21.悪夢の夜
少年は悪夢を見て飛び起きた。冷や汗を拭って荒い息を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸する。
枕元に置いてある水差しからコップに水を移して一気に飲み干す。テント内をある程度暖かくしてくれているからか温い。
自分たちへの対応もハロルドが預けられた予算やそもそも彼が所持している金銭で用意したものだと聞いている。
(いつのまにか、遠い人になっちゃったな)
兄も、ハロルドも、だ。けれど中身はそう変わっていないらしいハロルドにはホッとした。あの時と同じ、優しく世話焼きな甘えられる人。けれど、自分が彼に甘えることができないこともまた、ペーターにはわかっていた。ハロルドが背負うものはかつてよりも大きい。
頭を冷やしたい、と外に出れば、狂ったような笑い声や、悲鳴、譫言のような声が聞こえる。
この周辺は隔離用のテントが集まっているのだと騎士は言っていた。ペーターたちがいた場所でも耐えきれずに狂い、生きたまま魔物の餌にされたり、嗜虐嗜好を持つ人物に売り飛ばされたりする者もいた。そういった者たちの集まりなのだろう、とため息を吐いてゆっくりと地面の感触を確かめるように歩き出す。
「ああ、普通に歩ける」
怪我をしていた足は薬を飲んだ後から少し痛い、程度にまで回復した。何度も鞭を打たれ、その過程で片足が動かなくなっていたことを思うと今生きていることも、運が良いとしか言いようがない。
逃げるためにとペーターを魔物の前に押し出して走り出した子供もいた。それはいきの良い獲物を好んだようでペーターを無視して逃げる子供を食いに走ったけれど。
そのまま歩いていると、修道女の服を着た少女が、あるテントから出てきた。きっちりとシニヨンを作ったその栗色の髪に乱れはない。交代の時間なのか、代わりにあくびを噛み殺したようなメイドが入って行った。そのテントには防音の機能が付いていないらしく、患者らしき女の声が聞こえた。
「ルディ!なんでその女なの、なんで私じゃないの!?」
嘆く声には覚えがあった。ヒステリックに叫んでいるからわかった。なぜなら、「もしこの女と兄が要らないことをしなければ」と思わない日はなかったからだ。
殺さなければ、と思った。
立ち尽くしていると、「ペーター?」と名前を呼ばれ、驚いて振り返る。
「ハロルド、様」
「今は俺……と、まぁ隠れてくれてる護衛の人だけだから前と一緒でいいよ」
苦笑するハロルドはペーターが気にしないようにと気遣ってなのか「別に貴族になるつもりもなかったしね」と軽く肩をすくめた。
「もしかして、テントの中にあの人がいるのに気付いた?」
ハロルドの問いにペーターは静かに頷いた。それを見たハロルドは苦笑する。
「息子の俺が言うべきでないとは思うけど……安心していい。君が思うほど、あの人は楽に死ねないと思うから」
その声音がゾッとするほどに無感情に聞こえて目を大きく見開いた。
「眠れないなら、一緒にお茶でもどう?俺も色々あって目が冴えちゃったんだ」
柔らかな声音と表情でハロルドはペーターに問いかける。
つい先程の様子は夢でも見たのだろうかと思うほどに感じられない。
けれど、その言葉の意味を知るのはペーターが思うよりも随分と早かった。
実はハロルドは母親の身体状態から「楽に死ねない」と思ってるだけ。




