残った竜皇と竜騎士、険悪な打ち合わせ
アルヴェルラと華月は、フェルフェース火山から少し離れた、緑がある辺りまで来ていた。
「このくらい離れると、あんまり暑くないんだな」
「何もこの大陸一帯が暑い訳じゃない。火山から離れれば中央大陸より多少暑いかな? 程度だ。
だが、その数度の差が、植生に大きく影響する。良く見て観ろ」
アルヴェルラに言われた通り、華月は周辺の植物を観察してみる。
「……確かに。樹から下草から、結構違ってるな」
ドラグ・ダルク辺りでは見かけない物が多く、生態環境が大きく違っていることが理解できた。
「私は解説が得意と言うわけでも好きと言うわけでもないから、あんまり詳しく解説してはやれないが――」
「だったら~、私がお引き受けしましょうか~?」
唐突にアルヴェルラと華月の会話に割り込んできた声があった。
「……この声、フォレストの――」
「はい~。緑樹竜族のクレンレイドさんですよ~」
木々の間から、柔和な微笑みを湛えた薄緑色のロングの髪を靡かせた美女が現れた。脇には竜騎士のリィリスと思われる金の短髪で眼つきの鋭い女性を従えている。
「ヴェルラちゃんお久しぶり~」
「ああ、久しいな。
こんな所で何をしている?」
「あっちはあんまり長居したくないのよ~。緑が少なすぎてね~」
「ああ、まぁ、解らなくはないが……」
アルヴェルラが脱力する。
(だからか……。開催地によって現れる時間が大きく違うのは)
アルヴェルラの記憶ではここと、グランド・ドラゴン、それにシャイニング・ドラゴンの領地が開催地の場合、クレンレイドはかなり遅く現れていた。
「でも、緑があるからと言っても~、ここは暑すぎるのよね~」
パタパタと自分の右手で胸元を扇いでいる。
「否定はしないがな。それでも貴女もドラゴンの端くれだ、この程度の気候などどうと言う事もないだろう」
「それはそうだけどね~? リィリスも暑いって思うでしょ~?」
「……。愚問です」
やはりリィリスで間違い無かったようだ。目を伏せてクレンレイドの言葉を一笑に付す。
「暑いに決まっているではありませんか」
この答えに、華月が盛大に脱力する。
(竜騎士こそ、この程度の気候どうって事無いだろ……)
何やら主従揃って残念な感じがする。
「この程度の気候でガタガタ抜かすな」
更に横から割って入る別の声。
華月がそちらに視線を向けると、トレイア並みに身体が鍛えられている茶の短髪の厳つい顔つき――とは言え、やはり美人――な女性が、横に小柄な少女を従えていた。
「ああ、ヴェルネティア。貴女も外に出ていたのか」
「あの中も居心地が悪いわけではないが、どうにも退屈でしようが無い。少しばかりな」
「こっちは鈍感なグランドと違って繊細なのよ~」
「こっちは軟弱なフォレストと違ってこの程度どうと言う事は無いからな」
何やら険悪な雰囲気となる。が、アルヴェルラはそんな事はお構いなしだった。
「丁度良い。これで挨拶回りの手間が省けた。
二人とも、紹介する。私の竜騎士に就いたカヅキだ」
アルヴェルラがポンと華月の背中を叩く。
華月は一歩前に出ると、フォレストとグランドの竜皇二人に対し、最敬礼で名乗る。
「ダークネス・ドラゴンが竜皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士、瀬木 華月です。以後、お見知り置きを」
「フォレスト・ドラゴンの竜皇、クレンレイド=ファ=デラドルよ。宜しくね」
「黄地竜族、竜皇のヴェルネティア=ク=エンティファー。覚えるかどうかは、この後次第だな」
「竜騎士、リィリス=エイアです」
「同じく竜騎士のリーゼロッテ=テシャスだよ」
それぞれ華月に名乗り返す。
「さて、これで全員に挨拶が終わったな」
「あれ~? ファルアったらもう来てたの~?」
「アイツがもう来ているとは聞いていないが……」
「あ~……。あれは……――うん、別に……」
ヴェルラが物凄く嫌そうな顔になる。
「そう露骨に嫌ってやるな、シャイニングの気質は知っているだろう?」
「種族の性には逆らいにくいのは、みんな一緒よ~?」
「いや、別に嫌っているわけでは……。ファルアのせいでカヅキが危うく廃人になるとこだったと報告を受けているから、どうにも、な……」
アルヴェルラの話を聞いて、アルヴェルラを窘めていた二人も少々顔つきが変わる。
「まさか……。幾ら暇つぶしの為に色々仕掛けてくる奴だとは言え、そんな事をする筈は――」
「そうよ~。あの子、そんな馬鹿じゃ無い筈よ~?」
「今回、それも問い質す。返答次第では――」
「ヴェルラ。そこまでで止めておいてくれ」
華月が口を挿んだ。
「テレジアから報告を受けたんだろうけど、悪気があっての事じゃない。……はず……だから――」
「カヅキ、私は他人から常々甘いと言われているが、お前も大概だぞ」
「まぁ、事実なら確かに返答次第では少し『注意』しなければならないか」
「そうね~。事実ならね~」
クレンレイドとヴェルネティアは何やら思案顔だ。
「まぁいい。ファルアは遅刻だけはせんし、明日には間に合わせるのだろう」
「そうね~。遅刻『だけ』は、しないものね~。
それよりも今日の夕飯の方が心配よ~。フレイムの料理って、味付けが大雑把なのよね~」
「そこまで言う程か?」
「グランドも大差ないから気にしないのかもしれないけど、私からすれば雑なのよ~」
「それに関してはクレンに同意する」
三人で何やら料理の味に関して言い合っている。が、竜騎士三人の内心は、変な所で揃っていた。
(いや、料理に関しては人間の方が美味い)
(料理は、人間の方が美味く作りますよ)
(料理だけは人間の方が上手なんだけどな)
どうやら三人とも、竜族の料理の味には中々馴染めないようだ。基本的に食べなくても死ぬ事が無いがゆえ、食べ物や飲み物は人間だった頃以上に嗜好品としての比重が大きくなっているのだろう。
主三人の不毛なやり取りを聞いているのにも飽きたらしいリーゼロッテが、華月の佩いているファスネイト・ダルクに気付き、何やら興味を覚えたらしい。
「ねぇ、カヅキ?」
「何か、リーゼロッテさん」
「リゼでいいし、敬語止めてね。竜騎士に成ったら年齢関係無いから。
それよりさ、カヅキは剣士?」
「一応、剣も使える。まだまだ未熟だけど」
「ふ~ん……。ね、誰に教わったの?」
「あ~……」
華月はここで素直に堪えてもいいのだろうかと迷った。実力云々ではなく、師の一人がどうやら曰く付きの札付きらしい弓弦葉だからだ。かなり驚かれるような気がしていた。
だが、目をキラキラと輝かせているリーゼロッテに観られると、教えないと悪いな。と、言う妙な罪悪感を覚えた。
「一人はトレイア――」
「おぉ、ダークネスきっての武器術師かぁ。一人ってことは、もう一人いるの?」
「もう一人は……弓弦葉、先輩」
「ユヅルハ・センパイ? ……ユヅル、ハ……って、え! ユヅルハ!? 魔将軍、紅蒼刀のトキワ=ユヅルハ!?」
華月の予想以上にリーゼロッテが驚く。大声で弓弦葉の名前を出すものだから、竜皇たちも何事かと顔を向けてくる。
「どうした、リゼ? 大声でユヅルハの名前を叫ぶとは」
「だって、カヅキが剣の師匠の一人がユヅルハだって言うから……」
「何? おい、本当か?」
ヴェルネティアが鋭い視線を華月に向ける。
「はい。私の剣の師匠の一人は弓弦葉です。とは言っても、ドラグ・ダルクに立ち寄られた際に一週間ほどの期間ですが」
「アレが他人に剣を師事するとは……お前、何者だ?」
「弓弦葉と同じ世界出身の異界人です。弓弦葉とは同じ学校で一学年違いでした」
「……奴と同じ世界出身だったか。やはり異界人の名前は響きだけではどこの出身か解り難くて好かんな。
一週間程度と言う事は、軽く基礎だけか?」
「何を基準にすればいいか解らないので、アレが基礎程度なのかまでは……」
当然弓弦葉が華月に施したことは基礎などすっ飛ばして発展応用の上級技術だ。
「……それも、明日になれば解るか。
さて、そろそろ戻るぞ、リゼ」
「は~い。
じゃぁね~」
「私たちも挨拶に出向きましょうか~。
リィリス、行きますよ~」
「はい。
では、失礼します」
リーゼロッテがぶんぶんと手を振っている。華月が小さく手を振り返すと満足したのか、先を歩いているヴェルネティアを追って走り出した。
その華月の脇を、最後にちらりと盗み見て、呟きながらリィリスが既に歩き出していたクレンレイドの後ろを絶妙な位置取りで歩いて行った。
四人が去って、一気に場が静かになった。
「……やれやれ、結局誰かしらに捕まって、あまり二人で居られなかったな」
「まぁ、こんな事もあるんだろ。
それに、二人で居る時間は、これからいくらでも出来るんじゃないか?」
「それも、そうだな……」
てっきり笑顔で返してくるのかと思ったアルヴェルラの表情は、何処か物憂げな苦笑だった。
外ではすっかり日が落ち、暗闇が辺りを包む頃。フェルフェース火山の内部も、光量が落ちていた。
フォーネティアが華月に説明してくれたが、どうやら外の光量に合わせ、内部の光量も自動で調節されるようになっているらしい。
そして、食堂らしい広い空間で各竜皇と竜騎士が集合していた。一名を除いて。
「……今回は、直前まで来ないつもりか、アイツは」
「ま、そんな事もあるだろうて。奴が毎度遅く来るのはいつもの事であろうに」
若干イラついているらしいルティアーナに、やる気の無い言葉を投げるフェイレイン。
「でも、一応晩餐までには来てたわよね~?」
「何か、来たくない理由でもあるのか?」
疑問符を浮かべるクレンレイドに、何か思案しているヴェルネティア。
「……本当に、人の神経を逆なでするのが巧い奴だな」
アルヴェルラも何だか苛立っている様だ。
そんな時――。
「いや、悪いな。少し遅れたか?」
何て言う、非常に軽い調子の声がしたと思えば、天井の光源から光の柱が出ると、そこからファルアネイラが現れた。
「ファルア、直接光渡りで来るとは……ふざけているのか?」
ルティアーナが軽く怒気を滲ませる。
「コレに遅れる事の方が拙いだろう? 今回は大目に見てくれ」
「抜け抜けと……。
まぁ、いい。確かにコレに遅れられる方が問題だ」
チッ。と、舌打ちするルティアーナだったが、一旦その腹立たしさは忘れることにしたようだ。
「さて、所でお前の所の侍従総纏め役はどうした?」
「厨房に直接叩き込んでおいた。今頃仲良く料理しているんじゃないか?」
席に座りながらそう嘯くファルアネイラに呆れ果てた様に疲れた顔で、ルティアーナが眉間を抑えながら投げ遣りに言う。
「……もう、いい。
さて、気を取り直して始めようか。六竜会議の前哨戦を」
ルティアーナの一言で、場の空気がビッ! と、引き締まった。
「明日の本番の前に議題の取り纏めだ。何か問題となっている事が在るか?」
「ダークネスから二つ」
「珍しいな、普段は何も無いのにか?」
アルヴェルラが発言すると、ルティアーナが本当に珍しそうに言う。
「それで?」
「一つは前回、皆と確認し合ったように、後少しで人類種との盟約が期限を迎える。仮に延長の申し入れがあっても拒否することで一致していたな」
「そうだな」
「それに合わせるような時機に、魔族から不可侵協定の申し入れがあった。人類種への攻勢に限っての限定的なモノだが。ダークネスはこれを許容し、受け入れる事にした」
「あ~……。それ、こっちにもきたのぅ。一応受け入れたと返事しておいたわ」
「私の所にも来ましたよ~。当然肯定的な答えを返しておきました」
「こちらにも現れた。他が解らんから保留しておいた」
「ここにも来たな。グランドと同様に保留している」
フェイレイン、クレンレイド、ヴェルネティア、ルティアーナから反応があるが、ファルアネイラは答えない。
「ん~……? ああ、そんなのも来たな。確か禍黄のイーレロッテが来た。詰まらない話だったから、取り敢えず了解してさっさと返したんだった」
今思い出したという適当さ加減だ。
「……ヴェルネティア、どうする?」
「グランドとフレイムのみ拒否するわけにもいかないだろう。特に問題のある協定でも無い事だしな」
「それもそうだな。
では、魔族との不可侵協定は六竜族の総意として受諾するとしよう」
ルティアーナが取り纏める。
「で、もう一つは?」
「もう一つだが、これは名指しで絶対に回答してもらわなければならない」
アルヴェルラの顔に少々険が乗る。そして、その眼はジロリとファルアネイラを睨みつける。
「ファルア。お前、私の騎士に何をしてくれた?」
「……お? 割と本気で何を怒っている?」
飄々と質問に質問で返すファルアネイラの様子に、アルヴェルラの堪忍袋の緒は千切れていく。
「……カヅキがお前の下へ向かった時、一体何をした?」
「別段変わった事はしていないぞ? 光の上級精霊に会いたいと言うから、召喚し易い場所へ連れて行っただけだ」
「連れて行っただけ……?」
「ああ。連れて行っただけだ」
「貴様……! 光と闇の精霊は、他属性の者が召喚するのには召喚方法が特殊だと知っていて、連れて行っただけだというのか!!」
確認の上、そう返されたアルヴェルラの堪忍袋の緒は、完全にブッ千切れた。自分では意識できていないが、言葉が厳しく、そして怒鳴りつけるような言い方になっている。
それに対し、ファルアネイラは肩を竦めると――。
「――ああ、そうだ」
と、あっけらかんと言ってのけた。
「反対属性のカヅキが光の精霊だけを呼んでしまったら、存在が漂白される可能性の方が比較にならない程高いと理解してか!!」
アルヴェルラが椅子を弾き飛ばして立ち上がり、両手で大円卓を叩く。
「詰まらない事を延々確認するのは止せ。
だったら、どうだって言うんだ?」
「この――」
すっかり激昂したアルヴェルラが、ファルアネイラに向かおうと動いた瞬間――。
「そこまで、だ。ヴェルラ」
全員が華月の声に気付いた時には、何時の間にか椅子を元に戻し、アルヴェルラの両肩を背後から抑えると、簡単にそこへ引き下ろして座らせていた。
「俺の為に怒ってくれるのは非常に嬉しい。が――」
華月がアルヴェルラの耳元で囁く。
「竜皇が本気で喧嘩なんか仕掛けたら、全面戦争が起こるだろ?」
「う――」
華月にそう言われ、アルヴェルラの頭から血が下がっていく。
「申し訳ありません、我が主がお騒がせいたしました」
華月がアルヴェルラの代わりに頭を下げて謝罪する。
「ファルア陛下に対しましても、傲岸不遜な台詞の数々、主に代わりお詫び申し上げます」
「……ふん」
華月の謝罪に対し、ファルアネイラは鼻を鳴らし、不満そうだ。
ただ、その不満の原因は――。
「これで終わりか? これからが面白くなるところだっただろ?」
「――っ!?」
「ははは……、お戯れを」
再度挑発してくるファルアネイラに、今度こそ殴り掛かろうかと思ったアルヴェルラは、自分が動けない事に気付いた。そして驚いた。
「これ以上、我が主をからかわないでいただきたい」
自分が動けないのは、華月が両肩に置いた手がガッチリと身体を固定しているからで、
「それ以上は、流石に保証いたしかねますよ」
華月が自然体で、朗らかな笑顔で、凄まじい殺気を絞り込んで、ファルアネイラに向けていたからだ。
そして、その殺気を受けて、楽しそうにしているファルアネイラ。あろう事か、ファルアネイラも華月に対し、周りが気付けない程絞り抜いた、錐の様な刺々しい殺気を放ち返している。
そんな殺気を受けても華月は微動だにしない。
「――ああ。本当にお前は面白いな、カヅキ」
「そうですか? 自分ではそんな事は無いと思いますが」
二人の表情はコロコロと変わっていくが、一貫して互いに殺気を放ち続けている。
「面白いのは、貴女のそのインサニティだと思いますよ」
「異界の言葉か? 言っている意味が解らないが、褒められていると直感したぞ」
「おや、パラノイアもお持ちでしたか」
最早二人の会話に大した意味など無いのだろう。どちらが先に折れるか、そんな感じになっている。
「え~ぃ! いい加減にせんか!!」
華月とファルアネイラの顔面に突然、水で出来た拳大の球が炸裂した。
「「……」」
二人の視線がゆっくりと声の主――フェイレインに向かう。
「そこだけで盛り上がりおって! 吾らも居るぞ!」
「……ご老体にそう言われては、止める他無いな」
一発で毒気を抜かれたファルアネイラは、肩を竦める。
「ん? なんじゃ、もう終わりか?」
「……アルヴェルラ、注意してくれ。
では、続けよう。他に何か在るか?」
少し残念そうなフェイレインと、場が収まったことで、次の話題を求めるルティアーナ。
その後も幾つか、それぞれが持ち込んだ話が上がった所で、料理が運び込まれてきた。




