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魔境に道を作ろう

次は家のまわりを整備します

「……最悪」


 朝から降り続いていた雨がようやく上がった頃、ヴィオレッタは家の玄関先で立ち尽くしていた。


 目の前に広がっているのは、雨水をたっぷり吸い込んだ地面だった。


 家から畑へ続く道にはいくつもの水たまりができており、鶏小屋の周囲も泥だらけになっている。


「どうしたの?」


 後ろから顔を出したルシオンが尋ねると、ヴィオレッタは足元を指さした。


「これを見て。昨日までは普通に歩けたのに、今日は畑に行くだけで靴が泥だらけになりそうよ」


「雨が降ったからね」


「それは分かってるわよ!」


 ヴィオレッタは呆れたように振り返った。


「問題は、雨が降るたびにこうなるってことなの。これから畑も広げるつもりなんでしょう? そのたびに泥の中を歩いていたら大変よ」


「確かに」


 ルシオンも玄関から一歩踏み出してみる。


 靴が柔らかい地面に沈み、引き抜くと泥がべったりとついてきた。


「うわ、結構ひどいね」


「だから言ったでしょ」


「じゃあ、道を作ろうか」


「……道?」


「うん。家から畑とか保存庫まで、ちゃんと歩ける道があれば便利じゃん」


 ルシオンが何気なく言うと、ヴィオレッタは少し考え込んだ。


「それはいい考えね。でも、ただ地面を平らにするだけじゃ、また雨が降ったら同じことになるわよ?」


「石を敷けばいいんじゃない?」


「石畳にするってこと?」


「そこまで立派じゃなくてもいいけど、森の近くに石はたくさんあるし」


「そうね……」


 ヴィオレッタは家の周囲を見回した。


 畑、鶏小屋、保存庫、果樹。


 最初は家が一軒あるだけだった場所も、今では毎日あちこちを行き来するようになっている。


 これから建物が増えることを考えれば、今のうちに道を整えておくのは悪くない。


「だったら、適当に作るんじゃなくて、先に配置を決めましょう」


「また設計図?」


「当たり前でしょ。せっかく道を作っても、後から建物を建てるたびに壊していたら意味がないもの」


「なるほど」


「ミネットにも相談しましょう。こういうのは、最初が肝心なんだから」


 ヴィオレッタはそう言って家の中へ戻っていった。


 ルシオンはもう一度、泥だらけの地面を眺める。


(雨が降っても、道がぐちゃぐちゃにならなければいいのにな)


 そうなれば、毎日の移動もずっと楽になる。


 ルシオンは泥のついた靴を軽く振り、ヴィオレッタの後を追った。


 朝食を終えた四人は、テーブルに広げた紙を囲んでいた。


「まず、家を中心に考えましょう」


 ミネットが地図の中央に印をつける。


「畑はこちら、鶏小屋がこちら側ですね。保存庫は家の裏手に二つありますので、それぞれを結ぶ道が必要です」


「果樹のところにも欲しいな」


 ルシオンが言う。


「そうですね。収穫した果物を運ぶことを考えると、荷車が通れる幅があると便利でしょう」


「荷車かぁ。そういえば、町で買った荷車って、あんまり使ってないよね」


「今の地面では車輪が沈みますから」


「じゃあ、荷車が通れる道にしよう」


「待って」


 ヴィオレッタが口を挟んだ。


「全部の道を広くする必要はないと思うわ。家の周りは人が歩ければ十分だし、荷車を使う場所だけ広くすればいいんじゃない?」


「その方が資材も少なく済みますね」


 ミネットが頷く。


「では、家から畑と保存庫へ続く道を少し広くしましょう。鶏小屋へは人が歩ける程度の道幅にします」


「よし、決まり!」


 ルシオンが立ち上がろうとすると、ヴィオレッタが袖を掴んだ。


「まだよ」


「え?」


「石をどうやって敷くか決めてないでしょ」


「並べるだけじゃ駄目なの?」


「それだと地面に沈んだり、石がずれたりするんじゃない?」


「確かに」


 ミネットが地図の横に簡単な断面図を描いた。


「まず地面を少し掘り、下に砕いた石を敷き詰めます。その上に砂利を重ねて固め、表面には平たい石を並べましょう。雨水が溜まらないよう、道の両側には浅い排水溝も必要ですね」


「……結構大変そう」


「長く使うためには、最初に手間をかけた方がよろしいかと」


「分かった。じゃあ、まず石を集めよう」


 その言葉を待っていたかのように、リゼットが勢いよく立ち上がった。


「それなら私に任せてください! 大きな岩でも運んできます!」


「大きすぎるのは困るわよ?」


「では、ちょうどいい大きさの岩を探してきます!」


「姉さん」


 ミネットが静かに呼び止める。


「何ですか?」


「以前、ちょうどいい大きさだと言って運んできた岩を覚えていますか?」


「もちろんです!」


「あれは家の扉より大きかったですよね」


「……少し大きかったかもしれません」


「今回は私も同行します」


「信用されてませんね!?」


「石選びは任せられませんが、運搬は姉さんが一番です」


「それなら最初からそう言ってください!」


 リゼットは満足そうに胸を張った。


 ルシオンとヴィオレッタは顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。


 雨が上がってからしばらく経ち、空には薄い雲が残っていた。


 リゼットとミネットが森の近くへ石を集めに向かうと、ルシオンとヴィオレッタは家の周囲に目印となる杭を打ち始めた。


「ここから畑まで、真っすぐでいいかな?」


「少し曲げた方がいいわ。あの木は残したいもの」


「ああ、あれね」


 ヴィオレッタが指さしたのは、家の近くに生えている一本の大きな木だった。


 枝が広く伸び、晴れた日には心地よい木陰を作ってくれる。


「切れば道は真っすぐになるけど」


「別に真っすぐじゃなくてもいいでしょ。せっかく立派な木なんだから」


「俺も残したいと思ってた」


「じゃあ決まりね」


 二人は木を避けるように杭を打ち、縄を張って道の位置を決めていった。


 途中、ヴィオレッタの靴が泥に沈む。


「きゃっ!」


「大丈夫?」


 ルシオンが慌てて手を伸ばす。


 ヴィオレッタはその手を掴み、どうにか転ばずに済んだ。


「……ありがとう」


「危なかったね」


「本当よ。もう少しで泥だらけになるところだったわ」


「やっぱり道は必要だね」


「ええ。できれば今日中に歩けるようにしたいわ」


「頑張ろう」


 ルシオンが笑うと、ヴィオレッタも頷いた。


 しばらくして、森の方からリゼットたちが戻ってきた。


「ルシオン様! 石を持ってきました!」


「おお、早かったね」


 リゼットは両腕に大量の石を抱えていた。


 その後ろではミネットが荷車を押している。


「姉さんが運べるだけ運んでしまうので、荷車の出番がほとんどありませんでした」


「だって、その方が早いじゃないですか!」


「確かに早いですが、地面に落とす時は慎重にお願いします」


「分かってます!」


 リゼットは石を置こうとしたが、ヴィオレッタが慌てて声を上げた。


「ちょっと待って! そこじゃなくて、こっちに置いて!」


「はい!」


 リゼットは方向を変え、石を地面へ下ろした。


 ずしん、と重い音が響く。


 ルシオンが足元を見た。


「……少し沈んだね」


「……少しですね」


 リゼットが気まずそうに笑う。


「次からは一つずつ置きましょう」


 ミネットが静かに告げた。


 作業は昼過ぎまで続いた。


 ルシオンが地面を掘り、リゼットが石を運ぶ。


 ミネットは砕いた石や砂利を敷き詰め、ヴィオレッタは道の傾きや排水溝の位置を確認した。


 最初は泥だらけだった地面も、少しずつ歩きやすい道へと変わっていく。


「よし、ここまでできた!」


 ルシオンが額の汗を拭った。


 家から畑まで続く道には、平たい石がきれいに並んでいる。


 ヴィオレッタがその上を歩いてみた。


「……うん。これなら靴が汚れないわね」


「でしょ?」


「思ったよりしっかりしてるじゃない」


「みんなで作ったからね」


 リゼットも嬉しそうに道を歩く。


「おお! 全然沈みません!」


「姉さん、跳ねないでください」


「ちょっと試しただけですよ!」


「跳ねる必要はありません」


 ミネットが注意すると、リゼットは少し残念そうに歩く速度を落とした。


 夕方までには、家から畑、鶏小屋、保存庫へ続く道が完成した。


 すべてを立派な石畳にできたわけではないが、少なくとも泥の中を歩く必要はなくなった。


「これで雨の日も安心だね」


 ルシオンが満足そうに言う。


「まだ分からないわよ。実際に雨が降ってみないと」


 ヴィオレッタは道の端に作った排水溝を確認した。


「水がちゃんと流れるかどうかも確かめたいし」


「じゃあ、雨が降るのを待つ?」


「別にわざわざ待たなくてもいいでしょ」


「そっか」


 その日の作業を終えた四人は、家へ戻って夕食を取った。


 食卓には保存庫から取り出した肉と野菜を使った料理が並んでいる。


「やっぱり、このお肉はおいしいですね!」


 リゼットが嬉しそうに言った。


「本当に新鮮なままなのよね……」


 ヴィオレッタは料理を口に運びながら、少し不思議そうな顔をした。


「保存庫に入れてから結構経ってるはずなのに」


「便利だからいいじゃん」


「またそれ?」


「だって、助かってるし」


「……まあ、そうなんだけど」


 ヴィオレッタもそれ以上は追及せず、料理を食べ始めた。


 翌朝。


 ルシオンが目を覚ますと、窓の外から雨音が聞こえてきた。


「……また雨?」


 寝台から起き上がり、窓の外を見る。


 昨夜から降り始めたらしく、庭の草木には水滴がついていた。


 ただ、雨はすでに弱まっている。


 朝食を終える頃には、すっかり上がっていた。


「ちょうどいいわね」


 ヴィオレッタが玄関で靴を履きながら言った。


「何が?」


「昨日作った道よ。ちゃんと使えるか確かめましょう」


「ああ、そうだった」


 四人は外へ出た。


 周囲の地面には水たまりができている。


 ところが、昨日作った道にはほとんど水が残っていなかった。


「……あれ?」


 ヴィオレッタが足を止める。


「どうしたの?」


「道が乾いてる……?」


 ルシオンも足元を見る。


 確かに、周囲の草地はまだ濡れているのに、石を敷いた道だけは妙に乾いていた。


「排水溝がうまく働いたんじゃない?」


「それにしても、早すぎない?」


 ヴィオレッタがしゃがみ込み、石の表面に触れる。


「ほとんど濡れてないわよ」


「じゃあ、よくできた道なんだね」


「そんな簡単な話かしら……」


 ミネットも道を確認した。


「排水溝に水が流れた形跡はあります。ただ、これほど早く乾くのは少々不自然ですね」


「やっぱり?」


「はい。ですが、構造に異常は見当たりません」


 リゼットが道を歩いてみる。


「すごいです! 昨日より歩きやすいですよ!」


「昨日より?」


 ヴィオレッタが首を傾げる。


「はい! 石も全然ぐらつきません!」


 確かに、昨日は少し不安定だった石まで、しっかり固定されているようだった。


「……どういうこと?」


 ヴィオレッタが呟く。


 ルシオンも道を眺めた。


(そういえば、雨が降っても道がぐちゃぐちゃにならなければいいなって思ったっけ)


 昨日の朝、泥だらけの地面を見ながら、そんなことを考えた。


 そして今日は、雨が降ったにもかかわらず、道はほとんど濡れていない。


(……いや、さすがに関係ないよね)


 ルシオンは小さく首を振った。


 自分たちで石を敷き、排水溝まで作ったのだ。


 きっと、そのおかげだろう。


「まあ、使いやすいならいいんじゃない?」


 ルシオンが笑って言う。


「……あなた、本当にそればっかりね」


 ヴィオレッタが呆れたようにため息をつく。


「でも、確かに助かるわ。これなら雨の日でも畑に行けるもの」


「でしょ?」


「ただし、原因が分からないことは忘れないでよね」


「分かってるって」


 ヴィオレッタはもう一度道を見回した。


 雨上がりの空には、雲の隙間から柔らかな日差しが差し込んでいる。


 家の周囲には新しい道ができ、畑では野菜が育ち、果樹には実がなり始めていた。


 保存庫の食料は不思議なほど新鮮で、鶏たちも元気に鳴いている。


「……ねえ、ルシオン」


「何?」


「最初にここへ来た時、こんな暮らしになると思ってた?」


「うーん。家を建てて、のんびり暮らせればいいなとは思ってたけど」


「けど?」


「まさか毎日こんなに忙しくなるとは思わなかった」


 ルシオンが笑う。


 ヴィオレッタもつられて笑った。


「それは私も同じよ。もっと静かな暮らしになると思ってたもの」


「嫌?」


「……いいえ」


 ヴィオレッタは新しくできた道を歩きながら、家の方を振り返った。


「むしろ、今の方が楽しいかもしれないわ」


「そっか」


「ただし、明日は少し休みましょう。ここ最近、毎日何か作ってる気がするもの」


「じゃあ、明日は何もしない?」


「ええ。たまにはのんびりしましょう」


「分かった」


 ルシオンは頷いた。


 その時、鶏小屋の方からリゼットの声が響いた。


「ルシオン様ー! ヴィオレッター!」


「どうしたの?」


「鶏小屋の扉が少し壊れてます!」


「えっ!?」


 ルシオンとヴィオレッタが顔を見合わせる。


 ミネットが小さく息を吐いた。


「……どうやら、明日も修理するものがありそうですね」


「…………」


 ヴィオレッタはしばらく黙っていたが、やがて額に手を当てた。


「……休みって、どうやったら取れるのかしら」


「鶏小屋直してから考えようか」


「そうね……」


 ルシオンは苦笑しながら、鶏小屋へ向かって歩き出した。


 せっかく作った新しい道は、朝の雨にも負けず、四人の足元をしっかり支えていた。

いつも読んで頂きありがとうございます!


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よろしくお願い致します。

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