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ティアとガルフ、微妙にすれ違う心

「何か凄く疲れた……」

 ぼやくガルフ。

「無理も無いわね。ただでさえバードリバーから帰ったばっかりで疲れてるのに、今日はいろいろあったからね」

 何故か上機嫌なティアの声。さっきのジュリアの悪戯が効いているのだろうか?

 城に戻った二人を笑顔で迎えたのはメアリーだった。もちろん横にはシルフィがにこにこしている。

「ありがとう、ティアお姉さんとお兄ちゃんがお母さんに言ってくれたんだよね」

 嬉しそうな妹の声にガルフの疲れは吹き飛んだ。

「そう、お母さん、来てくれたのね。良かったね、メアリー」

 ティアが優しく言うと、嬉しそうに頷くメアリー。だがシルフィは、二人が帰ってきたのを見て、そろそろ帰らなければと言い出した。

「お母様、せめて夕食だけでもメアリーと一緒に……」

 ティアが引き止めようとするが、メアリーは笑顔でそれを制した。

「ありがとう、ティアお姉さん。いっぱいお母さんとお話できたから、もう十分だよ」

「メアリー……」

 メアリーはまだ十二歳、きっと強がっているのだろう、本当は寂しいに決まっている。ティアの心は痛んだ。しかしメアリーは笑いながら言う。

「お父さんを一人にさせとくのも心配だしね。私にはティアお姉さんとお兄ちゃんがいるから大丈夫だよ」

 なんとしっかりした十二歳だろう。ティアは思わずメアリーを抱きしめた。

「ありがとう、メアリー。ティアちゃん、メアリーをよろしくお願いします」

 ティアに頭を下げるとシルフィはジェラルドとサラ、そしてデュークに別れの挨拶をして南の空へと飛び立った。

 小さくなっていくシルフィの姿を見ながら「バードリバーの女の子って、みんなメアリーみたいにしっかりしてるのかな?」などとついつい考えてしまうティアだった。


                    *


 ある日の帰り道、ガルフはティアに尋ねた。

「ティアって、好きな人とかいないの?」

「えっ、どうして?」

 唐突に妙な事を聞かれて戸惑うティア。もしかしたらこの後『いなかったらボクと……』なんて告白に繋がるのかと期待した彼女だったが、その期待は一瞬にして脆くも崩れ去った。

「ジョセフとか、ミッシェルとか、どうなの?」

 ガルフが二人の名を出した途端、彼女は不機嫌になった。

「なんでそんな名前が出て来るの?」

「だって、ジョセフは男爵家でミッシェルは伯爵家だろ? その、何と言うか、王女の婿として家柄とか考えたらさ……」

 結婚相手に家柄が求められる、王女としては当然の事だ。もちろんそれは王子であるガルフも同じ事だろう。だからこそガルフの口からは聞きたく無い言葉だった。しかもガルフには彼等が王配の座を狙って近付いて来ているだけだと言ってあるのというのに。

 もちろんガルフはそれを知った上で、ティアの言った事が本心かどうか探りを入れたかっただけなのだが、そんな事は彼女にわかるわけが無い。ティアは悲しい目で黙り込み、歩みを早めた。もちろんガルフがその気になれば追いつけない事は無い。しかし彼女の背中に漂う空気がそれを許さなかった。今のガルフに出来る事は、ティアを見失わない様に後ろに着いて歩く事だけだった。


《ティアが言ってたっけ。『みんな私の事を一人の女の子ティアじゃ無くって、ドラゴニアの王ジェラルドの娘としか見てない』って。マズい事、言っちゃったかな》


 ガルフは猛烈に後悔したが、一度口から出てしまった言葉はもう戻せない。無言のまま城に帰った二人を見かけたデュークが一人になったガルフに声をかけた。ガルフが事の次第を説明したところ、デュークは一笑に付した。

「二人共、まだまだお若いですね」

 ガルフはデュークの言葉の意味が分からず、笑いながら去っていくデュークを立ち尽くして見送った。彼には男と女の機微がわかるにはまだもう少しかかる様だ。しかし、それをストレートに知る事になるのはこの直後のことだった。


「お兄ちゃん、お帰り。あれっ、どうしたの?」

 例によってメアリーの様子を見に行くと、彼女はガルフが浮かないをしている顔に目ざとく気付いた。ガルフは包み隠さずメアリーに今日学校であった出来事を話した。


《ボクは何を話してるんだ? 十二歳の妹に……》


 一気に話し終えたガルフは我に返り、少し恥ずかしくなった。それまで黙って聞いていたメアリーは、おもむろに口を開き、正直な感想を述べた。

「ティアお姉ちゃん、きっとお兄ちゃんのことが好きなんだよ」


《好き? ティアが? ボクの事を?》


 ガルフは遠い目をして考えを巡らせた。そもそも出会いからしていきなり彼女の裸を目撃するという、マイナスからのスタート。だが、そこからザーガイの群れから彼女を助け、お姫様抱っこで空を駆けた。そして一度バードリバーに帰った自分がドラゴニアに戻った時には手料理を用意してくれていた……これって、恋愛物の王道ストーリーではないか。

 しかも現在は彼女の父の好意で城に住まわせてもらっている。これで上手くいかない様ではどんな簡単なエロゲー、じゃなかった恋愛シュミレーションゲームもクリア出来ないだろう。

 もちろんガルフもティアに惹かれつつあった。ストレートな自己表現、その割に素直じゃ無いところ。わかりやすい喜怒哀楽でくるくる変わる表情、それに何と言っても見た目ははっきり言ってかわいい。本人は自分の王女と言う立場だけを考えて言い寄ってくるだけと言っているが、決してそんな事は無いだろう。もし彼女がマッチ売りの少女だったらマッチなど飛ぶ様に売れるに違い無い。

 しかし、ここで逆にティアが王女、ガルフが王子だという事が問題となってくる。二人共、王位の第一位継承者なのである。するとメアリーが冷やかす様に言った。


「お兄ちゃん、良かったね~。逆タマだよ逆タマ!」


 バードリバーは小さな国である。ドラゴニアも小さな国ではあるが、知能の高い竜が人間の生活様式を真似て作った国であるが為、他国の良いところを積極的に取り入れた結果、経済・学術・文化等あらゆる面でバードリバーよりも遥かに水準の高い国となっているのだった。となればティアとガルフが結婚するとなればガルフが婿入りするのが得策だろうとメアリーは考え、彼女は『逆タマ』という言葉を使ったのだった。恐るべき十二歳である。

 しかし、ガルフもメアリーも知らない大きな問題が一つ残っている。もちろんそれは彼女、いや、彼女だけでは無い。ドラゴニアの国民が竜である事。人間であるガルフが竜達に受け入れられるものだろうか?


 ガルフは意を決してメアリーの部屋を出ようとした。ティアと話をする為に。しかし、ティアの悲しそうな目が脳裏に浮かんできて身体が動かなくなってしまった。


《何て言えば良いんだろう……》


 丁度その時、ティアはメアリーの部屋の扉の前に居た。ノックしようとしたが手が止まる。溜息を一つ吐いた彼女は自分の部屋へと戻るとベッドに横たわると頭から布団を被り、肩を震わせた。


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