18.平和なのは彼らだけ
何が起こっているのかになんて全く思考が及ばないまま、ハロルドたちは徒歩通学していた。馬車を家に置く案も出たのだが、人を雇うことでハロルドに狂う人間が出た場合のことがネックとなって計画は頓挫した。
ハロルドも家でくらいは素顔でくつろいでいたい。現在のところ、これ以上人を雇うつもりはなかった。自分たちでたいがい何でもできるのもある。ペーターも周辺器具や触らないで欲しいものを説明すると、上手くやれた。ミハイルも少しずつ家事に慣れつつあるので、要らぬ気苦労を背負い込むつもりもない。
「それにしても、昨日のヤバ女ってブライトの兄貴の愛人だっけ?女の趣味悪いな。伯爵夫人にするなら、せめてもっと教養ありそうな女狙えよな」
「本人も上位クラスに行けるほどの成績じゃない。プライドが高ければ、優秀な異性なんて目の敵にするだろうし、それを考えれば残念ながら、選ぶ女性はああなるでしょうね」
「え、何?ハロルドまた変な人に絡まれてるの?」
ペーターの疑問に苦笑を返すと、「始末しといた方がいい?」とごく自然に返されてしまった。けれど、すでに動いている人物に心当たりしかないので「いや、多分もう追い込まれてるんじゃないかなぁ」と遠い目をした。
やり過ぎないで欲しかった。切実に。
ハロルドの婚約者、エリザベータ・ルビーはやることが過激だ。滅多に動かないのはハロルドが監視を許し、特に軟派な性格でもなく、適度に会いに行ったり贈り物などで気を引いているからである。
「エリザは俺に近づく女の子に厳しいから」
「あれは厳しいというかは、牙を剥くっつーか、ぶちのめすっつーか……」
それでも彼女が婚約者であることに文句はない。今では完全にハロルドに心を移したエリザベータ。彼女は苛烈だが愛情深い。裏切りには容赦がないが、裏切らない。
「エリザベータ様?あのお姫様みたいな人、そんなに怖いの?」
「怖いぞ。片手間で村一つくらい全然焼ける」
「俺が浮気したりしない限りそこまでしないよ」
誰も否定しない。そしてミハイルは死んだ魚のような目になっている。
彼にとっての異母姉は、初めは儚げなお姫様だった。物静かで、全てを諦めたような目が印象的だった。それが今ではイキイキとしている。それはとても良いことなのだが、ハロルドを本気で気に入っている彼女は、ハロルドのためならなんでもやる様子も見ている。正直、だいぶ怖い。
(いやでも、監視はやりすぎだと思うんだよな。僕)
それも間違いがない。
なお、彼らは気が付いていないがエリザベータは覗き見バットくん4号の予約カタログを取り寄せており、新作デザインを吟味中である。止めるつもりが全くない。
そんなことをつらつらと話しながら学園に着く。
教室に行っても、ルートヴィヒとブライトの姿が見えない。珍しい、と思ったけれど王族とその部下である。何か公務でも入ったのだろう、とハロルドは勝手に自分を納得させて席に座った。
暴走するのは婚約者だけじゃないんだなぁ




