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竜の襲撃

 昼休みが終わってもジョセフは戻って来なかった。そして、午後の授業が終わっても。みんなはジョセフがフケたものだと大して気にはしていないみたいだったが。

 下校時間となり、校門を出ようとしたガルフの目に珍しい光景が映った。一匹の竜が空を飛んでいたのだ。

「あれっ、あんな所に竜が。さすがドラゴニア、こんな街中にも竜が出るんだ」

 ガルフは大きな思い違いをしている。ドラゴニアの街中で竜の姿が見られる事はほとんど無い。市街地で竜の姿になるのは厳しく規制されているからだ。なら、この竜はドラゴニアの民では無い野生の、本来の竜なのか? その竜は校門に向かって真っ直ぐ飛んで来ると、ティアの身体を掴もうとするかの様に手を伸ばした。咄嗟にガルフが彼女を突き飛ばしたのでティアは事無きを得たが、代わりにガルフがその爪に引っ掛けられ、傷を負ってしまった。

 王女を狙う悪い竜の登場に辺りは騒然となった。ブレイザーが校舎から飛び出してきて応戦しようとするが、所詮人間の姿なので為す術が無い。かと言って、バードリバーの王子の前で竜の姿になるわけにもいかない。

「先生、下がってください!」

 風を纏ったガルフがブレイザーを下げようとするが、ブレイザーとて教師として生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

「竜の姿でティア君を襲うとは……クーデターでも起こそうとでも言うのか?」

 ガルフとブレイザーの考えには大きな隔たりがあった。ドラゴニアの民が竜だと知らないガルフは単に竜が襲ってきたとしか思っていないが、ブレイザーは誰かが竜の姿で王女を狙ったのではないかと考えたのだった。

 ブレイザーは生徒達を安全な場所へと避難させようとするが、ティアだけは竜と対峙しようとするガルフの身を案じて動こうとしない。

 竜は体長三メートル、尻尾を含めれば五メートルはあろうかという巨体でガルフを襲う。

 ティアの警護なら人間相手、風の力で吹き飛ばしてしまえばなんとかなると思っていたガルフは武器など持ち合わせていない。まさかこんな所で竜を相手にするとは思ってもみなかったのだ。ジェラルドに献上したドラゴンキラーがあれば戦況は変わるというのに。だが、泣き言を言っている場合では無い。

 辺りを見回して何か武器になりそうな物を探すが、そうそう都合よく街中に剣や槍が落ちているわけが無い。焦るガルフの目に一件の喫茶店が止まった。厨房にならナイフぐらいはある筈。リーチは短いが、丸腰よりはマシだと店主に掛け合い、ナイフを二本借りると彼は竜の前に躍り出た。

「この非常事態だ、竜を傷付けたからって罰せられる事は無いよな」

 ガルフは両手にナイフを握り、竜に文字通り飛びかかった。とは言うものの、剣ですら竜の厚い鱗を貫く事は難しい。竜の爪をかいくぐり、急所を一点で攻撃するしか無い。

 竜の周りを飛び回って竜を翻弄し、隙を窺うガルフ。


《これでバードリバーの風使いってコトがみんなにバレちゃったかな》


 そんな考えが一瞬頭を過るが、ティアを助ける為だ。そんな事はどうでも良い。急所である『逆鱗』を狙ってひたすら竜にまとわりつく様に飛び回るガルフ。

 竜はガルフを叩き落とそうと前足を振り回す。それを嫌って背後に回り込めば、強力な尻尾の一撃が待っている。竜に死角は無いのか? 

「頭上なら!」

 竜の前足はその巨体に似つかわしく無い程細く短い。頭の上なら届くことはあるまいと判断したガルフは竜の頭上を目指して飛んだ。首元を抜ける際、顎の下に一枚だけ逆さに生えている鱗『逆鱗』が見える。

「ドラゴンキラーがあれば、ここからでも狙えるのに……」

 残念ながら、今手にしているナイフでは届きそうもない。強引に突っ込んだところで成功率は一割も無いだろう。一気に竜の頭上に舞い上がると竜も翼を羽ばたかせ、ガルフを追う様に空に舞った。空中なら尻尾の一撃の威力は半減とはいかないものの、軽減される。ガルフは竜の背後、できるだけ頭の近くに回り込んだ。ガルフの姿を追って竜が首を捻りながら顔を上に向けた。必然的に顎が上がり、結果として顎の下の逆鱗が無防備にさらけ出される。ガルフはこの瞬間を待っていた。身体ごとぶつかる勢いで突っ込み、ナイフを逆鱗に突き立てる。その手応えは、分厚い板にナイフを突き立てた感覚に似ていた。

「ダメか……」

 竜の鱗を貫くにはやはりナイフでは無理があった。ガルフは距離を取ると、ひん曲がってしまったナイフを竜に向かって投げつけた。竜はそれを払い落とそうともしない。当然の様に、それは竜の固い鱗に弾き返された。

 ガルフは一つの戦法を思い出した。父コルドがドラゴニア王ジェラルドに見せた曲芸の様な技。自分に可能な最大速度でナイフを射出すれば竜の厚い鱗を貫くことが出来ないか? 残るナイフは一本。目を狙うというのも考えたが、視覚を奪ったところで竜は滅茶苦茶に暴れて街の被害が広がるだけだろう。ならば、賭けるしか無い。しかし、一度見ただけの技。果たして上手くいくかどうか。いや、出来る! ガルフは自分に言い聞かせると竜から離れたところに降り立った。

 竜はガルフを睨みつけている。竜の足元に滑り込めば顎の下の逆鱗を狙える筈。ただし、竜が下を向いてしまえばそれは不可能になる。


 ガルフはまず上に飛んだ。竜が彼の姿を追って首を上に向けようとした瞬間、斜め下、竜の足元目掛けて一気に加速した。そう、上に飛んだのはフェイント。竜が一瞬遅れて首を下に向けようとするが、ガルフは既に竜の足元に入り込んでいる。

「いっけー!!」

 ナイフを投げ、自分が纏っていた風をナイフに纏わせて加速させる。コルドならば自分にも風を纏わせたままでも可能な芸当なのだろうが、ガルフはまだその域には達していない。竜の足に激突し、頭こそ守ったが、全身を強打してしまう。と同時にナイフは銀色の矢と化し、無防備に晒された竜の逆鱗に一直線に飛んで行く。

「やったか?」

 視界の隅にターゲットである逆鱗にナイフが命中するのが見えた。このままナイフが逆鱗を貫き、急所に突き刺さればガルフの勝ちだ。


 カツン


 軽い音と共にナイフはあっさりと跳ね返されてしまった。

「まだだ!」

 ガルフは諦めること無く弾き落とされたナイフをもう一度逆鱗目指して加速させる。しかし結果は同じ事だった。竜の鱗には傷一つ付いていない。やはり軽く短いナイフは竜の鱗の前では無力だったのだ。

「ダメか……」

 落胆する間も無く竜が踏み付けに来るのを身を捻って間一髪で躱したガルフは再度風を纏い宙を舞う。

 竜は逆鱗にナイフを当てられ、完全に怒り狂っている。こうなったら城から騎士団が助けに来てくれるのを待つしか手は無い。これだけの騒ぎになっているのだ、きっと騎士団がもうすぐ来てくれる筈。それまで時間を稼ぐだけだ。ガルフはまた竜の周りをぐるぐると飛び回り、翻弄する。

 

《騎士団のみんなは何をやってるんだ? デュークさんは?》 


 長距離を飛ぶのも疲れるが、細かい動きで相手を翻弄する様に飛び回るのも疲れる。車やバイクで例えると、長距離のツーリングで疲れるのとサーキット走行で疲れるのとの違いみたいなものだ。短時間であっても体力、精神力はあっという間に削り取られる。

 疲労が溜まってきたガルフの動きが鈍くなってきた。そして遂に隙が出来たガルフは竜の爪で叩き落とされてしまった。通常の人間なら即死だっただろう、しかしさすがは風使い。爪によるダメージは受けたものの、最後の力を振り絞って地面に叩きつけられるのだけは防いだ。だが、傷はかなり深いもので、ガルフはその場に蹲ってしまった。


 竜は空から舞い降り、ガルフに迫る。まさに姫を拐おうとした悪い竜が邪魔者を排除するかの様に。動けない獲物を前にゆっくりした動作で竜は爪を伸ばした。


「ガルフ!」


 ティアの悲痛な叫びが響いた。と同時に眩い光が彼女を包んだ。霞む視界の隅にガルフが見たものは彼が生涯忘れる事が出来ない光景だった。



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