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最上階

 最上階に辿り着くころ、油揚げの服は大分冷めてきていました。

 カエルの手、水かきの先が少しひんやりとして来ており、動ける時間が多くないことを感じた頃、長い長い階段を登った先に“扉”は有りました。

 その扉は、白く光って宝石のようでしたが、それよりも水のように捉えられず、雪のようにはかなく、氷のように頑丈でした。

 「これが水と氷と雪の扉ですね」

 カエルは、オデン屋のお客さんの言葉を思い出していました。

 この扉は、水と氷と雪、全てを壊せる物でなければ壊せない扉なのです。

 爆弾を持って来た挑戦者も居たらしいのですが、爆弾は氷を砕いても水や雪は散らすだけで壊せません。

 桶で扉を汲み出そうとした挑戦者も居たというのをオデン屋で聞きましたが、氷は桶ではすくえません。

 水と氷と雪を無くすことができるものでなければ、この扉を通れないのですが、カエルは対して悩みはしませんでした。

 「オデンなら、通れそうですね」

 オデンは雪や氷なら溶かしてしまいますし、水はダシの通った暖かいスープになります。

 残されたオデンを使えば、この扉は簡単に通ることができるだろうとカエルは分かっていましたが、カエルはその場にしゃがみ込みました。

 「女性の部屋のドアを破るのは失礼ですね」

 そう思ったカエルは、袋から牛スジ串を取り出してゆっくりと食べて、それから弁当袋の上に横になりました。

 油揚げの服も冷えて、とてもカエルは眠かったのです。寒くなれば冬眠したくなります。なぜならばカエルはカエルだからです。

 「このまま寝ても……牛スジは栄養バッチリだから……大丈夫だよね……」

 カエルはきっと春になれば女王様が出てくるだろう、そうなればお話も聞けるだろうと、眠りについてしまいました。




 次にカエルが目を覚ましたとき、とても暖かい気持ちになりました。

 春になったのだろうか、とても良い匂いの中でその大きな目を開けたカエルは、やはり大きな目とバッチリ目が合いました。

 「……こんにちは。僕は井戸から来たカエルです」

 「こんにちは。あたしは冬の女王のミカン。よろしくね」

 女王を名乗ったのは、カエルよりは大きくとも、人間としては小さな女の子。

 その小さな身体には“どてら”と耳当てをヌクヌクと着けており、女王様というよりお嬢ちゃん、といった感じでした。

 カエルは、自分がオデンのダシ汁の中に浸かっていることに気付きました。どうやら冬の女王・ミカンが弁当袋の中のダシ汁を温め直して自分を入れてくれたんだと分かりました。

 「ありがとうございます。疲れていて眠ってしましまして、失礼いたしました」

 「扉をオデンで破って入って良かったのに。下で登ってきてくれるあなたを見ていて、話したくなってたから」

 「ご覧になっていたんですか?」

 「うん。妖精たちが見ている物はあたしにも見えるから」

 ケラケラくすくす、可笑しそうに笑いました。

 「あなたって、あたしが思っていたカエルさんより立派なカエルさんなのね」

 「あなたも、僕が思っていた女王様よりいくぶんか、お若いようですが」

 「ええ、冬の女王を前任のお婆さまから継いで、まだ二年目だから。あ、みかん食べる?」

 その部屋の中は、ここまでの塔の中とは違って暖かく、七輪や灯油ストーブが有り、カエルが今居るのもコタツの上です。

 なるほど。女王さんは雪の女王でも氷の女王でもなく冬の女王だったのだから、冬を楽しむことにかけては誰にも負けないのだとカエルは思いました。

 「ありがとうございます。よろしければ女王さまもオデンはいかがですか? だいぶ食べてしまったので、黒ハンペンとチクワしか残っていませんが、味は格別です」

 「ありがと! いただくわ!」

 オデン屋バイトのカエルはみかんを食べ、冬の女王ミカンはオデンを食べました。

 ゆったり、まったりとした時間が流れ、ふとミカンが切り出しました。

 「何か、聞きたいこととか、あるんじゃないの?」

 「いえ? 別に。女王さまとお話がしてみたかっただけですから」

 「あたしがどうして塔から出ないかとか、訊かないの?」

 「出たくないから出ないのではないんですか?」

 「そうだけど、カエルくんはあたしを外に出して、王様に願いを叶えて貰うんじゃないの?」

 「んー……こうやって女王さまともお友達になれましたし、叶えて欲しいお願いも有りませんし。僕は旅が続けられれば、それで構いません」

 「旅? カエルくんはどこから来たの?」

 「僕は遠くの井戸から来ました。遠い国の井戸で、空が良く見える井戸でした。そこからたくさんの人やバッタさんやネコさんやトリさんに会って、ここに来ました」

 「ねえ、聞かせて。君がどんな旅をしたのか」

 「もちろん構いません。僕は人にお話をしていただくのも好きですが、人にお話を聞いていただくのも、大好きです」

 それからカエルは、自分の今までの冒険を話しました。

 初めて食べたサクランボの美味しさ、海の美しさ、改めて知る空の大きさ、出会った小人や不思議な木のこと、カエルは身振りを交えて話し、それをミカンは目を輝かせて聞いていました。

 「……大変じゃ、なかったの?」

 「大変かどうかは分かりませんが、少なくとも幸運でした。なにせ僕は良い人にしか出会わないのです」

 「……良いなぁ、私も、そんな風に言ってみたいなぁ……」

 「きっと、女王さまも幸運です。なにせ旅に出るために必要なものは全てお持ちです」

 「何が必要なの?」

 「旅をしたいと思う心です」

 「……そっかぁ……」

 おもむろに、コタツから立ち上がったミカンは水と氷と雪の扉の外へと、視線を向けていました。


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