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魔力ゼロの王子

魔力ゼロの王子と婚約破棄された令嬢の物語が始まります

 俺の人生が大きく変わったのは、十七歳になった日のことだった。


「……もう一度だ、ルシオン」


 重苦しい声が、王宮の魔法訓練場に響く。


 声の主は、この国を治める国王――アルフォンス。


 その隣には、俺の兄である第一王子レオンハルトが立っていた。


 そして二人の視線の先にいるのが、第九王子である俺――ルシオンだ。


 訓練場には他にも、宮廷魔法使いや魔法教師、それに何人かの貴族が集められていた。


 ずいぶん大勢の前でやるんだな。


 そんなことを考えながら、俺は目の前に置かれた水晶へ手を乗せる。


 魔力測定晶。


 触れた者が持つ魔力を測定するための魔道具だ。


 魔力の少ない者でも、普通なら淡い光くらいは灯るらしい。


 だが――


「…………」


 何も起きない。


 透明な水晶は透明なままだ。


 光どころか、ほんのわずかな反応すらない。


「やはり、ゼロか」


 アルフォンスが低く呟く。


 すると、その隣から小さな笑い声が聞こえた。


「ふっ……」


 レオンハルトだ。


「いや、すまない。笑うつもりはなかったんだ」


 そう言いながら、口角が上がったままだった。


「しかし見事なものだな。ここまで何も起こらないとは」


「兄上、めちゃくちゃ楽しそうだね」


「そんなことはない。弟の将来を心配しているだけだ」


 きたきた、絶対に嘘。


 俺が水晶へ触れてから、ずっと機嫌がいい。


 レオンハルトがこちらへ歩いてくる。


「だが、測定晶が故障している可能性もある。そうだろう?」


「先ほど確認しております」


 宮廷魔法使いが答えた。


「まあ、念には念を入れるべきだろう?」


 レオンハルトが水晶へ手を置いた。


 次の瞬間。


 眩い光が訓練場いっぱいに広がった。


「おお……!」


 周囲から感嘆の声が上がる。


 レオンハルトは満足そうに笑い、俺を見る。


「どうやら、正常のようだな」


「さっきからそう言ってるじゃないか、わざわざ自分で光らせなくてもいいんじゃない?」


「皆の前で証明した方が、お前も納得できるだろう?」


 へぇー俺を納得させるため、ねぇ。


 どう考えても自分の魔力を見せつけたかっただけに見える。


「しかし、不思議なものだ」


 レオンハルトは水晶を眺めながら続けた。


「同じ父上の血を引いているというのに、ここまで違うとは」


 周囲の貴族たちが困ったように視線を逸らす。


 さすがにそれは言いすぎだと思ったのかもしれない。


 だが、レオンハルトは気にせずおかまいなしだ。


「俺が触れればこれほど輝く。お前が触れれば何も起こらない。同じ王子とは思えんな」


「で、それ俺に言ってどうするの?」


「事実を言っただけだ。気を悪くしたのなら謝ろう」


 まったく悪いと思っていない顔で謝られた。


 ああ、そうだ。昔からこういうやつだ。


 俺が何か失敗すると、必ず人のいるところで話題にする。


 俺が試験で一問間違えれば、満点だった科目ではなく、その一問について延々と話す。


 剣術で負ければ夕食の席で話す。


 魔法の練習に失敗した日なんて、わざわざ兄弟を集めて「ルシオンが今日も頑張っていたぞ」と笑っていた。


 本人曰《いわ》く、すべて弟を気遣ってのことらしい。


 ありがたすぎて涙が出てくるね。


「ルシオン」


 アルフォンスの声で意識を戻す。


「魔法を使ってみろ」


「なぜですか?」


「魔力測定だけで結論を出すわけにはいかぬ」


「はい、分かりました」


 俺は水晶から手を離し、十メートルほど先の的へ右手を向けた。


 使うのは初歩の水魔法。


 毎回、次こそはと何百回と練習した術だ。


 俺は昔から魔法を使えなかった。


 だけど、勉強そのものができないわけじゃない。


 むしろ座学は非常に優秀だった。


 術式の構造も理解しているし、詠唱だって覚えている。


 だからこそ、何度も練習した。


 いつか一度くらい成功するんじゃないかと思って。


 呼吸を整える。


「清き水よ、我が呼びかけに応え、その姿を現せ――《ウォーター》」


 …………


 やっぱり何も起きない。


 ほんの一滴すら出なかった。


「詠唱は間違えていないのか?」


 アルフォンスが魔法教師へ尋ねる。


「完璧でございます。発音がおかしい事もなく、呼吸の乱れ、術式の理解にも問題はありません」


「では、なぜ発動せぬのか」


「おそらく……魔力そのものが存在しないためかと……」


 その答えを聞いたレオンハルトが、また笑った。


「そこまで完璧に覚えているのに使えないのか。なんとも皮肉な話だな」


「好きでこうなったわけじゃないんだけど?」


「もちろん分かっているとも。だから俺も心苦しいんだ」


 だったら笑うなよ。


「せっかくだ。火魔法も試してみてはどうだ?」


「必要ある?」


「可能性は一つずつ潰した方がいい。水との相性が悪いだけかもしれないだろう?」


 レオンハルトが爽やかに笑う。


 言っていることだけなら正しい。


 だから余計にたちが悪い。


「では火を」


 アルフォンスまで同意した。


 仕方なく火魔法を試す。


 何も出ない。


「次は風だな」


 レオンハルトが言う。


「兄上、もういいんじゃない?」


「なぜだ?まだ試していない属性があるだろう。諦めるのは早いぞ、ルシオン」


 今度は風。


 何も起きない。


 続いて土。


 当然、何も起きなかった。


 静まり返った訓練場で、レオンハルトだけが満足そうだった。


「これだけ試して何一つ起こらないとは……ある意味では才能かもしれんな」


 さすがに腹が立ってきた。


「兄上もやってみたら?」


「何をだ?」


「魔力を一切出さないで詠唱するやつ。案外難しいかもしれないよ」


「ははは。確かに俺には到底真似できそうにない」


 皮肉のつもりだったのに普通に返された。


 アルフォンスがこちらを見る。


「もうよい」


 ようやく終わったらしい。


「ルシオン。これまでお前には十分な時間を与えた」


「はい」


「幼少期には、成長とともに魔力が発現する可能性もあると言われた。ゆえに教師をつけ、今日まで待った」


「それについては感謝しています」


「だが十七になっても、結果は変わらなかった」


 アルフォンスの視線が、光を失ったままの水晶へ落ちる。


「王族でありながら魔力を持たぬ者など、前例がない」


「ははは、俺が初めてってことですね」


「ああ、そうだ悪い方でな」


「父上」


 レオンハルトが口を挟む。


「もうよろしいのではありませんか?」


「……ああ」


 二人の間では、すでに何かが決まっているらしい。


 嫌な予感がする。


「ルシオン」


「はい」


「本日をもって、お前を王位継承権から外す」


「…………え?」


 予想外だった。


 いや、第九王子なんだから王位継承権なんて元々あってないようなものだ。


 兄が八人いる。


 俺まで王位が回ってきたら、その時点で国の方を心配する。


 だが、アルフォンスの言葉には続きがあった。


「同時に、王族としての身分も剥奪する。王宮を出よ」


「……えっ、もうここにはいられないって事?」


「ああ」


(嘘だろ?そこまでする?)


 今度は笑えなかった。


 十七年間暮らしてきた場所から、今日出ていけと言われている。


「父上、確認していいですか?」


「申せ」


「俺、何かやりましたか?」


「何もしていない」


「そうですよね」


「ああ、だからこそ問題なのだ」


 アルフォンスは淡々と告げる。


「王族は民の税によって生活する。ならば王族として国へ利益をもたらさねばならぬ」


「俺は魔法以外ならできるよ。勉強は得意なんです。なんなら、そこにいるレオンハルトよりできます。領地経営でも外交でも、必要なら勉強します」


「だめだ、魔力を持たぬ王族が存在すると他国に知られること自体が、王家の威信に関わる」


 そこまで言われれば、もう分かった。


 俺は役に立たないから追い出されるんじゃない。


 存在しているだけで恥ずかしいらしい。


「まあ、仕方ないか」


「随分とあっさりしているな」


 レオンハルトが意外そうに言った。


「泣いて縋《すが》れば残してくれるって?」


「まさか」


「じゃあ意味ないでしょ」


「そうだな。だが――」


 レオンハルトが俺の肩を軽く叩いた。


「少し安心したよ」


「何が?」


「お前にもようやく、自分の身の丈に合った生活ができんだ」


「…………」


「王子という立場は、お前には少々荷が重かったようだからな、ははははは」


 こいつ、本当に最後までこれか。


「城下町なら仕事もある。読み書きはできるのだから、運が良ければ商家あたりが雇ってくれるかもしれん」


「心配してくれてありがとう」


「ああ、もちろん兄だからな」


 ああ、白々しい。


「もっとも、元王子という肩書きをいつまで使えるかは知らんが」


「使わないよ」


「そうか?ならばせいぜい頑張ることだ。魔法の使えない平民として」


 レオンハルトは満足したように笑いながら離れていった。


 アルフォンスから、私物と当面の生活費の持ち出しだけは許可された。


 その日の午後。


 俺は荷物をまとめて王宮を出ることになった。


 思ったより少なかった。


 服と本、それに多少の金。


 十七年間ここで暮らした割には、俺個人の持ち物なんてこんなものらしい。


 門へ向かって歩いていると、正面から一人の令嬢がやってきた。


 艶やかな髪。


 整った顔立ち。


 凛とした立ち姿には、遠目からでも分かるほどの気品がある。


 見覚えがあった。


 ヴィオレッタ公爵令嬢。


 確か――


「ルシオン殿下?」


「こんにちは」


 向こうも俺を知っていたらしい。


 ヴィオレッタの視線が、俺の持つ荷物へ移る。


「そのお荷物は……?」


「ああ、王宮を出ることになったんだ」


「王宮を?」


(ご旅行にでも行かれるのでしょうか)


 ヴィオレッタが目を瞬《またた》かせる。


 まだ今日のことは知らないらしい。


「まあ、いろいろあってね」


「そう……なのですか」


「うん。それじゃ」


「それでは、また……」


 詳しく説明する気にもなれず、その横を通り過ぎる。


 数歩進んだところで、ふと思い出した。


 ヴィオレッタ公爵令嬢。


 レオンハルト兄上の婚約者だ。


 …………


 俺は少しだけ振り返った。


 ヴィオレッタはまだこちらを見ている。


 ずいぶんと綺麗な女性だ。


 それに頭も良く公爵令嬢としての評判も悪くなかったはず。


 勉強もできるし、礼儀作法も完璧だと聞いたことがある。


 そんな人が――


 あの男と結婚するのか。


 俺が魔法を使えないことを、わざわざ大勢の前で何度も実演させて楽しむような男と。


 弟が家を追い出される日にまで嫌味を言わずにはいられない、あのレオンハルトと。


 ……ご愁傷様、かわいそうに。


 心の中で、そっと手を合わせた。


 まさか本人に言うわけにもいかない。


 俺は今度こそ王宮を後にした。


 不思議なことに、門を出た瞬間。


 胸の奥が少し軽くなった。


 寂しくないと言えば嘘になる。


 父親にいらないと言われたのだから、何も感じないはずもない。


 それでも――


「王子じゃなくなったのか、俺」


 口にしてみる。


 朝起きる時間も。


 どこへ行くかも。


 何をして暮らすかも。


 これからは全部、自分で決められる。


「……それはそれで悪くないんじゃない?」


 とりあえず住む場所を探そう。


 できれば静かで、人が少なくて、土地が広いところがいい。


 森や川が近くにあれば最高だ。


 小さな家でも建てて、のんびり暮らす。


 そんな生活も楽しそうだ。


「さて、まずは――」


「ルシオン様」


「ん?」


 名前を呼ばれて振り返る。


 そこには、見慣れた二人の少女が立っていた。


 姉のリゼットと、妹のミネット。


 幼い頃から俺の護衛を務めている双子だ。


 二人とも小さな荷物を背負っている。


「……何してるの?」


「お待ちしておりました」


 リゼットが当然のように答えた。


 その隣でミネットも小さく頷く。


「待ってたって……俺を?」


「他に誰がいるのですか?」


「いや、そうじゃなくて。その荷物は?」


「見て分かりませんか?旅支度です」


「なんで?」


 二人が揃って首を傾げた。


 むしろ、なぜ俺がそんな質問をするのか分からないらしい。


「ルシオン様についていくためですが」


「…………」


 さらっと言われた。


「いやいや、俺はもう王子じゃないんだよ?」


「存じております」


「王宮からも追い出されたんだけど」


「それも存じております」


 ミネットが淡々と答える。


「だったら二人が俺を護衛する理由もなくなったでしょ?」


「何をおっしゃっているのですか?」


 今度はリゼットだった。


 本気で意味が分からないという顔をしている。


「私たちは王子の護衛だからルシオン様をお守りしていたわけではありません」


「え?」


「ルシオン様だからお守りしていたのです」


 即答だった。


 ミネットもその隣で頷く。


「すでに王宮へ辞職を申し出ました。ですので現在の私たちは王家の護衛ではありません」


「王宮の仕事辞めちゃったの!?」


「はい」


「そんな簡単に!?」


「ルシオン様を一人で放り出すような王家に、仕え続ける理由もありませんので」


 ミネットが平然と言う。


 結構なことを言っている。


 まだ王宮の門の前なんだけど。


「聞かれたら怒られるよ?」


「もう辞めてきましたので全く問題ありません」


「そういう問題かな……」


 俺は二人の顔を交互に見る。


 リゼットもミネットも、どうやら冗談を言っているわけではないらしい。


「これからどこに行くかも決めてないよ?」


「では、これから決めましょう」


「家もないよ?」


「建てればよろしいかと」


「仕事もない」


「探せばよろしいかと」


「俺、魔法も使えないよ?」


「それは昔から知っています」


「…………」


 何を言っても帰る気がなさそうだ。


 俺は小さく息を吐いた。


「分かった。じゃあ一緒に行こうか」


「はい!もちろんそのつもりです」


 リゼットが嬉しそうに返事をする。


 ミネットもわずかに表情を緩めた。


「では、参りましょう」


「ああ」


 こうして。


 王宮を追放された俺の新しい生活は、一人ではなく三人で始まることになった。


 できれば静かで、人が少なくて、土地が広いところがいい。


 森や川が近くにあれば最高だ。


 小さな家でも建てて、のんびり暮らす。


 そんな生活も楽しそうだ。


 この時の俺はまだ知らなかった。


 今日すれ違ったヴィオレッタが、遠くない未来に本当にレオンハルトから捨てられることも。


 そして彼女と俺が、誰も近寄ろうとしない魔境で再会することも。


 もちろん――


 俺に魔力がないという診断そのものは、何一つ間違っていなかったことも。


 ただ誰も知らなかっただけだ。


 俺が持っていた力は最初から――魔法ではなかった。

読んで頂きありがとうございます!


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よろしくお願い致します。

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