カリキュラムへの介入
新しいカリキュラムの風が、この古色蒼然とした回復魔法学校にも吹き込もうとしていた。
それは、ラウラが魂を込めて提唱した「生命倫理」という名の授業だった。魔法側の時間割に組み込まれたその授業は、ただの座学ではない。生命という、最も尊く、最も不可侵な領域を扱う者としての、深い思索の場となるはずだった。
ラウラの狙いは、回復魔法、特に「再生魔法」という奇跡の裏側にある、恐ろしいほどの禁忌を、候補生たちに深く理解させることにあった。
再生魔法――それは、失われた手足を、あるいは致命的な損傷さえも、元通りにする、まさに神業である。しかし、その「万能の奇跡」には、冷酷な代償があった。
一つは、患者自身の健康な肉体の一部を、再生の素材として借り受けること。 そして、もう一つは、周囲の人間の生命力を、微かではあるが、集め、編み上げ、失われた部分を形作る燃料とすること。
「術者は、自分の魔力と患者の体力と、周囲の生命力を、よくよく見定めて使わねばならぬ。さもなければ、再生魔法は、一人の命を救う代わりに、術者か、あるいは周囲の無辜の者に、悲劇を招くことになる」
ラウラは、この重い事実を教えるための土台として、生命倫理を据えようと考えたのだ。ハインリッヒ院長も、シュミット医師も、彼女の深い思慮に心から賛同し、すぐにカリキュラム表は作成された。
後は、魔法学校を管轄する「参謀本部」の認可を得るだけだった。
しかし、その認可は、いつまで経っても下りなかった。
不審に思ったハインリッヒ院長が、直接、参謀本部へ確認を取ったところ、返ってきた返答は、あまりにも常軌を逸した、そして、あまりにもこの世界らしい、冷酷なものだった。
「万能の奇跡である再生魔法に、『禁忌』は認められない」
院長からその言葉を聞かされたラウラの胸には、冷たい鉄の塊が落ちたような衝撃が走った。
「禁忌事項があることは、以前、参謀本部で、この私が直接、詳細に説明いたしましたのに……」
ラウラは、呆然と呟いた。確かに彼女は、再生魔法の代償について、具体的な事例を交え、参謀本部の役人たちに語ったはずだ。命の倫理、その重さを説いたはずだ。
だが、それがどうした、というように、現実の壁は立ちはだかる。
戦局に都合の悪いこと、兵士たちの士気を下げる可能性のあること、そして、彼らが「万能」と信じたい奇跡の魔法に、影を落とすような「不都合な真実」は、一切認めない。それが、この巨大な組織――参謀本部という名の、冷たく分厚い意志の塊なのだろうか。
ラウラは、風もないのに、肌を刺すような冷気を感じた。命を救うための魔法が、いつの間にか、都合の良い「道具」として、その真実の姿を歪められていく。その残酷な流れを、目の当たりにしたのだった。




