『ただいま、と、おかえり』
ファルテン村の南門の前で、ステラ・レギアの六人を、ヴァースル村長と村の人たちが見送っていた。
シズカが借りていた小型の荷馬車に、彼女の四年分の荷物のうち、必要な物だけが、丁寧に積まれていた。残りはヴァースル村長が、村の倉庫で預かることになった。
シズカは、ヴァースル村長の前で、深く頭を下げた。
「ヴァースル村長、四年間お世話になりました」
「シズカ様こそ、この村にたくさんの恩を残していかれました」
「いつか、また、必ず戻ります」
村の子供たちが、シズカの足元に駆け寄った。
「シズカ姉ちゃん、絶対また来てね!」
「もちろん」
シズカは、子供たちの頭を一人ずつ、丁寧に撫でた。
ヴァースル村長の腕に抱かれた三毛猫のミヤに、ゆっくり手を伸ばした。
「ミヤ、ヴァースル村長のところで大切にしてもらいなさい」
ミヤが、シズカの指先に頭を擦り付けた。
シエラもしゃがみこんで、ミヤを撫でた。
「ミヤちゃん、シエラもまた会いに来るから」
シズカは馬車に乗り込んで、最後にもう一度、ファルテン村の風景を目に焼き付けた。
「行ってきます」
レオンが御者台で手綱を握り、馬車をゆっくり動かし始めた。
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街道を、半日。
馬車の中で、シズカはシエラの隣に座っていた。シエラは早速、シズカの和装の袖を、興味深そうに触っていた。
「シズカお姉ちゃん、この服、綺麗」
「ありがとうシエラちゃん」
「東方の島国の服なんだよね」
「私の故郷のふつうの服でした」
リーゼが、向かいの席で穏やかに微笑んでいた。
アイリスは窓の外を見ながら、しばらく無言だった。
それから、ふと、シズカに訊いた。
「シズカ、お前の家、——少し賑やかになっている」
「賑やかに」
「踏破くんが十四体、零式が一体、占星台が増えた」
シズカは、しばらく目を丸くした。
「想像していた以上に、賑やかな家ですね」
レオンが御者台から振り返って答えた。
「皆さんが、楽しみにしておられます」
シズカは、ふっと笑った。
午後二時。
馬車がルミナリアの街の北門に到着した。
シズカが、馬車の窓から街並みを見た。
四年ぶりの街は、彼女の記憶の中とほとんど変わっていなかった。
「ただいま」
シズカが、ぽつりと呟いた。
その声は誰にも届かないほど、小さかった。
馬車が街の中央広場を抜けて、西の坂道に入った。ステラ・レギアの古城への最後の坂。
坂の上に、四年ぶりの古城が見えてきた。苔の生えた古い石壁、入口の門は新しい鉄細工で補修されている。中庭の手入れも、彼女の記憶の頃よりも明らかに行き届いていた。
そして、屋根の上に、——
小さな、八角形の、占星台。
これは彼女の記憶にない、新しい建物だった。
「占星台が」
「エレーナさんが、毎日星を読まれる場所です」
レオンが御者台から、穏やかに答えた。
シズカは占星台を見つめた。
そこに、エレーナが立っていた。手すりに両手をついて、坂を上がってくる馬車を、じっと見ていた。
エレーナが、シズカの方に、軽く手を振った。
シズカも、ゆっくり手を振り返した。
二人の四年ぶりの、最初の合図だった。
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馬車が古城の門の前で止まった。
エレーナは占星台から既に降りていて、古城の玄関の前で待っていた。
今日は占星術師の正装姿。黒のロングドレス、胸に水晶の首飾り。手には、何も持っていなかった。ワインボトルもなかった。
レオン、アイリス、シエラ、ルル、リーゼが馬車から降りた。
そして最後に、シズカが、馬車から降りた。
二人はしばらく、古城の玄関の前で向かい合った。
距離は、十歩ほど。
エレーナが、ゆっくり口を開いた。
「シズカちゃん」
低く温かい声だった。
「エレーナ」
「四年ぶりだ」
「四年、ぶりです」
二人は、しばらく無言で見つめ合った。
それからエレーナが、ゆっくり一歩前に出た。シズカも、一歩前に出た。
そして二人は、古城の玄関の前で、ぎゅっと抱き合った。
エレーナの肩が、わずかに震えた。シズカの肩も、わずかに震えた。
レオンとアイリス、シエラ、ルル、リーゼは、馬車の脇で、その光景を静かに見守っていた。
エレーナが、シズカの背中を、ゆっくり撫でた。
「おかえり」
「ただいま」
エレーナの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
シズカは自分の懐から、白い布に包んだ朱塗りの櫛を取り出した。
「セレナ様からお預かりしていた、櫛」
「——」
「お返しに伺いました」
エレーナは、しばらく櫛を見ていた。
それからゆっくり首を振った。
「これは、あんたが持ち続けな」
「——」
「セレナ嬢ちゃんから、あんたに預けられた櫛だ」
「——」
「セレナ嬢ちゃん、隣国の温泉郷で、まだ、お元気だ」
「半年に一度、お便りが届きます」
「あんたが戻ったことを、お知らせしような」
「——」
「あの人、たぶん、ものすごく喜ぶ」
シズカの目から、涙がぽろりとこぼれた。
「エレーナ、ありがとう」
「礼はこれからだ」
エレーナはシズカの肩を軽く叩いた。
「四年待ったんだ、お互いに」
「はい」
「待った分、ゆっくり家族をやろう」
「はい」
エレーナは、ふっと目元を拭った。
それからレオンを振り返った。
「皆、ありがとう」
「シズカさんが、ご自分の判断で戻る決意をされました」
「あんたらが、家をちゃんと作ったからだ」
エレーナはふっと笑った。
「中に入ろう。家、あんたを待ってる」
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古城の中で、エレーナがシズカに、新しい部屋を案内した。
廊下の奥の小さな扉を、エレーナが開けた。部屋の中は、簡素だが丁寧に整えられていた。ベッド、机、衣装の入る木箱、窓辺の小さな飾り棚。
「家具は最小限用意した。あんたが好きなように飾れるように、壁はわざと何も飾ってない」
シズカは、しばらく部屋を見ていた。
それから懐から、朱塗りの櫛を取り出した。
窓辺の小さな飾り棚の上に、丁寧に置いた。
「セレナ様の櫛、ここに飾らせていただきます」
「いい場所だ」
「セレナ様にお手紙、書きます」
「あたしと、あんたと、二人で書こう」
シエラが、両手をぎゅっと組んで、新しい部屋を目を輝かせて見回した。
「シズカお姉ちゃんのお部屋、シエラ、毎日お話しに来てもいい?」
「もちろん」
「えへへ」
ルルが、ぽくぽくと頷いた。
「合理的な家族の配置、完了」
シズカは、ふっと笑った。
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午後三時。
簡単な昼食を済ませた後、レオンが、皆に提案した。
「シズカさんを、街にご紹介に行きませんか」
「街に」
「ガロン親方、マルディン老婦人、組合のブランドル支部長、それから、友好ギルドの方々」
レオンは、深く頷いた。
「シズカさんの正式なご復帰を、街全体に、ご報告したい」
シズカが、しばらく考えた。
「皆様のご都合に合わせます」
「では、行きましょう」
エレーナは、占星台に残ることになった。今日の星の動きをもう一度確認したい、とのこと。
ステラ・レギアの六人——レオン、アイリス、シエラ、ルル、リーゼ、シズカ——が、街に向かった。
最初に向かったのは、ガロン親方の工務店だった。
工務店の作業台で、煙管を吹かしていたガロン親方が、ステラ・レギアの一行を見て、目を細めた。
その視線が、シズカで止まった。
「シズカちゃん、——」
「ガロン親方、ご無沙汰しております」
「四年ぶり、だな」
「四年ぶりです」
ガロン親方は、しばらくシズカを見ていた。
それから、煙管を作業台に置いた。
「あんちゃんが、ちゃんとした家を、作ったらしいな」
「皆様のおかげで」
「俺は『ちゃんとした家になる日が来たら、その時に戻る』、ってあんたから聞いてた」
「——」
「だから今日、あんたがこうして戻ってきたってことは、——あんちゃんが、本当に、家を作ったって、ことだな」
ガロン親方は、ふっと笑った。
「シズカちゃん、おかえり」
「ただいまです、ガロン親方」
ガロン親方は、レオンの肩を、ぽんと叩いた。
「あんちゃん、——立派になったな」
「ガロン親方のおかげです」
「俺のおかげじゃねえ。あんたの五浪のおかげだ」
ガロン親方は、もう一度、煙管を口に運んだ。
「シズカちゃん、これからも、街でよろしく頼むぞ」
「はい」
次に向かったのは、マルディン老婦人の刺繍店。
シエラが、嬉しそうに、マルディン老婦人にシズカを紹介した。
「お婆さん、これね、シズカお姉ちゃん。シエラの、新しいお姉ちゃん」
「あら、まあ」
マルディン老婦人は、シズカを、優しく見上げた。
「セレナ嬢ちゃんから、お話、伺っておりましたよ」
「マルディン老婦人、お初にお目にかかります」
「東方の島国の方、と聞いておりました」
「はい」
「あなたの着物の生地、——本当に、丁寧な織りですね」
マルディン老婦人は、シズカの和装の袖を、職人の目で観察した。
「故郷の母が、織ったものです」
「——」
「お母様、——きっと、お喜びですわ」
「——」
「あなたが、こんな素敵なご家族と、ご一緒であることを」
シズカは、深く頷いた。
「ありがとうございます」
組合の支部長執務室。
ブランドル支部長が、シズカの正式な復帰を、組合の名簿の上で、確認した。
「シズカ・コウサカ殿、ステラ・レギアへの正式な復帰、組合として承認いたします」
「ありがとうございます」
「これで、ステラ・レギアは、現役七名の体制になりました」
「はい」
「Dランクのギルドとして、今後のご活躍を期待しております」
ブランドル支部長は、深く頷いた。
「ファルテン村での『鉄槌の牙』残党、十三名の捕縛、——組合の正式な記録として、評価いたします」
「ありがとうございます」
「これにより、ステラ・レギアは、Dランクとしての三度目の高評価実績を獲得しました」
「三度目」
「メリオン交易会の街道戦、ガレッリの摘発、そして今回のファルテン村の件」
「——」
「Cランクへの昇格推薦が、——たぶん、次の組合の評価会議で、議題になります」
レオンは、深く頷いた。
「ステラ・レギアのペースで、昇格を、お受けします」
「分かりました。今回は、お急ぎになる理由は、ない、と組合として理解いたします」
ブランドル支部長は、ふっと笑った。
「ステラ・レギアの『仕組み』の昇格、——次は、Cランクの仕組みを、ゆっくり作っていただきたい」
「はい」
レオンは、深く頭を下げた。
最後に、『斜陽の盾』と『虎牙の商隊』、『翠緑の風』への挨拶回り。
ザッシュとグラント、それからディアナ。
それぞれが、シズカを、自分のギルドの仲間に紹介してくれて、温かく迎えてくれた。
ザッシュは、シズカの剣の腕について興味津々で、いずれ手合わせをお願いしたい、と申し出た。
グラントは、商人らしく、「東方の島国の品を、街で扱う商人の話を、紹介できる」と申し出てくれた。
ディアナは、穏やかに微笑んで、「あなたが帰ってきて、ステラ・レギアは、もう、本当のCランクの器になった」と告げた。
「Cランクの器」
「人数七名、独自の戦力構成、街全体との関係、組合からの信頼、——どれを取っても、Cランクの仕組みは、もう、揃っている」
ディアナは、ふっと笑った。
「シズカ殿が、ステラ・レギアに、最後のピースを、運んできた」
シズカは、深く頭を下げた。
「最後のピース、というほどの、力は、ない、と思います」
「そう、思うのは、あなたの謙虚さ」
ディアナは穏やかに頷いた。
「ステラ・レギアは、シズカ殿のご復帰を、心待ちにしていたはずです」
「ありがとうございます」
ステラ・レギアの六人は、それぞれのギルドから、温かい祝いを受けて、ゆっくり古城への坂を登った。
夕陽が、街並みを、ぼんやり染めていた。
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夜。
古城の食堂で、ステラ・レギアの七人で、改めての夕食を取った。
エレーナが、ワインボトルを二本、机に並べた。シエラとシズカの分のぶどうジュースも用意した。
「ステラ・レギアの、新しい家族の集結に」
「乾杯」
七人の声が重なった。
ガラスの音が、食堂に響いた。
レオンが、ぽつりと言った。
「ブランドル支部長から、Cランクへの昇格推薦の話が、——出ました」
食卓が、しんと静まった。
「昇格、ですか」
シズカが、目を丸くした。
「次の組合の評価会議で、議題になる、と」
「——」
「焦らない、と、お伝えしました。ステラ・レギアのペースで」
アイリスが、ふっと笑った。
「ディアナ殿が、『Cランクの器』、と仰っていたな」
「はい」
「Cランクの仕組み、——次の課題だ」
ルルがぽくぽくと頷いた。
「合理的な、次の目標」
リーゼが、横で穏やかに頷いた。
「ステラ・レギアの旅は、まだ、続きますね」
「うん」
「迷宮の深層へ、——『再会の祭壇』まで」
シズカが、しばらく食卓を見ていた。
「皆様」
「うん」
「これから、——よろしくお願いします」
「——」
「私の抜刀の腕、ステラ・レギアの旅に、お役立ていただければ」
「もちろん」
レオンは、深く頷いた。
「シズカさんの腕、——僕たちの、大事な戦力です」
「ただし、——」
シズカは、ふっと笑った。
「皆様の腕も、私が、ずっと、お借りすることになります」
「——」
「ステラ・レギアは、一人ではない。皆で、戦う家族」
「——」
「私の四年間の旅で、——一番、学んだことです」
食卓に、温かい空気が広がっていた。
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夜遅く。
レオンは、自分の部屋に戻った。
机の上に、ノートを開いた。
『ステラ・レギア:仕組みと進捗』。
ノートに、こう書いた。
【シズカ・コウサカ、ステラ・レギア復帰】
【家族(現役、七名)】
- レオン・ヴェスパー(マスター)
- アイリス・エスフィア(剣士)
- シエラ・ステラ(召喚師)
- ルル・メカニス(古代機工士)
- エレーナ・アスラクス(占星術師)
- リーゼ・ヴェラント(剣士)
- シズカ・コウサカ(抜刀術士)
【次の目標】
- Cランクへの昇格(組合からの推薦予定)
- Cランクの『仕組み』の構築
- 迷宮の深層への進出
ノートを閉じた時、廊下から、誰かが、レオンの部屋の前を、ゆっくり歩く足音が聞こえた。
足音は、本当に静かだった。
レオンは、ふっと笑った。
シズカの足音だった。
たぶん、夜の古城を、自分の家として、ゆっくり歩き回っている。
四年ぶりの、家の感触を、確かめながら。
窓の外で、スターフォール・アビスの青白い光が、夜空に静かに輝いていた。
その底に、『再会の祭壇』が、眠っている。
夢の少女が、まだ、そこで、待っている。
七人の家族で、いつか必ず辿り着く。
レオンはベッドに横になった。
七人の家族の集結の温度を抱えて、ゆっくり、温かく、更けていった。
---
第二十五話 了




