第14話 人々の思惑
ギルド内の建物の中でも弾き出されたような端の場所。
廊下の突き当たりでベンチに座るミナトに、すぐ横の自動販売機で押すボタンを迷っている恭一郎はそのまま口を開いた。
「姐さん……マルティナは俺にとっても先輩だ。おそらく今現役でやってるヤツらのほぼ全てにとってあの人は先輩に当たり………………憧れの人物と言っても良いだろ」
取り出し口へと乱暴な音を立てて落ちた缶コーヒーに手を伸ばし、冷えたコーヒーの缶を掴むとミナトに向かって放り投げる。
「お前にとってはよく分からん話なんだろうが、少なくともあの人は2、3年前は現役でギルドの看板を背負って最強をやっていた」
「………………あの人が」
マルティナが相当な実力者である事は知っていた。
風評を聞いた事はないが、少なくとも直接身体を見ているし、なにより彼女のスピードと肉体に触れて戦力が分からないほどミナトはバカではない。
彼女が強いという事自体は知ってきたが、それでも最強を張れる強さではなかったはずだ。
「お前が知らない2年前まで。あの人は剣士として、身の丈ほどある大剣を振り回して最強の座に君臨していた。そんで当然ガキが俺に憧れるように、俺たちはあの人の背中を見てここに来たんだ」
ミナトの知らない時代の話を淡々と話している恭一郎の表情は、どこか寂しく、思い詰めているようなものだった。
「だが2年前、あの人の弟がダンジョンで死んだ。しかも姐さんの目の前で、新種のモンスターに殺された」
「うそ………………だろ」
「冒険者に成ったばかりの弟を連れてダンジョンに潜り、そこで未知のモンスターに遭遇した。初めから必ず勝てる場所を選んではいたし、弟のことを考慮して危険な場所には行っていない。だがヤツは安全なはずの上層に上がってきた深層のモンスターだった」
モンスターが階層を越える事は本来はあり得ないものだ。
彼らにもナワバリは存在しており、別のナワバリに侵入すればモンスターたちによって食い殺されることになる。
それに自身のナワバリを守らなければいけないため、基本的に自身のナワバリのある階層から出る事はない。
ただそれは、どんな相手が来ても確実に殺すことのできる力を持った特異な存在以外。
冒険者のようなモンスターを殺すために徘徊しない限りは、その場所からは出ない。
「当時最強だったあの人は勝てず、弟は姐さんを庇って死んだ。あこがれの姉を真似て買った大剣で、自分の武器で殺されたんだ」
それが彼女の折れた理由。
彼女が戦線を離脱する大きな傷の物語だった。
「それから姐さんの象徴だった勇猛果敢なスタイルは消え、いつしか武器すら持たなくなった。冒険者の任務も受けなくなって、自分の弟のような被害者を出さないために新米の冒険者を指導しようとしても廃れて腑抜けた英雄になんて誰も耳を傾けない」
「……………………」
「誰にも理解されないまま。せめてもの罪滅ぼしとして、自分の存在が弟を殺した責任を果たすために、二度と同じことを起こさないよう鞭を打ち続けていた」
「……だから俺に声をかけたんですね。死んだ弟に重ねて、俺に死んで欲しくないと」
「ああ、そうだ。姐さんはお前たちに弟のように死んで欲しくないと思って、指導をつけた。生き残れるよう、壊れぬよう、決して死なないために本来なら折れて動かないはずの心を握って歩いていた」
本来なら塞ぎ込んで、自殺してもおかしくはない。
だが彼女はそれをしなかった。
理由は本人にしかわかり得ないことだが、彼女は立って罪滅ぼしをすることにしたのだ。
「だが姐さんについて行ったのは2年間でお前だけだ」
どう言う意味か分からない。
恭一郎へと視線を向けて説明を乞うが、彼は言葉の通りだと言って、
「冒険者が欲しいのは派手で自分の力を誇示する力だ。魔法を使えば相当な格上じゃなければ負けねぇだろうし、強い武器さえあれば基本的に何してでも勝てる…………だから姐さんの残したかった生きて欲しい想いに気づけなかった」
「俺もそんなに考えてませんよ。意味とか、裏とか、こんなこと言われるまでわからなかったんですよ」
「それでもお前はついてきた。2年間苦しんで、誰にも理解されずに落ちぶれたり天才なんて揶揄されながらも生き続けたあの人は、きっとお前に託すためにここにいるんだろうよ」
「なんで俺をそこまで……」
「お前が次だからだ」
そして、
「お前が次の最強になれ」
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