開学そして秘密の実習
回復魔法士養成学校は予定通りに開学した。開学式には軍幹部が列席し挨拶をしていたが、ラウラはそんな挨拶には見向きもせず、裏カリキュラムを参謀本部に知られず、どうやって候補生の魂に刻み込むかを考えていた 。
カリキュラムではまず、解剖学、組織学からスタートし、魔法関連は魔力量を増やす訓練に費やしていた。案の定、練習が不十分な学生がいたので彼らの魔力量を回復魔法に耐えうる量に増やしてスタートラインだ。練習して来なかった学生には宿舎でも寝るまで魔法を使い続けるようにラウラ「鬼軍曹」は命じた。
解剖学の授業ではラウラが講義をするときは独特だった。 「一般の解剖学では実習も含めて腑分けていく手順で覚えますが、回復魔法では順序が逆、組み立てていく手順となることが大きな違いです。場合によって順番を間違えると再生が難しくなることもあるのでその点は注意して、荒っぽく言うと最初は骨、最後が皮膚です。皮膚を閉じてから中の回復は難しいですよ」
独特な教え方は医者たちも興味があるようで教室の後ろでいつも誰かが聞いていた。ラウラは医者が聞いていてくれれば間違いがあれば正してくれるだろうとの安心感があったが、実のところ軍の命令でラウラの指導術を記録に残すように医者たちは言われていたのだ。
ラウラは学術担当のシュミット医師とハインリッヒ院長の了承を得て、回復魔法士候補生たちを、野外での「実技特訓」と称して連れ出した。向かったのは、校舎裏手の、人目を避けた小さな森の中。その特訓にはラウラはなぜか医師の見学を断っていた。
「今日、ここで教えることは、公式な記録には一切残しません」
ラウラの静かな声が、森の静寂に響いた。候補生たちの間に、緊張が走る。
「君たちがこれから学ぶ『再生魔法』は、手足を再生させる聖女の御業であり、まさに「奇跡」の魔法だ。軍は、これを『万能の奇跡』と呼ぶだろう。しかし、その奇跡には、冷酷な代償がある」
ラウラは、再生魔法の二つの禁忌を、彼らの前で詳細に語った。 「一つ。患者の健康な肉体の一部を、再生部位の素材として使ってしまうこと。そして二つ目。周囲の無辜の者の生命力を、魔法の燃料として集めてしまうこと」 「もし、この禁忌を知らず、無謀に術を使えば、一人の命を救う代わりに、術者か、周囲の誰か、特に生命力の弱っているものに悲劇を招くことになる」
候補生たちは、驚愕と恐怖に目を見開いた。彼らが「奇跡」として期待していた魔法に、これほど重い「影」があったとは、誰も想像していなかったのだ。
「故に、回復魔法士は、いかなる時も、冷静な判断力と、最も高い生命倫理を求められる」 ラウラは、彼らに「味方の兵と敵の兵、どちらか一人しか救えない時、どうするか」という野戦病院で自らが直面した問いを投げかけた。 議論は白熱し、彼らの魂は激しく揺さぶられた。この密やかな特訓は、候補生たちが真の「治癒の担い手」となるための、魂の羅針盤を磨き上げる時間となった。
その夜遅く兄のフリードリヒがラウラを訪ねてやってきた 。 「ラウラ。参謀本部が、なぜ禁忌を認めないのか、その真意が分かった」
兄の声は、疲弊と、微かな怒りを滲ませていた。「彼らは再生魔法に使う生命力の源として捕虜を使おうとしている。捕虜の扱いに関する条約では再生魔法については考慮されていない。捕虜の生命力が術によって奪われても何の咎めもないという事なのだよ」。
捕虜の命を犠牲にする再生魔法にラウラは激しく憤った。聖女の技である回復魔法を捕虜の処刑装置として使う軍に対して、ラウラの腹は決まった。
ラウラはフリードリヒから聞いた再生魔法の禁忌を用いて捕虜の生命力を奪い処刑するという軍のやり方を倫理に反するし、戦争に関する国際条約にも触れかねない行為であるとハインリッヒ院長とシュミット医師には伝えた。そしてラウラ自身の覚悟についても。
回復魔法学校の最初の卒業式当日。晴れ渡った青空の下、参謀本部の役人たちや軍高官が並ぶ中、ラウラは、回復魔法士養成部門の主任教官として、卒業生たちの前に立っていた。




