断章1.もうひとりの孤高
初秋の冷たい風が、渇いた大地を吹き抜ける。
野ざらしのしゃれこうべが、こちらにひとつ、あちらにふたつ、あたり一面に数え切れぬほど。風に揺られて一斉に、物悲しい音を立てる。
地面から「にょきり」と生えた白骨、折れ錆びた剣や槍、朽ちた甲冑の残骸など。
そんな光景が延々と続いている。
誰が呼んだか「死人の森」。
草木も生えぬ荒野を、ただ人の骸だけが埋め尽くしている、そんな場所だ。
「……」
そんな中を、無言で歩く人影がある。
若い男である。体格は良い。
ごく短い金髪は不自然な色合いで、根本が黒い。目つきは鋭く、周囲を油断なく警戒しているようにも見えるが、姿勢はゆったりとスキだらけで、なんともちぐはぐだ。
服装も異質である。
材質も形状も、このあたりでは見慣れないものだ。羽織は肩の部分が角ばっていて、何らかの補強がされている。その下は肌着――のようだが、奇っ怪な文様がでかでかと記されている。
そして。
その衣装のあちこちが血に塗れていた。
破けたカ所や怪我がないことから、返り血であることが分かる。乾ききったものもあれば、まだ赤々と真新しいものもある。
まさに異様。
そんな言葉が相応しい男だった。
ふと。
遠くから、土煙を上げて近づく一団がある。
どうやら武装した騎士の集団だ。
それらはあっという間に男に近づくと、徐々に速度を落とし、やがて足を止めて語りかけた。
「止まれ、そこの男」
「……」
男は無言で目を向ける。呼びかけた騎士は思わず顎を引いた。あまりもの異様な気配に気圧されたのだ。
「異人か? ここで何をしている?」
「答える義務はねえな。てめえらこそ何してんだ?」
男が答えると、騎士たちは一斉に殺気立った。
「待て」
最初に声をかけた騎士が、仲間たちを制する。どうやらこの一団の頭目である。
頭目は馬を降り、男に対し腰を折って一礼した。
「失礼をした。わが名はクオンツ・ベルグラン。北方騎士団に籍をおく百騎長だ。逃亡者を追っている。頬に傷のある岩巨人の男だ。心当たりはないか?」
男は「ああ」と声を漏らし、親指で後方を指し示した。
「おれの足跡を辿っていけ。そのうち見えてくるぜ」
「かたじけない。行け!」
頭目――クオンツは再び腰を折って礼を述べ、部下に号令を飛ばした。騎士たちが一斉に馬を飛ばす。
それを見やりながら、クオンツは再び馬上の人となり、律儀にもう一度、男に対し目礼した。
「足を止めてすまなかった。貴殿の旅の無事を祈ろう、では」
「待て」
去ろうとしたクオンツを呼び止め、男は懐から紙を取り出す。広げると地図のようだ。それを見ながら、西の方角を指差す。
「シャガールって町は、この方向でいいのか?」
「……ああ、そうだ。このまま真っすぐ行けば街道に出る。道が見えたら左へ行け。半日もかからんだろう」
「ありがとう」
男は破顔した。第一印象からはあまりにもかけ離れた、綺麗な笑みだった。
「助かったぜ。おれも、あんたの無事を祈ろう」
そして踵を返し、悠然と歩き出した。
クオンツはその背に小さく敬礼し、仲間たちの後を追った。
探し物が見えてきたのは、小一時間ほど後のことだ。
「これは……」
部下が取り囲む人物を見て、クオンツは絶句した。
間違いなく、尋ね人「圧潰のドル・ガーン」だ。傭兵くずれの無法者で、騎士団領で数々の暴挙を働いた罪人。しかし腕も立ち、幾人もの騎士が返り討ちにあった。
その巨人が、胸に大穴を穿たれて死んでいた。
比喩でも何でもない。ぽっかりと、まるで丸太の杭でも貫通させたかのような大穴が開いている。いかなる理由でこんな傷を負ったのか見当もつかない。
「魔物にでも襲われたのか?」
「馬鹿な。そんな魔物聞いたことがない」
「もしやさっきの男では?」
「しかし武器など持っていなかったぞ」
「ならば魔法か。どちらにしろ尋常じゃないぞこれは」
どよめきの中、クオンツは後方を振り返った。
もちろん、そこにはもう、誰の姿も見えなかった。