03.三日~五日目
●三日目
今日もいろんなことがあった。順番が乱雑になるけど、思いついたまま書く。
まず田村さん。
彼女の【華神】がものすごい権能だと分かった。「花を咲かせる」どころじゃない。種の状態から、実がなって熟するところまで、田村さんが念じるままに成長させられる。
すごいのは水も肥料もいらないところだ。花をつける品種である必要もない。さすがに根を張る場所は必要みたいだけど、植物なら何でも、短時間で生育させて熟した実を収穫できる。
この世界にもあった、麦やジャガイモもあっという間に収穫できた。これがあればお金になんて困らない。いや、そもそも食べ物に困らない。すごいことだった。
すぐに菊池くんに報告したら、絶対に秘密にするようにと言われた。これは分かる。誰かに――この世界の人たちに知られたら田村さんの身が危ない。それほどの能力だ。クラス内でも知らせる面子を厳選しないと。どこから漏れても大変なことになる。
ちなみにこの時、菊池くんがちょっとだらしない顔で「まるで豊穣の女神だね」と言った。田村さんの身体のどの部分を思い浮かべたのかすぐ分かったから、とりあえず手をつねっておいた。
ミコ――高橋緋美子は権能の制御がうまくなった。
冒険に出かけた蓮川くんたちに置いて行かれたのが悔しかったらしい。何でも義経くんに、
「力を使うたびに裸になる女なんか連れていけるか」
と吐き捨てられたらしいが、今日は手先だけを炎化して、しかも前方に噴出させるという荒業を修得していた。まるで火炎放射器だ。本人は得意げだったけど、友だちがどんどん人間を止めていく気がする。喜んでいいのかどうか。
尚武さん。
彼女はもう本当に最強だと思う。今日は空を飛んだ。今朝方、これも義経くんが「おまえ空とか飛べるんじゃないの? 試しにやってみろよ」と焚き付けた結果だ。本当に飛んでしまった。
最初は空中で身体の制御に四苦八苦していたようだけど、蓮川くんが面白がってほうきを渡したら、途端に優雅に空を舞うようになった。何でも、自分の身体の他に飛ばすものがあった方が制御しやすいらしい。
私は心底うらやましいと思った。ほうきにのって空を飛びたいと、思わなかった子どもはいないはずだ。断言しておく。
ちなみに尚武さんは「ささっ」と魔女の衣装らしきものを絵に書いて、光丸さんに発注した。本人はすぐ出かけてしまったけれど、もちろん帰るころには完成していて、さっそく着替えてはしゃいでいた。たしかにカッコいいけど、うーん。本人が喜んでるんだからいいか。
なんというか尚武さんは、こっちに来てからはっちゃけすぎだと思う。
蓮川くんたちが出かけた「冒険」については、私がまだよく理解していない。
この街には、荒事を一手に引き受ける仲介業者があって、そこがまた実力者に向けて仕事を斡旋しているらしい。蓮川くんたちはそこで「街道沿いを荒らす魔物を退治する」という依頼を受け、達成してきたそうだ。
魔物については、蓮川くんが色々説明してくれたけど、私に分かったのは、野生動物が凶暴化して、目が赤く光るようになったもの、というところ。一般にはその理解で間違いないらしいけど、本質は違うんだと、蓮川くんは長々と語った。正直半分も憶えていない。
ただ、これだけは気になってしまった。
蓮川くんはいくらでも自由に魔物を作り出せるらしい。絶対にやらないでと忠告したけど、すでに実験済みだと言われた。もちろん、すぐに退治したらしいが……。
本来ならただの野生動物として生涯を終えたはずの生き物を、無理やり魔物にして殺したということだ。褒められたことじゃない。注意しておくべきかとも思ったけど、ワンクッション置かないと言いすぎてしまいそうだったので、この場では「もう二度とやらないで」と言うに留めた。
ただ、あとで義経くんがやってきて、蓮川くん自身もかなり反省しているということ、自分や尚武さんからもかなりキツく言ったから勘弁してやってくれ、というようなことを言われた。
それで少しはほっとしたけど……【魔王】っていうのも冗談じゃないのかも。とにかく肝の冷える出来事だった。
蓮川くんたちの報酬はけっこうな額だった。ただし、金策自体が不要になった感もある。改めて、田村さんの権能と、金策の必要性の有無について、菊池くん、蓮川くん、それから稲見さんも呼んで四人で話し合った。
稲見さんも呼んだのは、まず彼女の頭の良さに期待してのこと。外見も言動も不良少女みたいだけど、彼女はわがクラスで平松くんの次に成績がいい。学年でも5位以内に入るほどだ。たまに話すと理路整然とした話し方をするし、頭脳労働が苦手なはずがない。
あとは、もともとクラスでは浮いた存在だったので、これを機会に輪に入って欲しい、という狙いもある。
稲見さんは、終始めんどくさそうにしていたけど、意見は的確だった。最終的に、誰か一人だけに頼るのは危うい、という意見に落ち着き、金策は多方面で引き続き行うことにした。
私自身の収穫は、稲見さんと少し仲良くなったこと。彼女はやっぱり頼りになる存在だ。
充電問題についても、面倒なら断っていいと話した。そもそも、インターネットもつながらない状態で電子機器にできることは少ない。
そうそう、時計も。この世界の一日は約27時間10分だ。元の世界のものはまったく役に立たない。
ついでに暦も記しておく。この世界の一年は約364日で、13ヶ月ある。それぞれの月は、原語では神さまの名前が付いているらしいが、私たちの自動翻訳を通すと、0月、1月、2月……12月、となる。一ヶ月は28日。四週間だ。計算しやすい暦で羨ましい。
ちなみに今日この日は9月の14日だ。でも、日記には異世界にやってきた日数を記していこうと思う。
――忘れるところだった。私の【神眼】も、思ったよりすごい能力だった。
まず、これはある程度分かっていたことだけど、私の視界には制限がない。
遠くを見ようと思ったらどこまでも拡大できるし、何重の分厚い壁でも透視できる。
暗くても、まるで赤外線カメラの映像みたいに白黒になるけど、よく見える。
逆に太陽なんかも、目を潰すことなく直視できる。
この宿屋だって一望できる。
みんなそれぞれの部屋にいるけど、訪ねていかなくても様子がわかる。さすがに音までは聞こえないけど。
たとえばいま、ミコは権能の訓練をしている。つまり部屋の中で炎を出している。危ないから止めて欲しい。
チハルは携帯ゲームにハマっている。退屈なのはわかるけど、これもいい加減止めて欲しい。充電するのは稲見さんなんだから。
光丸さんは黙々と服を仕立てている。今日はオリジナルのデザインを追求しているらしい。あれこれと首をひねりながら、何度も直している様子が見える。
ハルカの部屋だけは真っ暗で視えない。彼女の権能のせいだろう。思ったより広範囲なのかも? それとも、範囲に関係なく、彼女自身を【神眼】の影響下におけないのか。
……そしていま、ものすごいことに気付いた。
経験人数、なんてのも分かってしまう。
光丸さんはやっぱり大人だったのか……少し悔しい。
というか、萩原さん!? ちょっと彼女を見る目が変わってしまう。明日はうまく挨拶できるだろうか。
田村さんは誰と……ああ、平松くんだよね。本当に何というか、ごめんなさい。
よかった。詩織は清い身体だ。二重の意味で安心した。
そしていまこの瞬間ほど、ハルカの権能を忌々しく思ったことはない……。
……はあ。何してるんだろ私。寝よう。
●四日目
詩織がさらわれた。奴隷商、とかいう人たちに。
私と尚武さんで助けたけど、そのせいか、いま大変なことになってる。
詳細は後日。
●五日目
昨日のことから。
詩織がいないのに気付いたのは朝食のとき。
部屋にもいなかったし、ベッドはすでに冷たかった。窓が開け放たれていた。
夜中に侵入されてさらわれたのは明らかだった。
私はすぐに尚武さんに頼んで、上空に上げてもらった。
あとは空から街を一望して、遠視と透視を駆使し、すぐに詩織を見つけた。
ある建物の地下で、詩織は荒縄でぐるぐる巻きにされていた。でも怪我はないし、貞操も無事らしい。まだ清い乙女だった。
私は安心すると同時に、怒りがこみ上げておさえられなくなった。尚武さんはこの時、ほうきにのってとなりにきていて、私は彼女を見るなりお願いした。「あの建物を退けて」と。
尚武さんはすぐに実行した。本当に建物を持ち上げたのだ。現れたのはむき出しの地下室。
そこに居た詩織は、尚武さんの力で縄をとかれ、すぐに私の横に運ばれてきた。
私たちは抱き合って再会を喜んだ。そこで事情を聞いたけど、目が覚めたらすでにあの状態でわけがわからなかったらしい。私は脱力した。何ていう状態で爆睡してるのこの子は……。
ともかく、詩織のすぐ近くにいた人にも「来てもらって」事情を聞いた。
いかにも荒くれ者、って感じの横柄なおじさんだったけど、尚武さんがしばらく空中で振り回したら大人しく白状してくれた。
彼らは人をさらって奴隷として売り飛ばすことを生業としているらしく、詩織の件は宿屋の主人が手引きしたらしい。
私はとても信じられなかったけど、結局これは事実だった。後述する。
この時はとりあえず、尚武さんに持ち上げてもらった建物を、さらに丁寧に解体してもらって、ただの砂くずにして風に飛ばしたあと、中にいた人間を全て拘束した。
尚武さんの権能は確かに凄いけど、ここまで高い精度で操れるのは彼女ならではだと思う。
それで、その人たちを連れて大神殿に飛び、クアランさんを訪ねた。罪人を引き取ってもらおうと思ったからだ。クアランさんは盛大に顔を引きつらせていたけど、私たちに逆らうのは下策だと理解してくれたのだろう。要求を飲んでくれた。
ちなみにこの時拘束した人々は、まったく無関係の人や、さらわれてきた人なんかも混じってたらしいけど、その選別は神殿側でやってくれたらしい。有り難いことだ。
この一味は、神殿も長いこと手を焼いていた非合法組織で、あとで感謝されたけど。この時はクアランさんも「大変なことをしてくれた」という感じだった。
そこまでしても私の腹の虫はおさまらなかった。
すぐに宿に取って返し、ご主人を問い詰めた。なかなか口を割らなかったけど、【神眼】には証拠となる情報が腐るほど表示されていた。
この人はこれまで何度も、宿泊客の中からめぼしい者を選別し、組織に流して収入を得ていたらしい。あとで聞いたけど、そういう宿屋はどこにでもあるそうだ。でもなかなか尻尾がつかめず、神殿も権力者も苦慮しているとのこと。
もちろんこの人も神殿に突き出したけど、最後には開き直っていた。詩織は綺麗だし、便利な魔法も使えるから高値がつく、売られた先でも大事にしてもらえるとのたまい、自分には養わないといけない家族がいる、助けてくれとも言っていた。
ちなみにこれは嘘だった。【神眼】で確認できる彼の家族情報はまったくの空欄だ。結婚歴はあるが奥さんはすでに死亡。子どもはなし。
私の怒りは頂点に達していて、きっと萩原さんの能力があったら彼を殺していたと思う。人を無理やりさらっておいていうことがこれか、と。何というか、人の真の怒りというのは、まるで理解できない対象にのみ向けられるものだと痛感した。
私はこの人たちが理解できない。この人たちが育ったこの世界が理解できない。いっそ全部滅びてしまえばいい。この瞬間は、本気でそう思ったほどだ。
ともかく。
その後、神殿の人たちと色々交渉して、宿屋は私たちがそのまま使えることになった。
宿に戻り、みんなで話しあって、一人一部屋というのは保安上問題があったかも、という話になった。
例えば詩織やハルカ――いや、女子のほとんどが単独で戦う力がない。私もそうだ。違うのは稲見さんと尚武さんだけ。ミコはたぶん全身炎化すれば無敵だけど、彼女が戦うとなると周囲にも甚大な被害が及ぶ。
なので組分けをして、ある程度まとまって部屋に入ることになった。
その夜が大変だった。
宿がならず者たちの襲撃を受けた。一味の行き残りたちが仕掛けたもので、数十人の武装集団に取り囲まれたのだ。
最初に気付いたのは私。すぐにみんなに知らせて迎撃体勢を取った。
正直いって相手にならなかった。
私たちは圧倒的だった。
紫波さんと義経くんは説明するまでもなく無敵だったし、佐藤くんは視界に入った敵を片っ端から同士討ちさせた。蓮川くんも、何か見えない力で敵をなぎ倒していた。あとで聞いたけど、空気を圧縮して叩きつける「魔法」だったらしい。
菊池くんも剣を握って戦っていた。
これには肝が冷えたけど、彼の戦う姿も様にはなっていた。考えてみれば体力が倍増している。そこらのならず者相手なら充分、互角以上に戦えるみたいだった。
戦えないメンバーは地下倉庫にこもってもらった。ひとりだけ侵入を許したそうだけど、チハルの権能で「お友達」になってもらい、速やかにお帰り頂いたらしい。
そして外を固めていた敵は全て、私の誘導で稲見さんと尚武さんが空から無力化した。
戦闘そのものは二十分もかからなかったと思う。
襲撃者の死体を片付け、生き残りを全員、神殿に引き渡して、あれこれと事情を説明していたら、いつの間にか夜が明けていた。
戻って、ひとまずみんなには休んでもらった。そしていまこれを書いている。
……紫波さんにキツいことを言われた。思い返すと動悸が止まらない。耳がキーンと鳴って喉がカラカラになる。
紫波さんは大活躍だった。たぶんだけど、一番たくさんの敵を撃退した。いや、殺した。私が殺させた。
彼をねぎらうつもりで「ありがとう」と声をかけた時だった。紫波さんはひどく疲れた顔でこう言ったのだ。「おれはあと何人殺せばいいんだ?」と。
だめだ。言葉にならない。分かってる。悪いのは私だ。
今日はもう休むことにする。続きはまた、明日。