02.二日目
●二日目
今日はみんなで山頂に登った。
亡くなったみんなの遺体を弔うためだ。鶴来さんは、身体のことを考えると残ってほしかったけど、自分も行くといって聞かなかった。だけど弱音も吐かず山頂までの道を自分の足で登りきった。
山頂にたどり着いた時、いち早く異変に気付いたのは田村美咲さんだった。
平松くんの遺体が無くなっていた。
田村さんはそれで元気を取り戻した。きっと彼がどこかで生き延びていると信じたのだろう。
あとで聞いたけど、このふたりは付き合っていたそうだ。私はまったく気づかなかった。
ただ、平松くんは間違いなく死んでいる。
私の【神眼】で参照できるクラス名簿の、彼の名前の隣にはしっかりと「死亡」と記されているからだ。死因もわかっている。怪物に踏みつけられて圧死。神崎くんに玩具にされた時にはすでに息絶えていた。
でも、私はこの事実を自分の胸にしまい込むことにした。それで田村さんが元気になるなら、そうすべきだと思う。
もうひとつの異変に気付いたのは私だ。
あかりの腸が食い破られていた。昨日は確かに、傷一つ無い綺麗な身体だった。どうも野獣に食べられてしまったらしいけど、私はこの時に初めて彼女の死を実感し、大声で泣いた。
誰かがずっと背中をさすってくれていたのがありがたかった。
それと、昨日までは確かになかったはずの、清掃器具の柄のようなものが、真っ二つに折れて転がっていた。
さきっぽに着いた、箒を取り付ける金具の部分や、柄尻のプラスチックのカバーは、明らかにこの異世界のものじゃない。誰かが教室から持ち出したのだ。
でも、誰が持ち出したのかは分からなかった。鶴来さんは何かに気付いたようだけど、教えてくれなかった。まあ、あとで何かの手がかりになるかも知れない。いちおう書いておく。
教室の入り口は昨日と同じく塞がっていて、私の【神眼】で透視してみても、中はどこまでも岩と土砂だった。もしかしたら、異世界と繋がっていたのは教室の境だったのかも知れない、と蓮川くんが言っていた。
もしそうなら、あのまま限界まで教室に残るべきだったのかも。今となってはあとの祭りだけど。
それからみんなで――実際に作業したのはほとんど尚武さんの【念力】だけど――遺体を埋葬してお墓を作り、手を合わせた。
ちょうどそのタイミングで、異世界の武装した人々とかちあった。
昨日と同じく「問答無用」という感じで、今日は弓矢まで持って襲ってきたけれど、やっぱり尚武さんがひとりで無力化してしまった。
そのあと、宙にふわふわ浮いたままの彼らと、菊池くん、蓮川くんがあれこれ話をした。
その交渉で、私たちは「デルナ大神殿」に行くことになるわけだけど、それはひとまず置いておく。
この時、鶴来さんが私の隣に来て「言葉が分かるの?」と聞いた。それで、私もようやく気がついた。
私たちには全員「自動翻訳」みたいな能力が付与されている。だから、異世界人の言葉も、音声としてはまったく分からなくても、脳に届く頃に日本語に翻訳されている。あちらに向けて発する言葉も、脳から口に伝達される途中で、異世界の言葉に翻訳されるらしい。
でも、鶴来さんの権能はそれすら遮断してしまうようだった。私は彼女のために、しばらく通訳をした。
宙に浮いた異世界人たちは、口々に勝手な罵倒を続けていて、正直言って聞くに耐えなかった。主に交渉に望んでいるリーダーらしき人も、態度が横柄で非常に腹立たしい。
みんなもご立腹だったらしい。特に稲見さんはカンカンで、いまにも異世界人たちに電撃を御見舞いしそうだった。それを紫波さんが諌めていた。珍しい組み合わせだったけど、二人とも上背があってモデルみたいだから、並んで立つとすごく絵になった。
ふと視線をそらすと、萩原さんが目を閉じているのが見えた。
きっと私との約束を守ってくれているのだと思った。
それをそっと鶴来さんに伝えた。鶴来さんは何も言わず、萩原さんの隣に移動し、彼女の手を取った。
「もう目を開けても大丈夫」
と鶴来さんは言った。無表情だったけど、声は優しげだった。目を開けた萩原さんも、最初は驚いていたけど、微笑んだのが分かった。
私はちょっと胸が熱くなって、少しだけ目尻に涙をためた。
それで、なんとか彼らを説得し、こちらに敵意がないことを伝えて、ひとまずその場は収まった。
その足で「デルナ大神殿」に向かった。
街の中心にある大きな建物。そこの責任者だというおじさんと面会した。
クアランという名前のお坊さんで、けっこう話の分かる人だった。
彼との会談で分かった事実を記しておく。
ここは彼ら――聖柱教の聖地で、山のてっぺんには聖柱とかいう大きな柱があったらしい。ふもとからもキラキラ輝いて見えるほど大きなものだったけど、それが昨日、突然に消えた。おそらく、私たちがこの世界にやってきたのと同時に。
そのおかげで、神殿の人々は、私たちを良くない輩だと決めつけているらしい。
私たちの世界については何も知らないようだ。というか、異世界から来た、という事実を納得させるのに、ものすごく時間がかかった。
もちろん、私たちが元の世界に帰る方法も知らないらしい。
八方塞がりだった。
「もっと大きな街へ行けばなにか分かるかもしれません」
とクアランさんはいくつかあてを挙げてくれた。
まず、ここから南の街道を進めばラグランスという街。ただこの街に、大した情報はないだろう、という話。
そこから西へ行けばアルノアという街。かなり大きな街で、異人にも寛容なところ。
一方、ラグランスを東へ進み、山を越えてその先の草原を南に抜ければ、ギルモア大皇国というこの世界の中心地があるらしい。ただ、一ヶ月以上の道程になる。
かわって、デルナの西の荒野を突っ切れば、シャガールという、これまた大きな交易都市があるとのこと。情報という点では一番望みがあるけど、途中の荒野が厄介な場所らしい。
ちなみに北へ行くのはやめたほうがいい、と言われた。北方騎士団というならず者たちの支配下にあって、年がら年中、戦国時代のような合戦が行われているそうだ。
ほかにも、この世界の常識とかをあれこれと親切に教えてくれた。
クアランさんはとても良い人だと私は思ったけど、蓮川くんが言うにはちょっと違うらしい。
とにかく面倒が起こらないうちに、私たちに街から出ていって欲しいのだそうだ。
言われてみれば確かにそんなフシはあった。でも、それも一面的なものの見方だ。その上で、極めて理性的な態度で接してくれていると、私と【神眼】は判断した。
私たちも街を出ていくのはやぶさかではないけども、今すぐというわけにも行かない。
しばらくは例の宿屋で方針を固めることにした。旅費も稼がなくてはならない。
金策として真っ先に思いついたのは、光丸さんに金塊でも錬成してもらう、というアイディアだけど。
光丸さんは本当に服しか作れなかった。妥協案として、光丸さんの錬成した完成度の高い服を売りさばこう、ということになった。
宿屋のご主人も乗ってくれた。光丸さんは、一度見ればこの世界の服も錬成できたし、私たちの世界の服も、好事家が言い値で買い取ってくれるだろう、とのこと。明日から菊池くんと一緒に販売ルートの構築に奔走してくれるらしい。
それだけでは不安だ、ということで、蓮川くんと義経くんが冒険に出ると言い始めた。
なんでも異世界生活の基本だそうだ。魔物?とかを退治して報酬をもらう、という。私は半信半疑だったけど、実際にこの街でもそういう仕事はあるらしい。なぜか尚武さんも乗り気だった。とりあえず、蓮川くんが一緒なら無茶はしないだろうと、この件は任せることにした。
菊池くんも行きたがったけど、これは私が猛反対した。彼の権能は私たちの生命線だ。万が一にでも危険な目には合わせられない。それに、彼自身にはなんら特殊な能力がない。荒事には向いていない、と。
この時のことで、あとで詩織に注意された。
私の剣幕が、はたから見ていても尋常でなかったらしい。もっと言い方に気をつけないと男に逃げられる、と言われた。別にそれはかまわないけど、どうも菊池くんのことになると冷静さを欠いてしまうようだ。今後は気をつけないと。
それはともかく、詩織の【浄化】でもかなり稼げるんじゃないか、と宿屋のご主人が提言してくれた。たしかに、部屋が一瞬で綺麗になる能力――そうそう、詩織の権能はもっとすごいのだ。
なんと、人まで綺麗にしてしまう。
顔面のかたちが変わる、ということではないけど、まず衣類も含めてまるごと清潔になる。お風呂いらずだ。
それにニキビとかそばかすとか、そういうものが綺麗サッパリなくなるのだ。私もやってもらったけど、鏡を見てニヤニヤしてしまうほどお肌がつるつるになっていた。女子は全員――あの稲見さんまでやってもらっていて、私たちのクラスは一瞬にして美人ぞろいになった。
鶴来さんだけは例外になるけど、彼女はもともと美人だ。
もっさりした三つ編みと黒縁眼鏡で意図的に隠しているようだけど、私には分かる。
近くで見ると溜め息がでるほど綺麗な肌をしているし、瞳も吸い込まれそうなほど大きい。
髪だって素直で柔らかくてツヤがある。
背丈は低いが、それ以上に小顔でスタイルもいい。
男子連中は気付いていないようだ。私も絶対に教える気はない。
鶴来さんはいま、熱を出して寝込んでいる。
昼間の無理が祟ったのだろう。さっきまで私が付き添っていた。やっぱり、彼女に無理をさせるべきじゃなかった。なにせこの世界の医療は信用できない。もし病気になったら、まともな治療を受けられるかどうか危うい。
それでも、私たちは天野さんと合流すれば完治する公算が高いけど、鶴来さんはそうもいかないから。
書いているうちにまた心配になってきた。今日はこれで終わりにして、また様子を見てこようと思う。
●二日目 追記
嬉しいことがあった。
鶴来――ハルカの部屋へ行ったら萩原さんがいた。お見舞いに来たらしい。ハルカも目覚めていて、ふたりであれこれと話し込んでいたようだった。
私はお邪魔かな、と思ったけど、ふたりに歓迎されて入室した。
ハルカはだいぶ熱も下がっていて、意識もしっかりしていた。ご主人にもらった薬湯が予想以上に効いたらしい。【神眼】でも効能は確認していたけど、これほどとは思わなかった。
萩原さんは私が来てしばらくしてから退室したけど、ふたりは大分仲良くなったようだ。その証拠に、ハルカがこう言ってくれた。
「彼女は大丈夫。心配かけてごめんなさい」
私は胸がいっぱいになって泣いてしまった。色々張り詰めていたものが、一気に弾けてどこかへ行ってしまったような、たとえようもない安心感があった。とにかく涙が止まらなかったから、ハルカが心配して頭を撫でてくれて、それが嬉しくてまた泣いた。
私とハルカは名前で呼び合う仲になった。
本当に、たくさん元気をもらった。明日からまた頑張ろうと思う。




