↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/84

武将 島津義弘 第57話 露梁海戦(1598)

慶長三年(1598)十一月。

撤退命令が下り、

義弘は船団を率いて露梁海峡へ向かった。


海峡は狭く、潮が速い。

風向きが変われば、

船は思うように進まない。

義弘は船首に立ち、

潮の色と波の向きを見た。


「潮が変わる。

 抜けるなら、夜明け前だ。」


日本船団は五百余。

だが、その大半は輸送船で、

戦える関船はわずか。

負傷者と兵糧を積んだ船が列を成し、

海峡の手前で揺れていた。


家久を呼び、船団の再編を命じた。

関船を中央に集め、

補給船と負傷者を乗せた船は後方へ回す。

小早を前に出し、

偵察と誘導を担当させた。


朝鮮水軍の哨戒船が増えている。

海峡の北側には、

李舜臣の大船団が控えているという報告が入った。


退路となる海路の幅、

浅瀬の位置、

潮の変わり目──

義弘はすべてを頭に入れた。


その夜、

北側から太鼓の音が響いた。

敵艦隊が動き出したのだ。


「来たか。」


敵の旗艦の位置を確認する。

進路は日本船団の退路を塞ぐ形。

避けられない海戦だった。


義弘は家久と十郎太を呼び、

突破の順序を短く伝えた。


「船団を守り、

 潮が変わる刻に乗る。」


敵艦隊が射程に入った。

義弘は砲撃開始の合図を出す。

関船が大筒を放ち、

小早が敵船の間を縫って火矢を放つ。


朝鮮水軍の火砲が轟き、

海面に白い水柱が立つ。

衝角が迫り、

船と船がぶつかり合った。


海峡は狭く、

敵も味方も身動きが取りづらい。

火矢が帆を焼き、

煙が海面を覆った。


敵の包囲が狭まり、

乱戦となった。


義弘は船首に立ち、

敵旗艦の位置を見据えた。


「家久、中央を割れ。

 十郎太、後ろを守れ。」


家久の関船が中央へ突っ込み、

敵の隊列を押し広げる。

十郎太は後方の船団を守り、

火矢を避けながら進んだ。


義弘の船は敵旗艦の横を強行突破した。

敵船の衝角が迫る。

義弘は舵を切らせ、

波の力を利用してかわした。


その頃、敵旗艦周辺が騒然となった。

指揮の乱れが見えた。

(※史実ではこの時、李舜臣が被弾し戦死)


「退路へ押し出せ!」


船団が海峡の出口へ向かう。

その時、潮が変わった。

海面の流れが一気に南へ向かう。

潮の色が変わり、

波の向きが揃った。


義弘はその変化を逃さなかった。


「乗れ!」


日本船団は潮流に乗り、

一気に海峡を抜けた。

敵艦隊は追撃を続けたが、

潮に逆らう形となり、

距離が開いていく。


後方で火矢が海面に落ち、

水柱が上がった。


やがて、

露梁海峡の出口が見えた。


家久と十郎太が駆け寄り、

生存船の数を報告する。


「……よく残った。」


義弘は静かに頷いた。


露梁の海はまだ煙を上げ、

波が赤く染まっていた。


この戦は、

勝つための戦ではない。

生きて帰るための戦だった。


泗川で極致に達した義弘の武は、

ここでは“生還のための武”として働いた。


露梁を抜けた船団は、

巨済島方面へ向けて進路を取った。

島津家は存続した。

だが、

この突破がどれほどの死地であったか、

義弘は誰よりも知っていた。


「これで……帰れる。」


義弘は朝鮮沿岸を振り返り、

静かに目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。