網の目
再び、陸軍司令部の静かな会議室に、ハワード医師とミヒャエル先生の姿があった。ラウラの論文、そしてハワード医師との共著論文は、軍の上層部の手の中で、仔細に調べ尽くされていた。
二人は、ラウラの研究の核心については「彼女に直接聞いて欲しい」と、一貫して返答していた。しかし、軍の関心は、もはや一人の天才魔法使いの能力だけに留まらなかった。彼らの網の目は、より広範な「可能性」を探ろうと、細かく張り巡らされていた。
病院長のハインリッヒ少佐が、今度は軍司令部の立場から、静かに、しかし有無を言わせぬ調子で尋問してきた。 「回復魔法は、魔力を持つ者、いわゆる魔法使いは誰でも使える、という認識で間違いないのですね」
ミヒャエル先生は、落ち着いた声で答えた。 「それで間違いありません。しかし、少佐。他人の傷を治療したり、ましてや欠損部位の再生などというものは、普通の魔法使いでは為し得ない、奇跡です。ラウラ君が特別だと考えるのが、ごく普通でしょう」
しかし、少佐は、その答えで満足しなかった。 「だが、カミラ君も再生ができたと……」
ミヒャエル先生は、今度は家系の特殊性を盾にした。 「たしかに、聖女カミラは再生魔法が使えましたが、彼女は家系的に、古くから聖女を輩出する特別な家柄ですから」
そう答えながらも、先生の記憶は、魔法学校でのカミラの言葉へと遡った。 「たしかに……聖女カミラは、解剖学の勉強をすると回復魔法が上手くなるとは申しておりました」
この、さりげない追加情報も、少佐は見逃さなかった。彼は、手元の論文の写しに視線を落とした。 「ラウラ君の論文にも、『回復魔法は、解剖学をはじめとする人体の仕組みを学び、明確にイメージできるようになると格段に上達する』と書かれているが、これは事実かね」
ミヒャエル先生は、ここで言葉を濁した。 「この知識は、魔法学校の範囲を大きく超えているものですので、何とも返事は致しかねます。回復魔法も魔法ですから、術の対象について明確なイメージが出来るようになれば、より効果的な術となるのは理屈に合ってはいますが、私にはお答えできる知見がありません」
ハワード医師もまた、沈黙を守った。彼らの知恵と経験をもってしても、ラウラの探求の深さは、すでに彼らの専門領域を超え始めていたのだ。
ラウラが、カフェでサクランボのケーキを味わっていたその頃から、彼女が知らないところで、軍の調査は静かに、そして着実に進んでいた。その網の目は、一人の天才の才能を捕らえるだけでなく、「普通」の魔法使いを「奇跡」の術者に変える方法という、より恐ろしい可能性へと、その焦点を合わせて、細かく、細かくなっていった。軍の目には、ラウラという天才ではなく、彼女が生み出した再現可能な「仕組み」こそが、最も価値あるものとして映っていたのだ。




