武将 島津義弘 第58話 帰国への移動(1598)
慶長三年(1598)十一月。
露梁海峡を抜けた直後、
義弘は船団に停泊を命じた。
海はまだ煙を上げ、
焦げた船材と折れた櫂、
そして戦死者の影が波間に揺れていた。
火矢の残りが風に流され、
海面に落ちては消えた。
「まず、損害を見よ。」
家久が各船へ使いを走らせる。
生存船の数を数え、
沈没した船の報告を受ける。
破孔の開いた船体、
焼け焦げた帆、
折れた舵──
露梁突破の代償が、
海の上にそのまま残っていた。
日本船団は五百余。
だが、その大半は輸送船で、
露梁の乱戦で大きく傷んでいた。
義弘は船縁に手を置き、
一隻ずつ目を向けた。
「……よく持ちこたえた。」
重傷者は関船へ移され、
船医が治療を急いだ。
軽傷者は輸送船へ分散し、
水と食糧が再配分される。
船医は治療の優先順位を決め、
家久は死者の名簿を作り、
遺品をまとめた。
露梁の死地を抜けた直後の海は、
静かに見えた。
だが、その静けさの下に、
戦の重さが沈んでいた。
義弘は潮の向きを見た。
風は南へ流れ、
波は巨済島の方へ向かっている。
「帰るぞ。
まずは巨済島へ。」
船団はゆっくりと動き出した。
十郎太が後方を監視し、
朝鮮水軍の追撃の気配を探る。
一部の敵船が遠くに見えたが、
潮流が逆で、距離は開いていった。
家久は船団の速度を揃え、
隊列を整えた。
輸送船の多くは傷んでおり、
速度が出ない。
義弘は灯火の位置を調整させた。
夜間航行で列が乱れれば、
それだけで命取りになる。
「急ぐな。
揃えて進め。」
海は広く、
戦の音が遠ざかるにつれ、
兵たちの息遣いが戻ってきた。
巨済島が近づく頃、
義弘は家久を呼んだ。
「帰国後の報告、
どうまとめるべきか。」
家久は静かに答えた。
「露梁突破の経緯、
損害、
兵の働き。
すべて正直に。」
義弘は頷いた。
島津家中への使者を送る準備が進む。
兵糧の残量を確認し、
節約を命じた。
船団の補修計画も立てる。
「薩摩へ戻れば、
兵を休ませねばならぬ。
負傷者の治療も急がねば。」
巨済島の影が見えた。
海は穏やかで、
潮の流れも安定している。
露梁の死地を抜けた船団は、
ようやく“帰国の線”に乗った。
義弘は海を見つめた。
戦場の匂いがまだ残る海風が、
頬をかすめた。
秀吉の死、
講和の行方──
帰国後に待つ現実が、
静かに胸に重く落ちた。
「……帰る。」
その一言は、
戦の終わりと、
薩摩への帰還を結ぶ線そのものだった。




