生命倫理
時間が、開学という大きな節目に向けて、刻一刻と流れていた。
参謀本部からの冷たい返答に、ラウラは諦めることなどできなかった。命の倫理を教えることと、魔法の真実を隠すことは、全く別の話だ。もし禁忌を知らず、無謀に再生魔法を使った候補生が出たら、その悲劇の責任は誰が取るのだろうか。
ラウラは、意を決して兄であるフリードリヒに連絡を取った。彼は軍の別の部署にいるが、その明晰な頭脳と人脈は、ラウラにとって唯一の頼みの綱だった。
「参謀本部が、再生魔法の禁忌事項について教えることを認めないの。その真意を調べて欲しいの」
ラウラの切羽詰まった声に、兄は少し困ったように言った。 「僕は参謀本部所属ではないから、大したことはわからないよ。彼らの頭の中は、いつも複雑な糸が絡まっているからね」
そう言いながらも、フリードリヒは妹の真剣な眼差しを理解していた。 「……まあ、何とか、それとなく聞いてみるよ。ただ、期待はしないでくれ」
兄の言葉に、ラウラはわずかな希望を繋いだ。
一方で、時は待ってくれない。開学までの時間は、無慈悲に残り少なくなっていた。ハインリッヒ院長とシュミット医師は、現実的な判断を下した。
「今は、開学を優先せねば」 「そうです。授業の形にこだわっている場合ではない」
かくして、カリキュラム表は、再生魔法の禁忌事項に関する記述を一切合切削除し、その上で、参謀本部へ再提出された。すると、嘘のようにすぐに承認が下りた。
ようやく、回復魔法学校は、開学に向けての準備が整った。
しかし、ラウラの心は晴れなかった。彼女にとって、この「禁忌」の真実こそが、生命倫理の授業の核だったからだ。
「ならば、表のカリキュラムで教えられないのなら、別の方法を探るまでだ」
ラウラは、校長室を出て、自分の研究室に戻った。窓の外には、開学を待つ真新しい校舎が、静かに光を浴びている。
彼女は、古びた羊皮紙を広げ、カリキュラム外で、回復魔法士候補生たちに、再生魔法の冷酷な真実、その「影」の部分をどう伝えるか、密かに策を練り始めた。それは、正攻法では挑めない、知恵と、勇気を要する、もう一つの戦いの始まりだった。




