22.身内であれど
ハロルドはペーターを借りている家に連れて来て、ゆっくりとお茶をした後、落ち着いた彼がうとうとし始めるとベッドに寝かせた。程なくして眠ったことを確認すると、穏やかだった顔から表情が消える。
後ろから「ハル」と彼を呼ぶ声が聞こえた。
「……ルアか。何か動きがあった?」
「知らない女が液体のようなものを用意していた。王家の抱える組織の所属らしい。ハルに瑕疵がつけば厄介だと思っているようだ」
「そう」
その言葉は疲れたような声音だ。静かな部屋にその声は思いの外響いた。
朝が来たら、表向きは落ち込んだ少年を演じなければいけないだろう。自分を捨てた母親を心の底から案じていた息子、そうあるべきであるだろうと考えて溜息を吐いた。
「俺は変わったのかな」
「何にも。変わったのは周囲」
ネモフィラがそう言うけれど、ハロルドは苦笑する。
人は変わるものだ。けれど、現段階で自分が良い方に変わっているのか、それともその逆なのかは判別がつかない。薄情になったのか、育ててもらった記憶のない母親に情を持つのが困難なのか。彼自身で簡単に答えは出せなかった。
「まだ眠れそうにないんだ。君たちはまだ、俺とお茶会をしてくれる?」
一呼吸置いて、ハロルドがイタズラっぽくそう言うとネモフィラとルアは頷いた。
月明かりだけが彼らの夜のお茶会を照らしていた。
ルアとルクスにとって、母といえる存在は妖精王ティターニアであり、父と呼べる存在があるとすれば目の前の少年だ。ティターニアが生み出した種に、ハロルドの魔力が結びつき、それが育って二人は生まれ落ちた。だからこそだろうか、ハロルドが思い悩んでいる様子は許しがたく感じている。そんなことを考えた時だった。
ハロルドの上空よりキラキラとした光が降り注ぐ。
「よわっち女神?」
「こら。ネモフィラ、そんな風に言うものじゃないよ」
それは神託だった。
ハロルドは榻背にもたれかかってさっきとは別の何とも言えない顔をしていた。
「いや、まぁ……仕事を真面目にしてくれるなら良いんだけど、コレ俺が伝えるにはあんまりにもあんまりだな」
女神の空気を読まない要求はハロルドの持つ雰囲気をガラリと変えた。思い悩む様子から呆れた様子になっている。
「母さんに関しては、じいちゃんたちに対する説明だけ考えないとな」
フォルテの言葉に気が抜けたのか、あくびが出る。
自分の身内のことですら王家の介入があることに少し思うところはあるが、仕方のないことだとも思う。フォルテの寵愛を得たハロルドはただの平民や下級貴族として扱ったり、身内だからと利用されるような存在としてはあまりにも国への影響が大きすぎる。加えて、勇者とその家族だった者たちに与えた悪影響も大きい。そういう手段にでた理由は分からなくもなかった。
「えーっと。毛布は」
「どうぞ」
「早く取ってほしい」
差し出された毛布は彼らには重そうだ。必死にパタパタと翅を動かしている。受け取って「ありがとう」と言う。小さな声で「開け」と唱えると、銀色の鍵から空間が広がる。そこに手を突っ込むとそこから折りたたみベッドを取り出した。
ハロルドは「こんな早く動くもの?どうせ死ぬのに?」と思ってるけど、もし聖女の目に入って治療されたら厄介だなって思われて早期にお片付け。神様の力がそれなりに強い世界で、その寵愛めでたき少年の親が子供を利用してやらかしたら神罰案件なのである意味しゃーない。
ちなみにフォルテはめちゃくちゃしょーもない神託降してる。




