挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
【完結】魔王が勇者に恋をした 作者:ただみかえで
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/9

第1章 魔王みーつ勇者

1.勇者システム SideM
10年前。
それは、まだ勇者ユリンが勇者と呼ばれる前のこと。
それは、まだ魔王が世界の全てを手に入れる前のこと。

王都グランベルグの中心に位置する、ヴァッシュファイン城。
千年の平和を築いた聖王国の象徴であった城は、ゆえに魔王軍によって一番最初に落とされた。
白く輝いていたその姿は見る影もなく、闇を凝縮したような深い黒に沈んだ城となっていた。

「これは…”勇者”のシルシ…」
玉座の間に、しわがれた声が響く。
魔王軍に古くから仕える、運命とき詠みの占い師の声だ。本当の名前はすでに誰も知らず、誰からもオババと呼ばれている重鎮である。
「魔王さま!!ここより遥か東方へ離れた地にて、”勇者”が現れたようですじゃ!」
「はぁ、勇者ねぇ」
「なーにを呆けた声を出しておりますか。このオババが言うのです、間違いなく魔王さまを脅かす勇者の出現ですぞ!?」
玉座に腰掛けたまま気の抜けた返事をする魔王に、オババが吠える。
「あーいや、オババの言うことが信じられないというのではなくな。
 …なぁ、ラジー。これで何人目だ?」
魔王は気のない雰囲気はそのままに、脇に控えた副官へ話を振る。
「そうですね…確か、26人目ではなかったかと」
「そんなにか」
「だからといって!放っておいていいという話ではありますまい!!」
オババにはこの気怠げな会話が気に入らないらしく、さらに声を荒げて吠え立てる。
「わかってるわかってる。ちゃんと対処はするさ。
 あー、えっと。そう、そうだな。対策考えるから、オババは外してくれるか?」
「ちゃんとなされませよ!!まったく、まだまだ先代に比べたら…」
まだ何か言い足りないという顔で、最後にもう一吠えしてから玉座の間からオババが退出した。
「オババからしたら、俺はいつまでも子供なのだな」
「あれで魔王さまのことを、誰よりもよく見ていらっしゃいます」
「わかっているさ。
 しかし…。あの、勇者システムというのはどうにかならんものか」
「勇者の”シルシ”、ですか?」
魔王が人間界を侵略し始めてから、定期的に”勇者”と呼ばれる人間が現れるようになった。具体的な仕組みは全くわかっていないが、魔王を倒すことのできる唯一の人間、という話だ。
当然、魔王を倒せる、というだけで「必ず倒せる」というわけではない。力が足りなければ、魔王に辿り着く前に倒されてしまう。
魔王にとって幸運だったのは、それを勘違いした初代勇者が、駆け出しのうちに挑んで来たことだ。勇者という存在を知らない頃に、しっかりと力をつけてから挑まれていたら倒されていた可能性もあった。
だが、しばらくすると、また新しい勇者が現れた。その勇者を倒すとまた次、またまた次…そして、ついに26人目となったのである。
シルシ、とは、新しい勇者の目覚めにともなって現れる、勇者にのみ装備をゆるされた特殊な装備のことだ。
「そう、それだそれ。
 最初の頃は、剣とか鎧とかそれなりの装備だったから、倒すついでに奪っておいてたが。最近のはなんなんだ?」
「確か、一番最近のが……靴紐、でしたな」
「…それのせいで、足鎧がつけられずにスニーカー履きだったな、あの勇者」
「念のため、倒したあとに奪っておいてますが」
「ガラクタコレクションになりつつあるよな、あれ」
「ですな」
ふぅ、思わず漏らした二人のため息が、玉座の間に響くのであった。

「さて、オババがうるさいからちょっと行ってくるかな」
「わざわざ魔王さまが行かなければならないのも、ご面倒ですな」
「勇者にしか魔王は倒せないが、逆に、魔王にしか勇者が倒せない、だからな。
 …ほんと、あの勇者システムってのは、どうにかならんものか」
「近場の者を向かわせて、瀕死までしておきましょうか?」
「いや、どうせ駆け出しのヒヨッコだ。すぐに終わる」
「かしこまりました、では、転送陣を用意いたしますので少々お待ち下さい」
魔王軍にとって、勇者システムはすでに崩壊しているシステムだ。
最初の頃こそよくわからずに苦労もしていたが、ここ最近はオババの予言に従って出現直後に速攻で倒すようになったいた。まるでモグラたたきである。
それでも飽きずに新しい勇者が現れてくるのだから、このシステムを作った何者かは相当頭が悪いと思われる。
「魔王さま、準備が整いました」
「では、行ってくる」
青く輝く巨大な魔法陣の中心から、勇者が現れたと言われている地へ。
まばゆい光とともに、魔王は消えていった。
「いってらっしゃいませ」

勇者システム SideY
気が付くと、真っ暗な所に立っていた。
いや、これは本当に立っているのだろうか?
なにしろ真っ暗で何も見えないので、もしかしたら落ちているのかもしれないし、寝ているのかもしれない。
ああでも、背中に何も感じないので寝ているのではないかな。
落ちている風でも…そういえば落ちたことないから、感覚がわからない。

「…リン……ユリン……」
(さて…この状況は、夢、かな?)
あまりにも現実離れしすぎていたせいか、元来の図太い神経によるものか。
完全な闇の中にいながら、ユリンは至って冷静だった。
「ユリン……ユリン……」
(うーん、きっとこの何故か私の名前を呼ぶ声に答えないと進まない気がするなー。やだなー、相手したくないなー…)
「…ちょっとー?もしもーし?気づいてるよね?絶対気づいてるよね??その上で無視とかやめてくれないかな?ボク泣いちゃうよ?」
あまりにユリンの反応がないためか、神秘的な雰囲気で語りかけていた声は一転、情けない響きへと変わっていった。
「はいはい、聞こえてますから、なんですか?なんか用ですか?私の夢なんだから用がなければ大人しく出ていって欲しいんですけど」
「あ、はい。すいません。いや、そうじゃなくて!
 あれ~?おかしい、今までこんな反応した子いなかったんだけどなー」
「というか、そもそもあなた誰?誰の許可で人の夢に出てきてるんですか?」
「うわ、怖いよ、この子怖いよ!」
今にも泣き出しそうな声になっていた。
ユリンとしては、普段から「清楚で優しい」をウリにしているだけに、この反応は不本意であり、不愉快であった。
それゆえ、さらに険しい声になっていたのだが、当の本人は全く気づくことはなかった。
「で、用がなければ、とっとと帰ってくれませんか?私、夢見てる間にゆっくり寝たいんですけど」
「わわわ、用はあるよ!あるから来たんだよ!
 …んおっほん。えっと、気を取り直して。
 ユリン、キミはこの世界の危機を…」
「あ、すいません。初対面でいきなり呼び捨てとかやめてもらえませんか?
 そもそもあなた誰ですか?まずは名乗るのが常識じゃないんですか?」
なんとか威厳を保とうと、気持ちを新たに話しだした謎の声だったが、あっさりと遮られてしまう。
「…おかしい、これまでの25人はこんな反応じゃなかった…ボク、神様なのに!」
「25人?神??
 げ、もしかして私勇者に選ばれたですか?」
「そう!その通り!ユリン…さん、話が早くて助かるよ」
「お断りさせていただきます」
「そっかー、お断りかー…ええ!?!?お断り!?
 なんで?勇者だよ!特別な力を手に入れられるんだよ!?」
25人の勇者、と言えば、この世界で知らない者はいない。
もちろん、その末路も含めて。
「なんで、って言われましても。これまでの25人がどうなったかを考えたら、なんにもいいことがないじゃないですか。
 特別な力を得た所でお金が稼げるわけじゃないし、魔王軍に狙われる生活なんてごめんですよ」

それもこれも一番最初の勇者バカが悪い、というのが世間の認識だ。
記録によれば、彼が勇者になった当時、王国騎士団に所属し、将来を嘱望されていたというのだから、既にそれなりの能力を持っていた、のは間違いなく、加えて、王国騎士団による総攻撃だったというのだから、実際には彼のせいだけではないのだが…。
世間にとって、最も重要なのは、真実かどうかではなく、責任を押し付けられるかどうか、なのだ。

「そんなこと言われても、もう決めちゃったし、この決定は変えられないから。
 じゃ、そゆことでよろしく!」
「ちょ、ちょっとちょっと!なにその丸投げ!
 『変えられないから』って、勝手にきめんな―!」

ちゅんちゅん…

次の瞬間、暗闇が晴れたと同時に、ユリンは自室で目を覚ました。
「…ううぅ、変な夢みた」
「夢じゃないよー。ユリン…さんのための特別アイテムと勇者の能力についての説明書置いといたから読んどいてね♪」
「…あー、聞こえない聞こえない…」
思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られながら、ゆっくりと体を起こす。
果たして、神の言う特別アイテムと説明書は枕元においてあった。
眠たい目をこすりつつ、そのアイテムを手に取る。

★ユリンは特別アイテム【勇者のヘアピンとシュシュ】を手に入れた

その瞬間、脳裏に謎のファンファーレと共にそんな言葉が聞こえてきた。
(…気のせい、だといいなぁ…)
そう思いつつ、続いて説明書を手に取る。

★ユリンは特別アイテム【勇者の説明書】を手に入れた

気のせいではなかった。
「……神殺し、って、どうやったらできるんだろうなぁ」
ヘアピンとシュシュを見つめながら、思わず物騒なことをつぶやくユリン。
勇者の、と名がついているものの、とても特別な力が宿っているとは思えない。宿っていた所で、役に立つとも思えない。
(そういえば、一つ前の勇者は【靴紐】だったんだっけ…
 それと比べれば、多少はマシに思えて…こないなぁ。はぁ…)
ため息ひとつ。ふたつ。みっつ…。
肺の中の空気を全部吐き出すのでは?と思われる長い長いため息。
一瞬の間をおいて、顔を上げたユリンの表情は、心なしかすっきりしたように見えた。この切替の速さも、ユリンの取り柄の一つと言えるだろう。
「しょうがない、とりあえず説明書だけでも読むかな、、、っと!」
そう言って勢い良くベッドから降りると、机に説明書を投げ置く。

【勇者の説明書】
●勇者の能力1:経験を【力】に変えることができる。
 経験を積めば積むほどに【力】が蓄積していく。一度蓄積したものは、特別なこ とがない限り失われることはない。
●勇者の能力2:魔王以外の魔物からの攻撃で死ぬことはない。
 魔王を倒す事ができるのは勇者でしかないのと同時に、勇者を倒すことができる のも魔王のみである。他の魔物からの攻撃でいかな大怪我を負おうとも、決して 死ぬことはない。
●勇者の能力3:勇者専用アイテムを装備することができる
 自信が神より得たアイテムでなくても、過去の勇者が与えられたものも装備可能
●勇者の…

「………神殺しって、どうやるんだろう……」
そっと説明書を閉じ、先ほどと同じ呟きを漏らすのであった。

君の名は? SideM
「これは…思っていた以上に田舎だな…」
転送陣から現れた魔王が目にしたのは、とてもとてものどかな風景だった。
人家らしきものは、遠目に数える程度。当然、背の高い建物などはなく、人影もない。飛んでいる鳥の方が多いくらいだ。
「さて、今度の勇者はどんなかな」
普段魔王城か戦場かのどちらかにいることがほとんどの魔王にとって、この勇者退治は唯一の息抜きになっていた。
かつては町ごと吹き飛ばしたこともあるが、ヒヨッコの駆け出し相手には全く気負う必要もないからだ。

魔王は強大な力を持っているだけに、特殊な術式スペル護符アミュレットによって力が漏れ出ないように抑えている。
抑えている、とは言っても、元が大きすぎるだけに、対魔物用の罠や結界に反応しないわけではない。
そのため、ゆっくり息抜きするために、一時的に人間へ擬態して(めちゃくちゃ怒られるので副官のラジーやオババには内緒で)散策をするのがここの所のやり方だ。
「しかし、そうなるとこの誰もいない中でどうやって探したものか」
途方に暮れながら、つぶやいたその時だった。
「もしもしそこの見慣れないお兄さん?何かお困りですか?」
突然背後から声をかけられた。
「うぉぁあおあうあ!」
あまりに唐突すぎて、今まで出したことのない声が出ていた。
(全く気配を感じなかった!?いくら人間に擬態しているとはいえ、これだけ見通しがよくて、ここまで近づかれるまで気づかないとは何者だ!?)
「あああ、ごめんなさいー。この靴履いてるときは気をつけないといけないんだったー」
勢い良く振り返った魔王の目に入ったのは、言葉とは裏腹に悪びれているようには見えない、、見えない、、、
(なんと、可憐な…)
魔王が恋に落ちた(勇者と出会った)瞬間だった。

「お?おにーさんどうしたの?なんか私の顔についてます??」
振り向いたまま固まってしまった魔王の顔を覗きこむ勇者。
「あ、あああ、いやいやいや、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ」
ぐいっと近づいた顔を直視できず、顔を逸らしながら応える。
「やー、ごめんなさいねー。あんなに驚くとは思わなくってー。てか、おにーさん驚きすぎ、あはは」
派手に驚いた姿がよほど面白かったのか、笑いを隠そうともしない。
普通ならばとても失礼な態度だが、からからと笑う姿にはどこか愛嬌があり、見ている側まで釣られて笑いが出てくるほどだ。
「そんなに笑わないでくれないか。自分でも、あんなに驚くことはなくてびっくりしているんだから」
「あはは、ごめんなさーい。
 それにしてもおにーさん。ここらじゃ見かけない顔だけど、こんな田舎に何か御用ですか?」
ひとしきり笑って満足したのか、再度同じ疑問を投げかける。
「ああ、いや。実は、この辺りに新しい勇者さまが現れたって聞いて、会いに来たんだよ」
「…おにーさん、何者?
 まさか、魔族……」
それまでニコニコしていた表情が一瞬にしてキッと引き締まり、警戒で声も強張る。が、
「…な、わけないかー。人型の魔族なんていったら、超高位だしねー。
 本物なら、あっという間に消し炭だわ私、あはは」
すぐに緩んで元の明るい笑顔に戻る。緊張の続かない娘である。

一方、ある意味正解を言い当てられた魔王は、
(明るい表情も、キッと引き締まった表情もどちらもいい…。ころころと表情が変わる所も可憐だ…。
 だが、見た目だけでなく、勘が鋭い所や周りがよく見えている状況判断ができる所も素敵だ…。いまいち判断が甘い所も可愛い…)
完全にほうけていた。
「わ、私は勇者伝説を追っている研究者でマグという者だ。噂に聞いただけで、本当かどうかもわからないんだけど、気になって来てみたんだ」
「あ、そーなんだ。なるほどねー」
数人前からこの設定で話していたが、こうもあっさり信じられたのは初めてだった。
(なんて純粋な娘なんだ…恐らくこの娘が…)
「それで、君の名は?」
「よろしくマグおにーさん♪
 私はユリン。おにーさんがお探しの勇者だよ」

4.君の名は? SideY
「ささ、座って座って」
「ああ、すまない」
立ち話もなんだから、と、魔王マグ勇者ユリンの家に招待されていた。
質素な作りの一軒家。どうやら他には家族は住んでいないようだった。
「それにしても、ユリンさんが勇者だったとは。
 その…そんな格好をしているので、まさかそうだとは思いませんでしたよ」
「そんな格好…?
 あー、確かに勇者っぽくないですよね、これ。ふふふ」
言われて改めて、ユリンは自分の服装を見なおした。
上からTシャツにハーフパンツ、足元はニーハイとスニーカー。
なんというか、とても動きやすそうな格好ではある。ただ、武器と呼べるようなものは装備しておらず、また、防御力も皆無と思われた。
「でもこれ、実は全部勇者装備なんですよー?」
「あー…!」
「それにしても、ふざけてますよねー。勇者のTシャツとかスニーカーとか言われても。私用なんて、ヘアピンとシュシュなんですよー」
そう言って、ヘアピンを指さしながらポニーテールを揺らすユリン。いちいちしぐさが可愛らしい。
「そうだ、マグおにーさん。聞いてくださいよ。私が勇者ってわかってすぐに領主の使い、って人が来たんですけどねー。魔王討伐のためのサポート、とかいってくれたのが、『古びた銅の剣』と『旅の資金1万イェン』だけ、だったんですよー。
 完全に形だけやってみた、ですよねー。どうせ支援してもこれまでの25人と同じだろうし、ってまで言われましたよ」
「それは酷いですね」
「ですよねー。おもいっきり蹴っ飛ばしてやりましたけどっ!!」
当時を思い出したのか、話すうちに熱くなったユリンの足が鋭く動く。
なかなか腰の入ったいいケリであったが、危うくマグに当たりそうになる。
「わわ、ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。しかし、それしか支援のない状態で、どうやって勇者装備を?いいケリでしたけど、それだけでは魔物と渡り合うには大変だったのでは?」
「ケリは関係ないですよ。というか、これは、このニーハイの特殊効果です」
「特殊効果??」
「えーっとですね~…

***

それは、領主からの使者をユリンが追い返した直後のこと。
やり場のない怒りを覚えながらも、憂鬱な気分は拭えない。
勇者になってしまった(されてしまった)ことの不安は日に日に大きくなるばかりであった。
「はぁ…ほんと、どうしろっていうのよー。
 …おーい、神様ー?どうせ聞いてるんでしょー?というか、聞いてるわよね?ちょっと出てきなさい。ていうか、出てこい」
「お、おお……これまでにない、神使いの荒い勇者だな」
呼びかけに応えて、どこからともなく声が響く。相変わらず姿は見えない。
「ねー、神様ー。私って勇者よねー?魔王を倒さないといけないのよねー?」
「そ、そうだが…?」
「領主さんの言うこともわかるんだけど、物理的な支援が皆無とかどうしろってのよ?
というか、そもそも今の状況も全部神様のせいよね?もっとなんかないの??具体的には、武器とかお金とかないの!?」
声が聞こえた途端、ものすごい勢いで神を問い詰める勇者。もし姿を表していたら、きっと胸ぐらを掴み上げられていたことだろう。
「いや、あの、えっと、この間説明書も渡したと思うけど、特殊能力があるじゃん?」
「説明書読んだけど!なにアレ!特殊能力っていうか、もう呪いかなんかじゃないの!?」
経験の蓄積や、能力の数値化などはまだいい。何かあるごとに脳内に響く謎のナレーションも、鬱陶しいが我慢はできる。
だが、飲まず食わずでも動ける体力、一晩寝て起きれば全て治る怪我、魔王以外には殺されることのない体、など、肉体的な変化は尋常ではない。
「それに、それだけじゃ戦えないよね!?」
「キミには、ヘアピンとシュシュをあげたj…」
「ヘアピンとシュシュで、どうやって戦えっていうのよーーーー!!!」
悲痛な叫びが響き渡る。周りに他の人家が少ないため、近所迷惑にはならずに済んだが、たまたま通りがかった動物が驚きの声をあげていた。
「なに言ってるのさ。
 ヘアピンは形を変えれば小型の仕込み武器になるし、シュシュは後ろからの遠距離攻撃を防ぐ特殊防具だ、って、あれ?説明書に書かなかったっけ?」
「え??」
そう答える神の声は心底不思議そうで、ユリンは記憶にある説明書の文言を思い返してみたが、その記述があったようには思えない。
「取り出し(テイク)『勇者の説明書』」
念のため、収納庫(説明書によると亜空間らしいが、よくわからない)から取り出して見たが、やはりない。
「見なおしてみたけど、そんなことヒトコトも書いてないわよ?」
「えー、おかしいなぁ…。
 あ!そうだ!!数が多くなったから、21人目から別冊にしてたんだった!
 じゃ、じゃあ、それ読んどいてね!バイバイッ」

ボムっ

煙とともに現れる新しい説明書。表紙には『勇者装備マニュアル』とある。
「…逃げられた」

★ユリンは特別アイテム『勇者装備マニュアル』を手に入れた。

パラパラとめくると、勇者装備とは、から始まり、歴代の勇者装備についての写真と解説が事細かに解説されていた。
最初の方こそ『勇者の武器(不定形で任意に変化するらしい)』や『勇者のバックラー』といった魔王討伐に必須と言えるようなものだったが、段々と『勇者のスニーカー』や『勇者のTシャツ』など、考えるのがめんどくさくなったとしか思えないようなシロモノばかりになっていた。
「あ、でも、ちょっと前にクロスボウがあったんだ。いいなぁ、ちょっとでも武器っぽければ、戦いようもあったのに。形を変えれば仕込み武器になる、なんてニッチすぎる…」
それでも、靴紐よりはいいか、と気を取り直してみたものの、下を見て安心してもなぁ、とそうそう前向きにはなれない。
とはいえ、何か今後のヒントになれば、と隅々まで目を通していると、ある記述が目に入った。
「あれ?これ、今どこにあるのかが書いてある。
 『勇者の武器』は、レンデヴィーク城地下宝物庫、か」
レンデヴィークとは、ユリンの住むこの村から比較的近くにある堅牢な守りで知られた大きな城だ。つい最近魔王軍に落とされた、と風の噂で聞いていたが。
「わざわざ持ってきたのかな。とても取りに行けそうにはないけど…」
パラパラとめくりつつ、所在地欄の確認を行う。
「うーん、さすがに簡単に取りに行けそうにはないかー。
 …あ、これはここから近いなー。あ、これも!ちょっと取りに行ってみようかな」

程なくして、ユリンは『勇者のニーハイソックス』『勇者のスニーカー』『勇者のTシャツ』『勇者の下着』『勇者の靴紐』を手に入れたのであった。

***

「特殊効果そのものは、使いみち次第、ってとこが多いんですけどね」
「なるほど」
聞き終えたマグは、少し難しい顔をして考えこむ。
(あれ?マグおにーさんどうしちゃったんだろう?なんか変なこといったかな)。
「なんかおかしなとこありました??」
「いやね。勇者の装備ってのは、魔王軍が管理しているみたいなことを聞いたことがあるから、大変だったろうな、とね」
「それ、実はちょっとおもしろい話があって。
 なんと、ちゃんとヘアピンが仕込み武器として役に立ったんですよ!
 ちょっと長い話になるんですけど、聞きます?」
聞く顔は、話したくて仕方がないといった様子だ。
「ほぅ。それはぜひ聞かせてほしいですね」
「よしきた!」
大喜びで話し始めようとしたユリンの目に、窓からの夕日が差し込んできた。
「あら、もうこんな時間だ。
 マグおにーさん、今日の宿とか決まってないですよね?ながーーい話もあるし、おにーさんの旅の話も聞きたいし、よかったら泊まっていってください」
「いいのかい?こんな得体のしれない男を簡単に泊めてしまって」
「あはは、おにーさん、そんな変な人じゃないですよ。って、私のカンがそう言ってます!」
宿敵である魔王なのだが、ユリンは気づく素振りもない。とは言え、当の魔王が一目惚れによって殺意も敵意も全てどこかへ落としてしまっているのだから、仕方がないとも言えるが。

――3日後。
まだ朝の早い時間、ユリンの家の前で二人は向かい合っていた。
「ありがとうユリン。とっても楽しい時間だったよ」
「こっちこそありがとうマグ兄!またどっかで会えるといいね!」
名残を惜しむ二人だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。
「そうだな、もしまたこの村を訪れることがあったら、真っ先にユリンを尋ねるよ」
「うん、待ってる!っても、もう少し装備を集めたら、旅立たないとだからいないかもだけど」
「そうか」
「うん」
しばしの沈黙。
見つめ合う二人にそれ以上の言葉はなかった。
(あ、やばい、泣きそう…)
そんなユリンの心を察したか、マグはそっとユリンの頭を撫でる。
「大丈夫、きっと会えるさ」
「うん……うん!」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ