20.思わぬ再会3
よほど劣悪な環境下でいたのか、奴隷として捕まっていた者たちはほとんどがなされるがままだった。生きているけれど、それだけだ。その瞳は濁り切って希望など映しはしない。治癒の魔法をかけ続けているマリエの顔には涙の痕が見える。日本では見たこともなかっただろう傷ついた瀕死の子供や、首輪や手錠をかけられた人々は彼女に大きな衝撃を与えた。そんなところにやってきたハロルドを見ると、信じられないとでも言うようにその瞳を大きく見開いた。
(大事にしているんじゃなかったの!?こんなところに連れてくるなんて)
非難めいた視線でノアを睨むと、彼はヘラリと笑って手を振った。そうじゃねーよと思うけれど、彼女を待つのは一人ではない。ある程度まで傷を癒したなら、それ以降は薬と当人の自然治癒力に任せる。そうしなければたくさんの人間を生かすことはできない。後ろで控えていた修道女がマリエの肩を叩く。それを合図に、マリエは次の患者のもとへと向かった。
マリエの後ろ姿をチラリと見て、ハロルドは「どうしてこんなところに連れてきたんだって目ですね」と言うと、ノアは「まぁ、国にとって大事な人ではあるけど、それ以前に君は次の領主殿だからねぇ。見ないわけにもいかないでしょ」と返す。
「ここは王都からそんなに離れているわけじゃないからさ、しばらくはお飾りっつっても無知なままでは困るんだよ」
「それはそうでしょうね」
当然だとばかりに頷くハロルドを見ながら、「ハロルドくんはいい子なんだけどなぁ」なんて思いながら苦笑した。彼は後ろから何を考えているのかわからない目でジッと見てくるエリザベータのことは嫌いだった。だからといって子供のように嫌がらせをするつもりはないけれど、向こうにも嫌われているのだろうな、と感じる程度の居心地の悪さは感じる。
案内されて隔離用のテントに辿り着いた。奴隷にされていたうちの数名はすでに心が壊れていたり、とても人前に出せる状態でなかったりした。ハロルドの母親ではないかと言われた人物もまた、その中の一人だった。
中に入ると、いつか見たものとは違う栗色の毛が交じった白髪の女性がいた。くるりと振り向いたその瞳の色はハロルドと同じ、金色の瞳だった。しかしそれはハロルドに向けられることはなかった。彼女は枕を抱いて「ルディ、大きくなったらミィのこと、お嫁さんにしてね」と笑っていた。その声はしわがれているものの、どこか覚えがある。ルディという名前に心当たりを見つけてその表情を険しくした。
「そういうことか、母さん」
ロナルドとペーターの父親の名前が『ルドルフ』であった。そして、知っている限り彼の愛称は『ルディ』。
やたらとロナルドたちに絡むとは思っていた。けれど、それが彼女の恋情によるものであるだなんて、ミィナの事情など知るはずもないハロルドが気がつくわけはなかった。名前を似たものにしたのも彼女の未練だったのかもしれない。ハロルドが小さな時から、彼の愛称は『ハル』であり、ロナルドは『ロニー』だったために意識したことはなかったけれど、ハロルドの父親は少しモテるだけで無能ではあったがプライドだけは高かった。妻が未だに幼馴染を思っていた、とすればそれは妻子を捨てて村を飛び出す理由にもなるだろう。ハロルドはそれだけでない気もしているが。
目の前にいるミィナは身体はボロボロであるし、記憶にある姿よりも非常に老けている。美しかった昔の面影を少し感じる程度。枕を抱きしめて過去の思い出に浸る姿は、もう現実には戻ってこないのでは、と思わせるに十分だった。
「それで、これは君の母君でいいの?」
「ええ。辛うじて面影が残っています。少し、祖母にも似ていますし、人名に心あたりもあります。間違い無いでしょう」
「治療はどうする?このままだとそう長くないらしいけど」
ノアの問いに、少し言い淀む。けれど、「鎮痛薬だけ。積極的な治療は結構です」とハロルドは答えた。
「この人は現実の自分の姿に耐えられない。虚構から戻ってきたとしても俺から、この土地の民から当然のように搾取をして、何かをやらかす。きっと、俺もその全てを抑えられはしないでしょう」
生きていれば必ず自分の足を引っ張ることは想像がついた。ハロルドだけの負担になるのならば治療を行ったかもしれない。けれど、ハロルドは領地を与えられた。伴侶となる予定のエリザベータの負担にもなり得るし、これ以上何かあった場合の祖父母の負担を考えても延命の選択をできなかった。
「……それでは、この患者が亡くなった場合はいかがいたしましょう」
「報告を。こちらで埋葬する」
「かしこまりました」
無表情の修道女が平坦な声で問いかけ、答えを得て礼を執る。どこか疲れたような表情を見せるハロルドにエリザベータは静かに寄り添った。
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