対照的なエルフとドワーフ
朝日がヴェネスド山脈から顔を覗かせ始める早朝、ノーブル・ダルクの正面階段下に、防寒着を着こんだ悠月と、悠月を背に乗せるストライク・イーグル、華月にテレジア、フェリシアが集まっていた。
「それじゃ、世話になったわね。テレジアさんと、フェリシアちゃん」
帽子を被り、フェイス・マスクを付ける前に、悠月は二人に感謝を述べる。それに対し、フェリシアは笑顔で手を振るが、テレジアはいつもの無表情のまま。
「感謝されるほど、何かをした覚えはありませんが――」
「テレジア……?」
「その謝意は、素直に受け取っておきます」
そう言って、少しだけ笑みを見せた。怪訝そうにテレジアを覗きこんだフェリシアがしてやられた。と、言うような顔になった。
「二人とも、華月を宜しくね」
「その点はご心配無く。テレジア=アンバーライド、名に懸けて」
「任せてよ! ……まだ、成体になって無いから名には懸けられないけど」
最敬礼を取るテレジアと、全く無い胸を張り、威勢良く応えるフェリシア。
「華月、それじゃぁ……元気で、ね……」
「ああ。悠月も――」
「ユヅキ!」
最後の別れがしんみりと行われようとしていた時、鋭い声とともに正面階段の上から何かが悠月に向かって投げられる。
「わっ!?」
「土産だ。この世界の人間に見つからない様に肌身離さず持っていると良い」
「え……?」
何とか掴み取ったそれを見れば、平たい六角形の黒い厚さ一センチ程度の板が付けられたペンダントだった。
「これは?」
「護符だ。この世界は何かと物騒だからな。
それに、私と遊んでくれた礼でもある。突き返すような無礼は働いてくれるなよ」
階段の最上段にアルヴェルラが居た。左手を腰に当て、斜に構えている。
「……ありがとうございます!」
「それでいい。
楽しい一時だった。去らば、だ」
アルヴェルラは直に引っ込んでしまった。
「……陛下がこれを、ですか。珍しい事もあるものですね」
「そうだね。こんなの初めて見たよ」
「え? これそんなに珍しいものなの?」
悠月がテレジアとフェリシアに訊ねると、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「そうですね。我が闇黒竜族がその護符を人類種に渡した事は、かつて二度ほどでしたか」
「他の竜族も、その護符を人類種に渡す事は殆ど無いんだよ。だから、他の人に見つからない様にね。それの正体がバレると一大事になるかも」
「え? えっ!?」
そんな大層なものだと思っていなかった悠月は思いっきり慌てふためく。
「こ、これって――」
「それは、贈り主の鱗の一枚を、加工したものです。どのような効果が持たされているかは本人しか知りませんが、陛下が単に護符と言ったからには最上位の防御系の効果があるのでしょう。
まぁ、この世界においてそれ以上の護符はそうそうありません」
「改めてお礼とか――」
「しない方がいいよ。陛下が遊んでくれたお礼って言ってたから、畏まられるのは嫌なんだと思うよ」
少し戸惑った悠月だったが、最後にはペンダントを首から下げ、服の中にしまい込んだ。
「あ~あ、これだけしてもらって、私はただ帰るだけなんてなぁ」
「そっちは任せるんだ、役得だと思えよ」
「うん。戦えない特性持ちの奴とか、帰りたがってる奴が多いから、纏めておくよ。帰還方法はなんだかのらりくらり避けられてるのが気になるんだけど。
それじゃ、今度こそ」
ひらりとストライク・イーグルに乗り、悠月はフェイス・マスクをつけると纏身防御を纏うと大空へ飛び立った。
それを見送った三人はそれぞれの感想を述べ始めた。
「騒がしい娘でしたね」
「楽しい子だったよ~」
「まぁ、記憶通りだったな。
さて、二人とも、改めて礼を言――」
「それには及びません。私たちはあくまで職務を遂行したに過ぎません」
「嫌な役じゃ無かったしね。気にしないで~」
「そうか」
そこで解散の運びとなる。
華月は転移門を使ってエルフの住居、セフィールの大樹へ向かった。
エルフの静鈴を使い、現れたエルフにリフェルアの元に案内してもらった。
「……何?」
一声を掛けて部屋に入るやいなや、非常に険の強い声音でリフェルアが不機嫌そうに華月に聞いてきた。
「……いや、進捗状況を確認に」
「そう……。御覧の、通りよ」
リフェルアはとある一室で硝子器具に何やら液体を入れ、蒸留やら何やら、科学実験の様な事を行っていた。
「何してるのか聞いていいか?」
「染料の調合よ。儀礼正装は染料も特殊なのよ。劣化速度が速すぎて作り置きも出来ないの、よっと!」
ビーカーらしきものに液体が半分あり、そこに手を震わせながら絞り出した雫が一滴、落とされる。
無色透明だった液体が何かの反応を起こし、一部が蒼く染まったかと思えば見る間に底の方が墨汁の様な漆黒へと変わった。それを手早く攪拌棒で均一の濃度に均していく。
「……ふぅ。
まだまだこれからなの。貴方はさっさと残ってる素材を集めてくれるかしら?」
「解った」
リフェルアは若干機嫌が悪そうだったので、華月は言われた通りに残りの素材を集める事にした。
とりあえず、セフィールの大樹から離れ、次に一応、ヴェネスド山脈のドワーフの住居を訪ねた。
出入り口から三階層も降りた所で先日の一件で駆け付けたドワーフの一人に見つかり、ヴィシュルの居場所を教えられた。
先日と同様、自分の鍛冶場に引き篭もって延々試行錯誤を繰り返しているらしかった。
ヴィシュルの鍛冶場に入ると、右手で小槌をペン回しのペンのようにぐるんぐるん回しながら唸っているヴィシュルが居た。
「……この組成の粗さは、純化工程で失敗してるってことで……。でも、考えられる添加材は一通り試したんだけどなぁ……」
足元には砕けた金銀その他変わった色の金属片が小山を作っていた。
「あ~……もう本当にどうしよう……。こんな風に手詰まりになるなんてぇ……」
「難航してるみたいだな?」
「うぅえっ!? か、カヅキさんッ!?!?」
軽い気持ちで声を掛けた華月だが、ヴィシュルは過剰ともいえる反応を示した。小槌を取り落とす。
「うわわっ!」
自分の身体で足元の金属片を隠そうとするが、華月に両脇を持たれ、身体をひょいっと持ち上げられてしまい、目標は達成できなかった。
「これ、失敗作の?」
「うぅ……。そうです……」
すとんとヴィシュルを床に下ろすと、へたんと座り込んでしまった。華月はその小山から一つ、蒼色の破片を左手で取り上げると、右の人差し指で表面を撫でる。
それは鍛造されたとは思えないほど脆く、少し力を入れるだけで割れてしまった。
「……」
別の銀色の破片は硬かったが、切刃の部分が全く指の指紋に引っかからない切れないナマクラだった。
紅の破片は妙な質感で、ぐにゃりと曲がった。
「……言葉に困るな」
「あうぅ~……」
率直な意見を言うと、ヴィシュルは眼に見えて解りやすく落ち込み始めた。床に指で「の」の字を書き始める。
「あっちは神経質に進めてて、こっちは手詰まりか……」
「……リフェルアさんの方は、順調なんですか?」
「作業自体は問題ないみたいだな。手間が掛かってるだけだと思う」
「そうですか……。
済みません、少し外しますね」
ヴィシュルがふらふらと立ち上がり、幽鬼のような足取りで出て行った。
「……しかし、こんな金属もこの世界にはあるのか……」
更に別の破片で遊んでいると、誰かが入ってきた気配があった。
「ヴィシュル? 戻って――」
「……俺だ、小僧」
入ってきたのは小難しい顔をしたドレンだった。
「ウチのバカ娘に依頼したんだってな」
「ああ。何か問題でも?」
「大在りだ、このバカ野郎! いいか、不朽金属類ってのはそうそう簡単に扱えるもんじゃねぇんだ。見ろ、この半端の山!」
指した先にはヴィシュルが作った色とりどりの金属片の小山。
「あいつにゃまだ早いんだよ!!
テメェにゃ金属の鍛造最適温度なんてモンは関係無ぇから知らねぇだろうが、不朽金属類をその特性通りに鍛造するにゃ半端じゃねぇ超高熱が必要なんだ! ここの炉じゃ満足に純化すら出来やしねぇ。温度不足だ!」
「……何で俺にそんな事を――」
「だが、この鍛冶場で一番の高炉だってその温度にゃ届かねぇ! ドワーフと言えど、単独で不朽金属を鍛え上げる事は不可能なんだよ!!」
華月は自分に言っても意味の無い事を大声で喚くドレンに不信感を覚える。
「……あいつには、後二十年は必要だ。それまで待てるのか?」
「無理だ」
「だったら、今のテメェが手を貸すんだな」
ドレンは華月を睨むと、踵を返して出て行こうとする。
「らしくねぇ事言っちまった」
そう舌打ちして呟くとズボンのポケットに手を突っ込んで出て行った。
「一体何が……?」
残された華月はドレンの言葉を分割意識体も交えて検証する。
(不朽金属類は超高熱で純化・鍛造する)
(ドワーフの設備でもその温度は出せない。単独での鍛造は不可能)
(習得に後二十年は掛かる?)
(俺が手を貸す必要がある?)
(習得できるという事は、技能の範囲。と、言う事は魔法的なものの類じゃないな)
(自然現象でも無い)
(今の俺でも手を貸せば成せるって所がポイントか)
(今の俺でも? いや、今の俺だから、か……?)
「前の俺と今の俺……違いは――」
ポーチから、一つのモノを取り出す。それは赤く、紅く輝く結晶体。
「精霊契約が、出来ているかいないか。これだな」
華月が取り出したのは火の上級精霊・ヴェルセアの精霊石だった。
「さて、ヴィシュルに言って試してみるか」
華月は出て行ったヴィシュルを探す事にした。
一方ヴィシュルはと言えば、ふらふらと最上層であるヴェネスド山の頂上を目指しているのか微妙な動きで上へ登っていた。
「はぁ~……」
溜息をつきながら、注意力が散漫な状態で平然と岩肌を歩いていく。
「……はぁ~……。
……あれ? ここは……?」
途中でふと我に返り、自分がどこにいるのか解らなくなっていた。
「……この岩質はヴェネスド山で、含有結晶の特徴がこうだから、中層付近だけど……。
何でこんな所にいるんだろ?」
周囲の岩を確認すると、自分の現在位置が何となく見えてくる。
「あ~……、もう、いいや……」
歩くのも面倒になったのか、適当な岩に座り込み、眼下の風景をボケッと見下ろす。
目立つノーブル・ダルクに、光を反射して輝く水鏡の湖、天を衝かんばかりのセフィールの大樹。青々と見える緑の平原。
実に平和そのものの風景だ。
「あ~ぁ……。今頃リフェルアさんは順調に作業してるんだろうなぁ……」
種族的な違いはあれど、ヴィシュルとリフェルアは歳が近い者同士と言える。属性的には反発するものの、ヴィシュルはリフェルアに対し、憧憬・畏敬の念の類を覚える一方、ライバル視もしていた。
お互いに一族の長たる親の元、技術を学び、研鑽し、高みを目指す。
しかし、現実は残酷で、壁に当たることもなく、淡々と結果を出し、次の段階に登っていくリフェルアに対し、しょっちゅう壁にぶつかっては悪戦苦闘しながら這い上がるように段階を繰り上げていくヴィシュル。
ヴィシュルが気負って華月の武器製作に名乗りを上げた事には、父であるドレンに一泡吹かせる以外にも、リフェルアに負けたくないという敵愾心もあった。
「……悔しいなぁ……」
そして情けない、不甲斐無いとも思う。
不朽金属類の錬成方法だけが、一族の書物に記述されていないのだ。門外不出を謳っているのか、自分で至らないといけない何かがあるのか、それすらヴィシュルには解らなかった。
かこん、かこん――。
陽の光が差し込む部屋で、リフェルアが機織り機を動かしていた。
「……」
しかし、確実に織り上げていく中、リフェルアはここから先の作業をどうするか悩んでいた。
(私が体得している技術でできるのは、単純な縫製と各種防護効果の織り込みまで。……それだけじゃ足りないのよね)
その状態では、儀礼正装は通常の高価な服と変わりない。その性質、形状が不変のものとするには何かが足りない。
(耐腐食効果の保護をする……違うわね、それでは素材の劣化は遅延できても防げない。完全な不朽効果を持たせなければ意味が無いわ。不朽金属類なんて解りやすい物も無いし。
全く、肝心な記述が一切無いっていうのは、嫌味なのかしら?)
やはりエルフの書物にも一番重要かつ肝心な記述が一切無かった。
(まぁ、試されているのは解っていても、気分が悪いわね)
工房長を任されようと、いまだリフェルアも修行中の身に変わりはない。
(族長とアルヴェルラ陛下の手前、見栄を張ってあんな事を言ったけれど……早計だったかしら)
いつに無く弱気だ。
(素材は高級品や珍品ばかり。一回の失敗が取り返しのつかない事態に発展する。
……確実に仕上げられるのは現在の素材だと二着が限度。三度目は無いわ)
普通なら、ここで「一回は失敗できる」と、安心するところだろうが、リフェルアは違っていた。
(ここで失敗なんてしていたら、笑い者ね。それは面白くないわ)
生来の性格か、リフェルアは他者に笑われるのが物凄く嫌いだった。
(……まぁ、少し考えれば族長がここにきてから仕立てた儀礼正装が存在するのだから、此処に在る素材で作れない訳が無い。そして、それらの素材のいかなる組み合わせでも、そんな効果が得られないのは、今までの経験から証明済み)
この段階へ至るまでに、様々な素材を扱い、物品を作り出してきた。あらゆる素材の組み合わせ、効果の増幅方法、記述にあったものは元より、仮定から実証に至った組み合わせも数多い。それらの結果。
(この世に、朽ちない布は通常、存在しない。しかし、それを覆す何かが在る)
それも、自分自身の力で如何にかなる類のものではない。
そこに至った時、リフェルアの手がピタリと止まった。
「……なら、自分以外の力を借りればいいって話よね。だったら、カヅキを帰したのは失敗だったかしら」
リフェルアは結論を導き出した。
地上に出た華月は知覚域を最大限に広げ、ヴィシュルをようやく捕捉した。
「ヴェネスド山の中腹? あの短時間でこんな所まで?」
少し疑問があったが、無視する。あの落ち込み方は傍から見ていて気の毒な位だった。早く教えられた事を伝えて実践してみたかった。
「急ぐか」
流身系と纏身系で自身を強化。岩肌を駆け抜ける。
途中にある高さ十メートル程の岩壁を跳躍二回で跳び越え、
オーバーハングしている個所も、身体を捻りながらの跳躍一回で突き出している先端に両手を掛け、振り子運動と両腕の伸縮力でクリア。
自然の造形を意にも介さない最短距離を突っ走る。
(俺が飛べれば速いんだけど、無理だしなぁ)
地道に山の斜面を奔り抜ける。
そのまましばらく走ると、岩に腰掛けて亡っとしているヴィシュルを発見。
「ヴィシュル!」
「……ふぇ?」
華月が大声で呼び掛けるとそこでヴィシュルが気付き、驚く。
「え? カヅキさん?」
「ようやく着いた。あの短時間でよくこんな所まで来れるな」
「ああ……。多分抜け道を使ったんだと思います――って、そんなことより、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと思いついた事があって、試してみたいと思ったんだ」
「……何を思いついてんです?」
「金属って、鉱石から純化する時、それぞれ温度が違うんだよな?」
「そうですね。融点が違いますから」
鍛冶屋にしてみれば当り前の事。何を確認されているのか、ヴィシュルには解らなかった。
「仮に、不朽金属類は、通常の金属より高温度でないと完全な純化が出来ないってことは無いか?」
「……って、摂氏六千℃以上とか言うんですか?」
「具体的な数字は俺には解らないけど、その可能性は?」
そう言われて、ヴィシュルは判り易く顔を顰めた。素人考えで口を挟まれているような不快感があったからだが、自分の固定観念をちょっと無視して考え直す。
「融点がそれ以下なのに……。
あれ? そういえば普通の金属なら沸点になってる温度でも沸騰してなかったような……」
ヴィシュルの鍛冶場の炉は摂氏六千℃までしか加熱できない。限界まで温度を上げて熔かした時でさえ、不朽金属類は軒並み沸騰したりはしなかった。
「……え? もしかして沸点まで加熱しないと完全に純化できないの? でも、親父だって自分の鍛冶場の炉で創ってたのに……。あの炉だってそんな高温は出せない……」
そこで、あの鍛冶場を開くにあたって、幾つか妙な事を言われたのを思い出した。
(『俺らの鍛冶場の炉は、精々六千℃程度しか出せねぇが、使用限界温度は一万を超える。頭の片隅にでも置いとけ』)
「……え? あれ!?」
(『金属の中にゃ、一回沸点以上まで加熱しねぇと全く使いモンになんねぇってのもあるからな』)
「うわ……。解かり難いな、この助言……」
「何か納得したのか?」
「あ~……。まぁ、ちょっと……。
でも、助燃材やらを使っても、六千℃以上の高温は出せないんですよ。どうやったものか……」
そこで華月が火の精霊石を取り出す。
「単独で出せないなら、手伝ってもらえばいい」
「火の精霊石……。って、じょ、上級精霊のヴェルセア様にですか!?」
「駄目なのか?」
「いや、駄目というか――」
(なんて恐れ多い事をさらっと!)
しかし、火の上級精霊に力を貸してもらえれば、六千℃程度軽々と越える高温を出す事などそう難しくは無い。
「俺からヴェルセアに話してみる。やってみる価値はあると思うけど」
「……お願い、します!」
ヴィシュルも、一先ず達した。




