ないと謝れば、二人ともが「顔色が悪いですよ」「アルス呼ぶ?」と言い出して今に至る。
「姉様も兄様も酷いと思います」
「シアの言う通りだぜ。アイツらちょっといい加減だしよ」
「春の雨であった災害、シアのせいにされました。許し難し」
雨の神オルタンシア。
雷の神ドンナ。
彼女たちは季節の神の要請に従って、下界に必要なだけ、必要な現象を引き起こす。それは土地にとって必要なことであり、その地に住まう者たちに配慮した事象ではない。
だが。
「必要ない災害じゃないかって確認しても、大丈夫って相手にしなかったんだぜ。アイツ」
「それなのにシアが責められました。不服です」
「今回問題起こしやがったのはネーヴェだが、ズレてるしまともにコミュニケーション取れねぇけど、アイツは真面目だからマシ」
「姉様たちはダメです。チェンジを要求します」
妹たちの言葉に頭と胃が痛くなったエスターは、あることに気がついた。
自分たちと末の妹二人、それからハロルドにとってのしばらくの平穏を考えた時に出した答えだ。
「……いや、そうだな。四季はもうしばらく某が回せばいいな」
エスターはフォルテと父、それと美の女神に兄のやらかしを伝えると共に、ユースティアへと神罰の申請を送る。ユースティアも謹慎中の身ではあるが、この件について彼女はおそらく、誰よりも憤るだろう。
「天秤の女神は、その責務に釣り合うことなき仕事を許すことができない。それが例え、己の子であっても」
可哀想な人の子を振り回し、構う暇があるのならば、自分の子の教育でもしていればいい。
エスター以外はオカンが苦手だったりする。




