策士
ハインリッヒ・リヒター参謀総長の思考は、巨大な軍の機構を動かす、冷徹な論理で満たされていた。彼の脳裏には、「わが軍の兵士がどんなに重傷を負っても、すぐに戦線に復帰できるようになれば、不敗の軍ができるのではないか」という、司令長官からの密命とも言うべき言葉が響いていた。
その実現の鍵として、今、世間の話題をさらっている天才回復魔法士、二等軍曹ラウラ・ワーグナーの存在が浮上していた。
軍全体に回復魔法士を配備するには、百人単位の熟練した魔法使いが必要になる。それは、この国の魔法使いの総数を考えても、あまりにも非現実的な数字だった。
しかし、ラウラの論文と、カミラに関する報告は、リヒターの思考に一条の光を投じた。
「無名の者でも、魔力さえ有していれば、適切な訓練を施せば、回復魔法、あるいは再生魔法を使えるようになる可能性はあるのではないか」
リヒターは、その指導を、他ならぬラウラ自身と、魔法学校にやらせることはできないか、と考えを巡らせた。
それは、やや迂遠な方法ではあった。だが、幸いにも、今すぐに国家間の全面戦争が起きる兆しはない。時間は、僅かだが軍の味方についている。
参謀長が練り上げた計画は、表向きは穏やかながら、その目的は冷徹なものだった。
陸軍病院付属 回復魔法士学校を設立する。 そして、ラウラを、その学校の教員として配置する。さらに、魔法学校からも、回復魔法の才能があると認められた若者たちを、推薦という形で受け入れる。
これは、一見すると、魔法の才能を持つ若者たちの活躍の場を広げる、ソフトな方法に見えた。強制的な徴用ではなく、教育という名目を与えることで、世論の反発も抑えられる。
養成された回復魔法士たちは、やがて、各地の軍の病院に配置されるだろう。あるいは、予期せぬ災害救助や、危険を伴う演習の際には帯同させ、実戦に備える。それは、市民に対しては平時の損耗を抑えるという正当な理由も包含し、一石二鳥にも、三鳥にもなる、完璧な仕組みに見えた。
リヒターの眼差しは、魔法の「奇跡」を、組織的な「システム」へと組み込む未来を見据えていた。それは、一人の天才の功績を、国家の恒久的な力へと変貌させる、静かで、冷酷な策略だった。魔法の知識は、今や、軍の巨大な歯車の一つになろうとしていた。




