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私からすべてを奪っておいて、このままタダじゃ済まさない  作者: 逆立ちハムスター


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3/3

復讐の誓約

冷たい夜風が頬を打ち据える中、私は軍馬の背に揺られ、果てしなく続く暗い街道を北へと向かっていた。

レオンハルト率いる帝国隠密部隊『黒の猟犬』の移動速度は、私の常識を遥かに超えていた。彼らは一切の休息を取ることなく、ただ無言で馬を走らせる。私のような乗馬経験の浅い令嬢が振り落とされないよう、レオンハルトは私を自身の前に乗せ、片腕でしっかりと私の腰を支えながら手綱を握っていた。


「少し痛むぞ」


道中、短くそう告げた彼が私の手首に振りかけたのは、帝国の高位軍人のみが持つことを許されるという、最高級の治癒薬だった。淡い光と共に、枷によって擦り切れ、骨が見えかけていた手首の傷が、嘘のように塞がっていく。体力回復の魔法薬も与えられ、私の身体から牢獄の冷たい死の気配が少しずつ薄れていった。


三日三晩の強行軍の末、朝日が地平線を赤く染め始めた頃。

私たちはついに、祖国オーレリア王国とガルディナ帝国を隔てる巨大な国境の山脈を越えた。


「見ろ、あれが我らがガルディナ帝国の心臓だ」


レオンハルトの声に促され、私は丘の上から眼下に広がる景色を見下ろした。

そして、思わず息を呑んだ。


朝靄の中に浮かび上がったのは、巨大な城壁に囲まれた白亜の要塞都市、帝都『アルテミア』。

天を突くような鋭い尖塔が無数にそびえ立ち、都市の内部は碁盤の目のように整然と区画整理されている。煙突からは豊かな生活を思わせる煙が立ち上り、遠目からでも大通りの石畳が塵一つなく磨かれているのが分かった。

腐敗した貴族たちが贅の限りを尽くし、一歩路地裏に入れば貧民たちが飢えに苦しんでいる私の祖国とは、根本的な『国のあり方』が違っていた。ここでは、厳格な法と圧倒的な規律が、人々の生活を強固に守り抜いているのだ。


「……美しいですね」

「ああ。我が皇帝陛下が、血と鉄によって統治される誇り高き国の証だ。さあ、行くぞ」


馬は丘を下り、帝都の正門へと向かう。厳しい検問も、レオンハルトが懐から取り出した黒い紋章を示すと、兵士たちは一糸乱れぬ敬礼をもって私たちを通過させた。


帝都の中心に鎮座する巨大な皇宮に到着した私は、すぐさま侍女たちに引き渡された。

「よくぞご無事で、アシュクロフト卿。さあ、こちらへ」

侍女長と思われる初老の女性は、私のボロボロのドレスや泥にまみれた姿を見ても顔色一つ変えず、敬意を持って接してくれた。


案内されたのは、大理石でできた広々とした浴室だった。

温かいお湯が張られた湯船に浸かり、侍女たちによって丁寧に髪や身体を洗われながら、私は這い上がるようにして生き延びた事実を実感していた。

数日前まで、私はあの暗く冷たい地下牢で、死を待つだけの惨めな罪人だった。カイゼルに裏切られ、両親の死の真相を知り、絶望のどん底に突き落とされた。


(……カイゼル。グレイド第二王子。バルター伯爵)


目を閉じれば、今でも脳裏に彼らの冷笑が鮮明に蘇る。

湯の温もりとは裏腹に、私の心の中には冷たく青い復讐の炎が静かに、だが確実に燃え盛っていた。


入浴を終えた私に用意されていたのは、祖国で着ていたようなフリルやリボンが過剰にあしらわれた窮屈なドレスではなく、濃紺の絹で仕立てられた、帝国の貴族女性が好むという凛とした立ち襟のドレスだった。

姿見の前に立つ。

そこには、愛する者に裏切られ、ただ泣き崩れるしかなかった『無知で哀れな男爵令嬢セルリア』はいなかった。

過酷な牢獄生活で頬は削げ落ちているが、その分、意志の強さを宿した翠緑の瞳が鋭く光を放っている。手首に残る薄い傷跡は、私が決して過去を忘れないための戒めのように見えた。


「準備が整ったようだな。陛下がお待ちだ」


部屋の前に迎えに来たレオンハルトに連れられ、私は皇宮の奥深くへと歩みを進めた。

黒曜石と黄金で装飾された長い回廊を抜け、巨大な両開きの扉の前に立つ。近衛兵が重々しい音を立てて扉を開け放つと、そこは圧倒的な威圧感に満ちた、玉座の間だった。


赤い絨毯の先、数段高くなった黒曜石の玉座。

そこに、片肘をついて退屈そうに座る一人の若い男がいた。


夜の闇をそのまま切り取ったような、艶やかな漆黒の髪。

そして、獲物を定める猛禽類を思わせる、鋭く冷酷な黄金色の瞳。

年齢は二十代半ばといったところだろうか。しかし、彼から発せられる覇気と重圧は、私が今まで出会ってきたどの権力者とも比べ物にならないほど圧倒的だった。彼がそこに座っているだけで、周囲の空気が凍りつくような錯覚すら覚える。


彼こそが、大陸最強の軍事国家を束ねる絶対的覇王。

ガルディナ帝国皇帝、ルキウス・ヴィル・ガルディナその人だった。若くして、継承の後、即位し。多くの重圧の中、大衆の期待を上回った逸材。


「『黒の猟犬』部隊長レオンハルト、ただいま帰還いたしました」

レオンハルトがその場に片膝をつき、深く頭を下げる。

私もまた、帝国式の最上級の礼――ドレスの裾をつまみ、深く膝を折るカーテシー――をとった。


「面を上げよ」


低く、玉座の間に響き渡るようなよく通る声だった。

私が顔を上げると、ルキウス皇帝は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を下りて私の目の前まで歩み寄ってきた。

長身の彼に見下ろされ、私は無意識に息を呑んだ。圧が凄い。黄金の瞳が、私の頭の先からつま先まで、値踏みするようにじっと観察している。


「ほう。これがオーレリア王国の腐った牢獄から拾い上げたという、噂の令嬢か」


ルキウス皇帝は面白そうに目を細めた。


「レオンハルトから報告は受けている。お前はただ一人で、彼の国の上位貴族らの裏台帳を入手、読み解き、国家規模の麻薬密輸ルートの全貌を暴き出したそうだな。そして、その証拠をすべて燃やされた後でも、その頭脳一つで帝国へ渡る交渉を打って出たと」


「……は、はい……陛下」


私は真っ直ぐに皇帝の目を見つめ返し、はっきりと答えた。


「ならば、試させてもらおうか。我がガルディナ帝国は、無能な者に与える席は持ち合わせていない。お前のその頭に詰まった情報が、帝国にとってどれほどの価値があるのかを証明してみせよ」


皇帝の言葉は容赦のない刃だった。だが、私は少しも怯むことはなかった。

むしろ、実力主義を掲げる彼の態度は、血筋や権力だけで人を判断する祖国の腐敗した貴族たちよりも遥かに好ましく、信頼に足るものに思えた。


私は静かに息を吸い込み、記憶の奥底に完璧に保存されている『数字』の羅列を引きずり出した。


「暦214年、第三四半期。バルター伯爵領を経由し、国境沿いの宿場町『ルビエラ』へ送られた月光草の総量は、表向きの台帳では樽三十個分。しかし、実際に手配された荷馬車の車輪の摩耗度合い、および護衛として雇われた傭兵団の規模と報酬額から逆算すると、実数は樽百五十個分を下りません。差額の百二十個分は、ルビエラに拠点を置くダミー商会『赤銅の鷹』を通じて、隣国、すなわち貴国の裏社会へと密輸されています」


私の言葉に、玉座の間の空気がピンと張り詰めた。

レオンハルトすら、驚きに目を見開いている。


「密輸品の取引に使われた金貨は、バルター伯爵の隠し金庫には入っていません。すべて王都の第三銀行を経由し、複数の架空名義の口座を通じて洗浄された後、最終的にグレイド第二王子殿下の私兵団の運営資金、および派閥貴族への贈賄工作費として流れています。過去三年間の不正送金の総額は、金貨にしておよそ八千万枚。……さらに、月光草の精製に必要な触媒を調達するため、帝国側の貴族の中にも、彼らと内通している者が最低でも数名以上は存在します。取引の日付と暗号化された署名から、その数名の身元を特定することも可能です」


私は一気にそこまで言い切ると、静かに口を閉じた。

玉座の間は、水を打ったような静寂に包まれた。


誰一人声を発さない中、ルキウス皇帝は微動だにせず、ただ私を見つめていた。

その黄金の瞳の奥で、何かがメラメラと燃え上がっていくのが分かった。


「……くっ、くくっ」


やがて、皇帝の喉の奥から低い笑い声が漏れた。

それは次第に大きな笑い声へと変わり、彼は天を仰いで豪快に笑った。


「傑作だな! ああ、実に傑作だ! ただの辺境の下級貴族の小娘が、国家の裏台帳をここまで完璧に暗唱し、あまつさえ我が国の内通者の存在まで把握しているとはな!」


ルキウス皇帝は笑いを収めると、再び私に顔を近づけた。先ほどの威圧感は消え、代わりに底知れぬ歓喜と、獲物を見つけた捕食者のような獰猛な笑みが浮かんでいた。


「素晴らしい。お前のその頭脳は、燃やされた紙屑などよりも遥かに価値がある、まさに『完璧な生きた証拠』だ。属国のオーレリア王国の愚か者どもは、自分たちがどれほど恐ろしい宝をドブに捨て、あまつさえ敵に献上したのか、気づいてもいないらしい」


皇帝は私の顔の横に手を伸ばし、私の手首をそっと持ち上げた。

癒えたとはいえ、深く刻まれた鉄の枷の跡が痛々しく残るその腕を、彼はまるで宝石でも扱うかのように優しく撫でた。


「セルリア・ヴァン・アシュクロフト。お前が祖国に何をされ、何を奪われたか、レオンハルトから聞いている。両親を殺され、領地を奪われ、信じた男に裏切られ、地獄の底に突き落とされたそうだな」

「……はい」

「お前は、奴らを憎んでいるか? 殺したいか?」


「殺すだけでは生温いとすら思っています」


私は一切の迷いなく答えた。

「奴らが築き上げた富も、権力も、名誉も、虚栄も。すべてを白日の下に晒し、民衆の前でその罪を暴き、彼らが私に与えた絶望の何倍もの絶望を与えて、破滅の底へ叩き落としてやりたい。……そのためならば、私は悪魔にでも魂を売る覚悟です」


私の言葉を聞いたルキウス皇帝は、狂気すら孕んだ美しい笑みを浮かべた。


「ならば、悪魔ではなく、この帝国の皇帝たる私に魂を売れ。お前の望む復讐の舞台は、私が用意してやろう」


皇帝は私の手を引き、自分と同じ高さの玉座の階段まで私を登らせた。

そして、玉座の間に控える近衛兵や文官たちに向かって、声高らかに宣言した。


「聞け、帝国の臣下たちよ! 本日この刻より、セルリア・ヴァン・アシュクロフトを我がガルディナ帝国における『特任財務官』に任命し、同時に帝国伯爵の地位を与える! 彼女は私の直属の部下であり、彼女の言葉はすなわち、私の言葉であると心得よ!」


臣下たちが一斉に平伏する中、私は驚きで皇帝を見上げた。

特任財務官。そして、帝国伯爵の地位。

それは、私のような他国からの亡命者に与えるには、あまりにも破格すぎる権力だった。


「陛下……よろしいのですか? 私のような得体の知れない娘に、そこまでの地位を与えても」


「得体が知れないなどと謙遜するな。お前はそれだけの価値を自ら証明したのだ」

ルキウス皇帝は悪戯っぽく片目を瞑り、私だけに聞こえる声で囁いた。


「それに、お前を単なる『証人』として保護するだけでは面白くないだろう? 奴らを公に引きずり出し、完膚なきまでに叩き潰すためには、お前自身が彼らを見下ろすことのできる『圧倒的な権力者』でなければならないからな」


その言葉の真意に気づき、私の胸の奥で、復讐の炎がさらに激しく燃え上がった。

そうだ。私がただの哀れな被害者として証言台に立つだけでは、奴らはまた適当な嘘を並べて逃げおおせるかもしれない。

だが、帝国皇帝の代理人たる絶対的な権力者として彼らの前に現れたなら。

昨日まで自分たちが足蹴にし、殺したと思っていた惨めな小娘が、自分たちを裁く死神として目の前に現れた時の、あいつらの絶望に歪む顔を想像するだけで、全身の血が沸き立つような快感を覚えた。


「……感謝いたします、陛下。この命、そして私の頭脳のすべてを懸けて、必ずや帝国の不利益を排除し、オーレリアの腐敗を切り捨ててご覧に入れます」


私が再び深く頭を下げると、ルキウス皇帝は満足げに頷いた。


「期待しているぞ、私の愛しい反逆者よ。……さあ、準備を始めよ」


皇帝は玉座に腰を下ろし、獰猛な笑みを深くした。


「一ヶ月後、我が帝国の建国記念式典が開催される。そこには、周辺諸国の王族や高位貴族がこぞって招待されることになっている。もちろん、オーレリア王国の使節団として、あのグレイド第二王子と、バルター伯爵、そして法務局の小賢しい役人……カイゼルとやらも出席する手筈だ」


その名を聞いた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。

一ヶ月後。

たった一ヶ月後に、私はあの憎き仇たちと再会することになるのだ。


「奴らは、自分たちの不正の証拠をすべて消し去り、お前という目障りな存在を抹殺したと思い込み、勝利の美酒に酔いしれながら、のうのうとこの帝都へやってくるだろう」

ルキウス皇帝は手元にあったワイングラスを掲げ、まるで祝杯をあげるように言った。


「その華やかな宴の席こそが、奴らの処刑台だ。世界中の権力者が見守る中、お前の手で、奴らの首に引導を渡してやれ」


「はい、陛下。……必ずや」


私は口元に、彼らと同じような冷酷な笑みを浮かべていた。


待っていて、カイゼル。

貴方が私からすべてを奪い、炎の中に捨て去ったあの夜の絶望を。

今度は私が、貴方たちに何百倍にしてお返ししてあげるわ。


帝国の巨大な権力と、皇帝という最強の盾を手に入れた私は、きたるべき『断罪の宴』に向けて、冷たく鋭い牙を研ぎ澄ませていく。

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いい! 盛り上がってまいりました。 皇帝がまたいい! 続きが楽しみです !!
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