第1話:婚約破棄の朝と小さな薬草店
乙女ゲームの攻略本に「破滅フラグ」として載っていた私の最期は、たしかに掃き捨てられるように終わった。だが、私はもう二度と台本に従わない。
侯爵邸の庭の片隅で、私は芽吹いたばかりのミントをそっと摘んだ。朝露に濡れた緑が指先に冷たく、でも心地いい。これで眠り薬を作るつもりはない。人を助ける薬を作る――それが私の新しい“脚本”だ。
「レナ様、朝食のご準備が……」
従者のミラが小声で声をかける。
「今日は外には出ない。庭で少し調合を試したいの」
ミラは少し驚いた顔をしたが、すぐににっこりと微笑む。「わかりました、ではお手伝いしますね」
侯爵家の令嬢としての生活は、便利だけど窮屈だった。家のしきたり、社交界の噂、前世で知っているあの悲劇――すべてから自由になりたい。そう思うと、胸の奥がわずかに軽くなる。
そして私は、庭に並べた小さな薬壺にミントとレモンバームを入れ、静かに混ぜ合わせる。ほのかに香るハーブの匂いが、心まで落ち着かせてくれる。これが、私の選んだ“新しい仕事”の始まり――小さな薬草店の、最初の一歩だ。
今日の処方は、ただの疲労回復茶。簡単なものだが、確かに人の役に立つ。小さな一歩かもしれない。でも、これが私の物語の始まりだと信じている――。
庭の向こう、侯爵館の影が長く伸びる朝。未来はまだ白紙だ。婚約破棄も、失敗も、すべては自分で書き換えられる。
「さあ、私の薬師としての人生、始めよう――。」




