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嵐の前の静けさ

僕達が住むこの世界は、三つの時空で構成されている。一つは神々が住まう天界、つまらない所さ。殆んどの宗教では楽園だとか幸福な場所と謳われてはいるけど、実際は特に何も無い唯の真っ白な空間でしかない。生前、善行積んだからといって行けるわけでも無い、神々に気に入られた御子が死後、その魂が他の魂と溶け合うまでの間弄ばれるだけの空間。地獄よりも地獄らしい場所だよ。

二つ目が僕達の今いる現世、多種多様な生命が存在し、生と死が両立する唯一の場所。大半の生物は死後、天界にも地獄にも行かずに魂の形が保たれる限りこの現世を彷徨うことになる。同時に例え天界や地獄に行った魂も、他の魂と溶け合う事でいずれは次の生命の原料となりこの現世に帰ってこれるんだ。これは少し転生者の構造に似てるね、違う点を挙げるなら完全に溶け合っているから元の生物だった頃の情報は何も無いってとこかな。そこらのゴブリンだって、魂の一部は昔竜だった可能性もあるんだ。


そして最後、三つ目が今僕が遊びに来ている地獄。神々に敗れた生物、或いは生物に敗れた神々が捨てられるこの世界のゴミ箱さ。




「相変わらず暑いねえ、此処は。流石の私でも少し汗かいちゃうよ」

「・・・地獄の最下層に降り立って汗で済むのは人としてどうかと思うが・・・。まぁ、今更か、久しいなガガンボ」


彼の名はエピルコルス。此処、地獄の最下層でタルタロスの封印が解けない様見張っている私の友人で、旧き神の一柱だ。まあ、元だけどね。


エピルコルスも元々は天界に住んでいたらしいんだけど、他の神々や旧き神達と違い人間達に過干渉だったらしい。火を与えたり、文字を与えたり、果てには魔法すら与えたとか。本人、本神?は恥ずかしいのか明言しないけどね。


ただ、それが他の神にとっては不都合だったらしく、罠に嵌められ複数の神にボコボコにされてタルタロスに叩き落とされたんだって。見たかったなあ、その時の光景。絶対面白いじゃないか。


「・・・タルタロスを封印してくれた恩人に言う事では無いかもしれんが、相変わらず腐り切った性格をしているな貴様は。神々と話し合ってみたらどうだ?仲良くなれるかもしれんぞ」

「酷いこと言うなあ、それじゃあまるで私の性格が神々レベルに悪いみたいじゃ無いか」


心外だね、あんな連中と同じにされるのは。




エピルコルスとの出会いは大体百年前だ。当時メディアが次元魔法を連発した影響で、時空に歪みが生じてしまったらしい。それも運悪くタルタロスの封印を引き裂く様にね?結果封印は瓦解し、中からこの世界の膿が溢れ出て、本来ならあの時点で、天界も、現世も、地獄すらも、滅んでいた筈だったんだ。

ただ、この世界の幸運が二つ起こっていた。一つは言うまでもなくこの私、ガガンボが既にこの世界に誕生していた事、封印が解けるのが後五十年早かったら詰んでたね。

二つ目が彼、エピルコルスがタルタロスの表層に封印されていた事。エピルコルスは旧き神の中でもかなり強い方であるかつ、人間達を守る為なら例え自信が消滅しようとも構わないなんていうイカれた精神性を持っていた事だね。


「そこは素晴らしい精神性でいい、イカれたは余計だろう」

「実際イカれてるだろう?他の神々が躍起になって天界を地獄と現世から切り離そうとしてる中で、私が此処に辿り着くまで溢れ出たモノを抑え込んでいたんだから」


その上、タルタロスを再封印した後も天界や現世に戻らず、この責苦の様な地獄の最下層でタルタロスの封印を見張り続けているんだから、やっぱりイカれてるよ、君は。


「ああ、そうだ。君にお土産があったんだ、私を崇める神殿に君の彫像を作らせてあるのは知っているだろう?そこにこの花が添えられていてね。君、こういうの好きだって言っていたよね」


次元魔法で異空間から一輪の花を取り出す。なんて事のない、現世ならそこら中に生えてる様な花だ。同時に、この地獄では決して見る事のできない花でもある。


「・・・そうか、感謝する」

「うん、その花を添えた子に伝えておこう。一応魔法をかけてはいるから一週間くらいは持つと思うよ」


髭面のおっさんが感慨深そうに花を見つめている。ギャップ萌えでも狙ってるんだろうか、無理だと思うけど。




「さて、本題だ。此処最近、誰かこの地獄に来なかったかい?」

「あぁ、来たとも。一年ほど前、癇に障る道化師が一人と腹立たしい神々の気配を携えた人間が五人。この私に協力を求めてきた、神として復権させる代わりにタルタロスを使わせろとな」


ふーん?また道化師か・・・、にしても元神の癖に神々が嫌いってやっぱ変だよね?


「それで、その子達はどうしたの。殺した?」

「まさか、気に入らないという理由だけで私がそんな野蛮なことをするわけがないだろう。汚泥に投げ入れるだけで勘弁してやったわ」


・・・地獄の汚泥って物質化した呪いの塊だった気がするけど・・・。まいっか、私の知ったことじゃない。


「まあ、君も気付いていると思うけど、そろそろ神々との戦争が始まりそうでね。私の予想ではその内、タルタロスを解放しようとする頭の悪い奴が来ると思うから様子を見にきたんだ」

「そういう事か、あの道化師共がその兵隊なのだな。・・・なら殺しておくべきだったか、しくじったな」

「気にする事はないさ。私の考えが正しければ、その六人は生きていようが死んでいようが大して変わらない」


仮にエピルコルスが殺していたとしても、回収されて心臓を喰らう者の糧にされていただけだろうしね。


「取り敢えず君が無事で良かった。いかに私といえども、現世で戦いながらタルタロスを守るのは面倒臭いからね」

「そこで、大変、ではなく、面倒臭い、なのが貴様らしいな。・・・それで?私の生存を確認しに此処まできたわけじゃあるまい。さっさと用件を言え」

「いや何、寂しがりやの君の為にペットを用意してあげようと思ってね」

「・・・ペット?」




「いやー、現世は良いなあ。神やら、英雄やらの成れの果てが襲いかかってくることもない。地獄に行くと実感するね、現世の呪いに満ちていない空気の美味しさを」

「今の発言で理解したよ。君が以前、ワタシに地獄は向かない。と言った意味が」


地獄から帰還した私は自らの屋敷でモルフィと寛いでいた。

あの後、エピルコルスのペットを用意するのに半日程かかり、今は宣戦布告から丸一日が経過している。周辺国は既に阿鼻叫喚の様相らしい。民衆は私の名前など童謡や吟遊詩人の詩でしか知らないが、魔大陸でのデモンストレーションがかなり効いた様で、市民どころか兵士からも国外への脱走者が出ているとか。思い通りに行きすぎて笑いが止まらないよ。


流石に、転生者の情報は拾えてないらしいけど、今まで通り神々の傀儡とはいかないだろうねえ。


「・・・そういえば、君がいない間にサツキと話したんだけれどね、彼女もどうやら戦争に参加する気らしいよ」

「おや、それは意外だ。てっきり、落ち込んで部屋に籠るかと思っていたんだけど。・・・まあ、あれだけ不安を煽れば神々に対する憎悪も生まれるか」

「うん、元々神々に不信感は抱いていた様子だったけれど、君の演説を聴いて復讐心に駆られたらしい。今はメディアに戦い方を教わっているよ」


それは重畳。私も頑張って演説の内容を考えた甲斐があるってものさ。


けど、少し不安もある。メディアの結界を容易に破った彼女の力、あれならおそらくタルタロスの封印も破れそうなんだ。元々あの封印は溢れ出るものを抑える効果はあるけど、外部からの干渉には弱い。心臓を奪われない様、サツキちゃんには常にメディアをつけていた方が良さそうだ。


「それで、ガガンボ。後六日間、どうやって過ごすつもりだい?何もしないわけじゃないんだろう?」

「いや、何もしないさ。勿論向こうが動けば対応はするけど、無闇に私が動けば混乱している転生者たちが思考をやめて連合軍に従いかねない。だから今は何もせず、彼等彼女等に思考する余裕を与えるんだ」


元々転生者達を使い捨ての駒として創り出した連中だ、思考する時間を与えれば勝手に内側から崩壊する事になる。


味方に居ると困るけど、敵にいる愚か者というのはとてもありがたいのさ。

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