武将 島津義弘 第75話 豊久が殿(しんがり)に回る
慶長五年九月十五日。関ヶ原南西、藤古川沿いの低湿地。
島津軍が東軍中央を割った直後の刻。
突破口は、馬三頭が並ぶのがやっとの幅だった。
島津の先頭が黒田・細川の中間を割り、その帯状の湿地へ後続が押し込まれていく。
前方の地面は前夜の雨で柔らかく、蹄が深く沈み、泥が高く跳ねた。
列は細長く伸びたまま、湿地の狭い帯に沿って前へ押し出されていた。
後方では、黒田・細川の足軽が追撃に移っていた。
槍の穂先が揃い、走り込む足音が湿地を震わせる。
その後ろには鉄砲足軽が続き、火縄の煙が低く漂っていた。
島津軍の後列は圧され、列の密度が急に高まった。
突破線が細いまま伸び、後方の圧力だけが増していく。
殿を置かなければ、列が潰れるのは避けられなかった。
豊久が前方から後方へ視線を向けた。
馬の首を軽く引き、湿地の泥を避けるように方向を変える。
近習が豊久の周囲を空け、馬が回転するための間を作った。
豊久の槍は、自然と後方へ向く角度に構え直された。
列の脇を通り、豊久の馬が後方へ下がる。
後列の兵が豊久のために道を開け、槍を横に倒して通路を作った。
追撃してくる東軍の槍列が視界に入り、火縄の煙が湿地の上で白く揺れた。
豊久は殿の位置に入り、馬を止めた。
黒田の足軽が走り込み、槍の穂先が揃う。
その背後では細川の鉄砲足軽が火縄を掲げ、火薬の匂いが後方に広がった。
敵の列は左右から狭まり、島津後列に迫っていた。
豊久は槍の角度を調整し、敵との距離と列の幅を測った。
追撃の先頭が迫る。
豊久は槍を前へ突き出し、最前の足軽を止めた。
敵の槍が豊久の槍とぶつかり、柄が大きくしなった。
島津の家臣が豊久の左右に並び、横幅を支えた。
後列の兵は豊久の背後で列を整え、前方への流れを維持した。
殿の陣形が固まる。
豊久を中心に半円状の防御線が形成され、槍の穂先が密集した。
敵の押しは強く、足軽の肩がぶつかり合い、前へ押し寄せる力が増していく。
島津の後列は前へ進み続け、殿の位置だけが固定されたまま動かない。
前方の突破線との距離が、わずかずつ開き始めた。
湿地の泥が馬の蹄に絡み、足音が重く響く。
東軍の槍列は密度を増し、押し寄せる波のように殿へ向かった。
豊久の槍はその波を受け止め、家臣たちの槍が左右から支えた。
殿の位置は、突破線を守るための一点となり、島津軍全体の動きを支える支柱となった。
前方では、義弘の馬が湿地を越え、道幅が広がる地点へ向かっていた。
後方の戦音は強まり、鉄砲の火花が断続的に走った。
殿の位置は、島津軍の生死を分ける境となり、豊久の槍がその境を押し止めていた。
突破線は前へ伸び、殿はその背後で固定される。
島津軍は、前方へ進む列と、後方を支える殿とに分かれ、戦場の中で二つの線を作っていた。
その後方の線の中心に、豊久がいた。




