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第二十一章

濃い霧の中ミランはその場に立ち尽くしていた。

自分が何処にいるのかも、何をしていたのかも分からない。

「・・・・・・ここは・・・?」

人の気配もないことに気付いてミランは辺りを見回した。

「ガル?」

いつも一緒にいてくれるはずの赤髪の青年の姿が見えない。

焦って、けれど何かが腑に落ちなくてミランは首を傾げた。

いつも一緒にいてくれた。

けれど、いつもとはいつのことだろう。いつから一緒にいたのだろうか?

宙を見つめたまま動かなくなったミランの周りで、濃い霧が一斉に動いた。

閉ざされていた視界が一気に開ける。

「・・・・・・ここ・・・・は・・・・フスク村・・・」

見慣れた緑と水の豊かな村の姿にミランは安堵の息を吐いた。

わいわいと賑やかな声があちこちから聞こえてくる。

『おう、ミラン!もうすぐ舞台が完成だぞ!』

『今年は隣村だけじゃなくて、大陸よりの村からも見に来る人がいるんだってさ。嬉しいねぇ』

『ミランお兄ちゃん、おどるの?一番前で見るね』

『あ、おい。これさっき採れたんだ。祭りの準備でろくなもん食ってねぇだろうから、腹へったら食べな』

『ねぇミラン、衣装の縫製私も手伝ったのよ。期待しててね』

歩くたびに向けられる声と笑顔に、ミランも笑顔で返した。

そうだ、確か自分は祭りの準備をしているはずだった。

水枯れの酷くなってきた土地に雨を降らすために、水の精霊の力を借りれる自分が踊り手に選ばれたのだ。

村の中央広場に立てられた舞台を見上げ、ミランは目を細めた。

『ようやく見つけました。水の賢者』

だが背後から唐突にかけられた声にびくりと身体が震えた。

聞いたことのある声。凛とした、それでいて優しげな声。

だけどその声に応えて振り向くのが、何故かとても恐ろしい気がする。

『応えようが、応えまいが、行き着く所は同じなんじゃよ』

硬直するミランの後ろ姿に更に別の声が投げかけられる。

「じいさまっ!!」

その声の主が祖父のものだと分かった瞬間に、ミランは後ろを振り返った。

視線の先には、白い軍服の金髪の髪の青年と祖父が並んで立っている。

いつの間にか周囲の音は消え、人の姿もなくなっていた。

『力をお貸し下さい。水の賢者としての稀なる力を。我が王がウシュク・ベーハーと世界の覇権を望んでいます』

金の髪の青年は淡々と言葉を紡ぐ。

「・・・・・・ク・・・・クリス・・・・さん・・・?」

にこりとも笑わない青年の視線がミランの心に突き刺さる。

喉が枯れてひきつり、声が出ない。

『ミラン覚えておきなさい。儂らはおまえを愛しておるよ。だからおまえが思う道を行きなさい』

青年の隣で祖父が柔らかく微笑む。

『選びなさい』

二人に口を揃えて言われて、ミランは悲痛な顔で頭を横に振った。

選べない。選びたくない。

『選びたくないのか、行く道を?』

今度は縦に首を大きく振った。

『それは行き着く先を知っているからですか?』

静かな問いかけがやけに耳に響いて、ミランはぎくりと身体を縮めた。

『選んだ先の未来に、あなたの望む平和はないと知っているからですか?一人で置いていかれる恐怖を知っているからですか?』

優しい声のはずなのに酷く胸に痛い青年の声に、ミランは涙ぐむ。

『けれどおまえは選んだはずじゃ』

祖父の鋭い声と共に、村は突然炎に包まれた。

今の今までいなかったはずの人が必死で逃げ、武器を持って戦っている。

静寂は嘘のように喧騒に破られた。悲鳴と炎と金属音が大気に満ちる。

青と緑が調和する美しい村が、赤に染まった。

「やめて!!やめて!嫌だ!嫌だよ!!」

咄嗟に叫んで駆け出すが、その手には何も掴めない。

『あなたが選んだ結果だ。私たちは違う選択肢も用意していた。けれどあなたはこうなることを選んだ』

「違う!こんなの望んでたわけじゃない!」

『選んだ選択肢がどんな結果を生み出すか想像出来なかったのだとしても、その無知すらもあなたの責任だ』

事実を突きつける声にミランが息を呑んだ瞬間、周囲の音がやんだ。

代わりに地を揺るがすほどの轟音が耳を劈く。

もはやクリスも祖父もミランとは遠い場所にいた。

「やだ!いやだ!行かないで!」

あらん限りの大声も轟音にかき消される。

一瞬の間に迫ってきた青い壁に、赤に包まれた村は丸ごと呑み込まれた。

「置いてかないで!みんな!行っちゃ嫌だ!!」


視界がブラックアウトした瞬間、ミランははっと目を覚ました。

遠く視線の先に木々の間からわずかに星空が見え、囲むように見下ろす木々が闇を深くしていた。がばりと勢いよく起きあがると、ミランは周囲を見回した。

暗闇を照らす焚き火の明かりが、ミランの反対側で寝ころんでいるガルクの姿を浮き上がらせる。

どうやら自分はまた気を失って運ばれていたらしい。

これまで何度も記憶が不自然な所で途切れていて、そして気がついた時は大概夜になっていて地面に寝かされていた。

今回もまたガルクに余計な負担をかけてしまったようだ。

そのことに気付き情けない気持ちになると、急に嘔吐感が襲ってきた。

慌てて火の明かりが届かない木の根本に駆け寄ると、抑えきれずに吐いた。

けれどろくに物も食べてないせいか、胃液くらいしかこみ上げてこない。

つんと鼻につく匂いと気持ち悪さ、喉の苦しさでミランは顔をしかめた。

まだ胸の辺りにわだかまる感覚が残っており、どうしたらいいものかと思っていたら、背中に暖かな感触がした。

「まだ楽にならないか?」

「ガル・・・・?ごめん、起こしちゃった・・・?」

「最初から起きてた」

しかめ面で返されてミランは力なく笑った。

「でもうるさくしちゃったね・・・・ごめん・・・」

「そんなの気にしなくていいから、全部吐いちまえ。そしたら少しは楽になる」

背中をさする手が温かくて優しくて、ミランは少し泣きそうになった。

全部吐き終わって水で口をゆすぐと、足下がおぼつかない感じでよれよれと焚き火の傍に座った。そのすぐ隣にガルクも黙って腰を下ろす。

「吐くのも体力がいる。疲れたんだろうから、さっさと休め」

乱暴だがミランを気遣う言葉に、ミランは微笑んだ。

「うん。・・・・でも、今はちょっと起きてたい・・・・・・」

肌寒いわけではないが何故かお腹の奥の辺りが冷え冷えとしていたので、ミランは毛布にくるまって膝を抱えて座った。

「ガルは疲れてるでしょ。寝たほうがいいよ?」

「・・・・・一日くらい寝なくても問題ない」

仏頂面であぐらをかくガルクにミランはまた微笑んだ。

「一緒に起きててくれるんだ?ありがと」

「・・・・・・・・」

いつもは自分のせいでガルクが眠れないのは非常に嫌なのだが、今日は見た夢があまりにもリアルで恐ろしかったせいで、傍に誰かがいてくれるほうが安心する。

目を瞑っていても感じる気配が、自分が一人ではないことを教えてくれる。

「僕、何か言ってた?」

「・・・・・何も」

嘘だと言うことは分かったが、今は素直にガルクの優しさに甘えておくことにする。

ぼんやりと炎を見つめていると、やがてガルクが珍しく言い出しにくそうに口を開いた。

「泣くなとは言ったが、無理してまで笑えとは言ってない」

「・・・・・・・・・・・・難しいよ」

唐突な言葉に一瞬目を丸くしたが、ミランはすぐに苦笑した。

自分では強がっているのかすら分からない。きっと強がっているのだろうけれど、そうでもしれなければ立っていることも出来ない。

「オレは何て言っていいか分からない・・・・・傍にいるしか出来ない」

「・・・充分だよ。ありがと、ガル」

本当に今のミランには充分すぎる言葉だった。

ただ同じ賢者というだけで、かつての火の賢者と水の賢者の間で交わされた約束があるというだけで、傍にいてくれるのは勿体ないくらいだ。

本当ならミランを放って自分の村に行ってもいいのだ。むしろそれが当然だ。

それでも傍にいてくれることがミランにとってどれほど救いになっているか、ガルク自身には分からないだろう。

けれどやはり心の奥深くに沈んだ、自分でもどうしていいか分からないモノがミランを苛み続ける。

夢の中のクリスが放った言葉がいつまでも耳にこびりついて離れなかった。



*      *



南下するにつれ徐々に酷くなる耳鳴りにクリスは顔をしかめた。

城を出た時はなんともなかったのに、いつの間にか聞こえ出した耳鳴りは何かを訴えるようにクリスを苛んでいる。

タブシーが厚い布の隙間から窺うように視線を向ける。

「またですか?」

「あ、いえ、申し訳ありません」

「何を謝っているんですか。生理現象でしょう、当人の意思でどうにかなるものではありません」

タブシーは呆れたように言い、クリスに背を向けた。

クリスはその背を見ながら、再び襲ってきた耳鳴りに目を瞑って耐えた。

タブシーは振り返ってクリスの様子を確認すると、何かを探すように視線を泳がせた。

「・・・・近付いてますね・・・」

「・・・え?」

「いえ、独り言です」

タブシーは後ろで隊を率いていた副隊長を呼んだ。

「今日はもうここで野営をします」

「先には進まないのですか?」

「進路上に若干問題が生じたようでして、無理に進むと隊に支障が出ます」

偵察を出したわけでもないのに、まるで見てきたかのように語るタブシーにクリスも副隊長も異を唱えなかった。

副隊長はただ首肯すると、己のなすべきことをするために隊の中へ戻って行った。

「貴方は、しばらく一人で休んでいなさい」

「そういうわけには・・・」

「誰かと一緒にいては、ソレは治りませんよ」

「?」

「治せるとしたら、それはたった一人にしか出来ないことです」

そこまで言われてようやくクリスは、耳鳴りのことを言われているのだと気付いた。

そしてそれは、自分が≪不敗の剣≫であることに関係しているのだということも。

「あるべきものが、あるべき場所へ行こうとする、それは自然な反応です。それを拒絶すれば当然反動がきます。出会う以前はともかく、今の貴方は本来あるべき場所である水の賢者の傍らにたつことを知ってしまった。その耳鳴りは貴方の魂が発する警告ですよ」

あるべき場所へ還れというね。

静かに、ただ静かに諭すように声は告げる。

「・・・・ある・・べき・・・・場所・・・」


『還るべきですよ、君は。君のあるべき場所へと。そしてそれが、彼が望むことです』


「・・・あ、れ?」

同じようなことを、昔誰かに言われた気がする。


『オレは、オレにしか出来ないことをする。それがきっと――――の助けになる』


そしてそう答えたのは、自分。

けれどそれは、いつのことだったか。

「――――っ」

くらりと眩暈を覚えて、クリスは咄嗟に手近な木に手をつく。

その様子を静かに見守っていたタブシーは、しゃがみ込んだクリスの額にそっと手をかざした。

「眠りなさい、今は」

かざされた手が温かいと感じると同時に、急速に瞼が重くなった。

「次に目覚めた時には、少しは楽になるはずです」

呟きのような小さな声を最後まで聞く事無く、クリスは心地良い眠りの中へ落ちていった。




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