第4章 ラブレター
里中史也。
彼の名前がわかったのは入学式翌日の放課後だった。
真弓が帰ろうと下駄箱に向かった時、あの日と同じようにポケットに両手を突っ込んで歩いてくる彼がいた。
真弓は素早く靴をはくと、3組の下駄箱の方へ廻り込んだ。
靴を履き換えようと彼が開けた下駄箱を真弓は見逃さなかった。
彼が帰った後、真弓は彼の下駄箱の前に行って名札を見た。
「さとなか・・・しや?」
「ふみやって読むんだよ」
真弓は驚いて振り向いた。
そこには、真弓と同じ小学校から来た男子生徒がいた。
「前田くん、驚かさないでよ」
「驚いたのはこっちだよ。人のクラスの下駄箱の前で何してるんだ?もしかして、里中にラブレターでも渡そうとしてたのか?」
真弓は一瞬焦ったが、冷静にその場をとりつくった。
「違うわよ。友達に名前を調べてほしいと頼まれたの」
「へ〜、怪しいなあ。まあ、いいや。でも、こいつはやめといた方がいいぞ」
そういい残すと前田はさっさと靴を履き替えて玄関を出て行った。
真弓は前田の後姿に向かって“あかんべえ”をした。
「余計なお世話だわ」
そして、真弓はもう一度下駄箱の名札を見た。
「ラブレターか・・・ いいかも。よしっ!」
『はじめまして。 島田真弓と申します。』
「いや、初めてじゃないわね。それに、申しますなんてちょっとかた苦しいわね」
真弓は早速、史也宛のラブレターを書いていた。
「う〜ん、ラブレターってけっこう難しいものね」
何度も何度も書き直しながら、ようやく書きあげた頃には夜中の2時を過ぎていた。
「うわっ!もうこんな時間。」
真弓は時間割だけ確認してそのまま布団にもぐり込んだ。
『こんにちは。 突然のお手紙驚きましたか? 私は1組の島田真弓といいます。 入学式のときに一緒に写真を撮ったのを覚えていますか? 私はその時からあなたのことが頭から離れません。 クラスが違ってとても残念です。 いつも学校であなたを見かけると、胸がドキドキします。 声をかけようと思ってもなかなか勇気が出ず、話しかけられません。 それでこんなお手紙を書きました。 もし、覚えてくれているなら、今度、その時の写真を渡します。 そして、お友達として付き合ってもらえたらうれしいです。 返事待っています』
翌朝、寝坊した真弓は慌てて家を出た。
手紙だけはしっかりカバンにいれた。
学校に着いた時には、時間ぎりぎりだった。
靴を履き換えたと同時に、始業のチャイムが鳴った。
辺りにはすでに誰の姿もなかった。
「チャンス!」
真弓は、手紙を史也の下駄箱に放り込んで教室までダッシュした。
チャイムが鳴り終わるのと同時に真弓は席に着いた。
真弓が去った後の下駄箱には置き去りにされた1通の手紙があった。
その手紙は里中史也の下駄箱から少しはみ出していた。
そして、いつの間にか床へ落ちてしまった。
誰かがこの手紙を拾って面白半分に喋りまくったのは言うまでもないが、真弓にとって不幸中の幸いだったのは、真弓が宛名を書き忘れていたので誰に出したものなのかがばれずに済んだこと。
しかし、この手紙を史也が受け取っていたら、二人の人生は変わったものになっていたかもしれない。