22.広域魔道結界
王都は大丈夫だろうと分かってはいるが、不安感はある。王都を囲う塀の外から避難してくる人々はより恐ろしくてたまらないだろう。
「ドラゴンが来てるっていうのに、何で王都の方に避難してくる人たちが多いんだろう」
「この国で、ここ以上に安全な都市はないからだよ」
ペーターの疑問にハロルドは苦笑しながら答えた。
王都の中央に聳え立つ王城。それはある意味ではこの国で一番大きな魔道具である。
王城内にある礼拝堂はその起動装置となっており、有事の際には大きな役割を果たすことになる。
窓から空を見上げれば魔法の膜のようなものができていた。
「パラケルススの遺産、広域魔道結界装置『ミライ』だよ」
学園の図書室に置いてある歴史書などにも書いてあるものだ。アイマンも存在は知っている様子で「これが」と感心したように呟いた。
「変な名前だな」
「何でも、当時の勇者……パラケルススのパートナーであった女性の名前からきているそうだよ」
偉大なる錬金術の祖、パラケルスス。
それが大変な問題児だと知るのは今や少数だ。
「これがあるから、王都から出るよりも全てが終わるまで中で待つ方が安全だと、ここの民は知っているんだ」
「なるほど」
納得した様子のペーターは、ハロルドをキラキラした瞳で見つめていた。
当のハロルドは妖精たちに頼んで避難民の保護や物資の支援などの手配もしていた。神子様名義できちんとやっておけばフォルテの信仰が高まる。
(それに、マリエさんやルイたちもそんなことやってる暇ないだろうし)
神から加護を受けているこの2人は、結界を維持するために、王城の礼拝堂で先頭に立って魔力を注いでいるはずだ。
本来ならハロルドもそこにいるべきなのかもしれないが、つい先日倒れたばかりであるためだろう。今の所、召集されていない。もしかすると、婚約者であるエリザベータが呼ばれている可能性はある。
(神降ろしって言うんだっけ?あれって結構身体に負担がかかるらしいしな。俺的にはもう元気だけど、無理をさせておっかない女神に口出しされたくないだろうし)
ハロルドは気楽に考えているが、彼が元気なのはあくまでもティターニアとフォルテの介入があったからだ。
適性の高い者でも神をその身に降ろせば、数日間は寝たきりになるし、人によってはそれだけではすまない。だからこそ彼女たちはユースティアに怒り、ハロルドに手を差し出した。
それだけ、負担の強い出来事だったのだ。だから国がハロルドを呼び寄せないのもある種仕方のない話だった。
強い魔力を持つ者は1人ではない。元々が、ハロルドのような存在が現れることを期待したシステムではないこともあって、居なくても支障はないのだ。
そんなハロルドの家に訪問者があった。
そこには不機嫌な顔のエリザベータが、ハロルドが作った魔道箒を持って立っていた。
今日のエリザベータは騎士のような凛々しい格好をしている。長い髪を一つに束ねており、パンツスタイルは彼女の美しい脚のラインを際立たせていた。
「陛下から協力を頼まれまして」
「うん……」
「これをアーロンさんに」
「うん?」
アーロンは「俺!?」みたいな顔をしている。めちゃくちゃ嫌そうな顔で手紙を開くと、ゆっくりと息を吐いて「あー……そりゃあ、そう」と呟いた。
「ハル、呼び出しかかったからスノウと王城行ってくるわ」
「もしかして、あれの動向を見るのに?」
「そう。確かにここで何か見つけるたびに、ハルんとこの妖精たちに頼んで手紙送るより、直接向こうで話した方が早いし対策取りやすい」
アーロンが「行くぞ」と声をかけるとスノウは狼形態に戻る。乗せていこうと思っているのだろうが、エリザベータから「目立ちますので小さなままでお願いいたしますわ」と言われて落ち込んだ。
「……少し時間をもらえるかな?エリザ」
どこか考え込むような顔でそう尋ねると、「少しだけでしたら」と彼女は答えた。
そしてハロルドはミハイルに手紙を書く用意をしてもらうとすぐに自分が伝えておくべきだと考えた内容を書き記す。
器用に魔法を使って乾かすと、丁寧にそれを封筒に入れた。
「これを陛下に」
それを受け取って、エリザベータはアーロンとスノウを連れて飛び立った。
「……姉上、空まで飛ぶように」
「あれ、作ったのハルよぉ?」
ミハイルは物騒系お姉様に機動力まで与えてしまったハロルドに、何か恐ろしいものでも見るかのような目を向けた。
なお、ハロルド自身は「エリザは凛々しいのも似合うなぁ」と思いながら彼女を見送っていた。
ルイとマリエが動員されてるのは、何やかんや神の加護持ってるやつらは魔力が桁違いに高いため。
あとハロルドはエリザが興味持ったものは軽率に渡しちゃう傾向があったりする。




