2 懐かしい顔
オリエンテーションの翌日から、泰奈の通常の登校が始まった。
泰奈に割り当てられたクラスは予備学年のB組、通称〇Bだった。能力に覚醒した最初の年の学年末までは、予備学年こと特高〇年生となるわけである。
正門をくぐり抜け玄関から校舎内に入り、昨日有寿に教えてもらった一番奥の靴箱に進むと、各生徒に用意された靴箱の一角に『月丘』のネームプレートを発見した。上履きに履き替え、自分の靴箱に靴を仕舞う。
〇年生の教室は校舎の四階だ。三階が一年生、二階が二年生。そして一階に、三年生の教室棟と、職員室や保健室などの特別教室が割り当てられている。
まだ泰奈はここで、知っている顔を見ない。元々通っていた公立中学の同級生が何人か、泰奈より先にここに編入になっているはずだが、彼らの姿もまだ見ていなかった。
「……大丈夫かなぁ」
少しの不安が、また泰奈の心を占め始める。四階までの階段を昇りながら、その足取りはやや重かった。
最後の踊り場に辿り着いた頃、
「……泰奈!?」
聞き覚えのある声が降ってきた。
「……理都ちゃん?」
「泰奈じゃない!」
中学で離ればなれになって以来あまり会えなくなっていた、幼なじみの露木理都が駆け下りてきて泰奈に抱きついた。
「ちょ、ちょっと理都ちゃん、苦しい……」
「ごめんごめん、久し振りだから嬉しくて! 泰奈もここに来たんだね!」
ぎゅっと込めていた力を解いて、栗色の髪をポニーテールにした溌剌とした少女は嬉しそうに泰奈と目を合わせる。
「うん。理都ちゃんもここにいたんだ?」
「少し前からね。ほら、監督局から通知が来たから」
「……目覚めた能力について、書かれてた?」
「通知書には、何も。けど、わたしのは〈浮遊〉みたい」
既に理都は、自らの能力について把握しているのだ、と泰奈は思った。
「〈浮遊〉……それって」
どんな能力かを尋ねようとすると、理都もそれを汲み取って、
「例えば、そうね、泰奈、ちょっとその鞄に着いてるマスコット、貸して?」
泰奈の通学鞄の小さな猫のぬいぐるみを示した。
「うん……はい」
鞄からキーホルダーの金具を外し、泰奈は猫のマスコットを理都に手渡す。理都はそれを両手に載せると、
「見ててね――ほら」
何かを念じるような素振りを見せた次の瞬間、猫のぬいぐるみがふわりと浮き上がる。
「……わ」
泰奈は驚きと感心の籠もった目でそれを見た。
「まだ軽くて小さなものにしか完全な制御は利かないんだけどね。ゆくゆくは、もっと大きなものとか重いものも扱えるように、訓練していくことになるんだって」
「すごいね、理都ちゃん」
「まだまだだけどね、はい、ありがとう」
浮遊させていた猫を元通り両手に収めて、それから理都はそれを泰奈に返す。
「私は……本当に何かの能力、持ってるのかなぁ?」
泰奈が不安を口にすると、理都は大丈夫、と励ますように言ってから、
「だってまだ編入したばかりでしょ、泰奈。何の能力に覚醒したかなんて、みんな通知書には書かれてないみたいだよ。ここで少しずつ把握していくの。そういう授業もあるから、心配しなくて大丈夫」
明るく続けた。
「……そういうものなの?」
「うん、そういうものみたい」
理都の笑顔に、泰奈は僅かに安堵する。
「あ、泰奈、クラスは?」
「B組だって聞いた」
「本当? やったー! わたしも〇Bだよ、同じクラス!」
「本当?」
「ほんとだってば! てことは担任も一緒、三角先生。やったね泰奈、イケメンな上に優しい先生だよ!」
そう言えば理都は意外と面食いだったことを、泰奈は思い出す。少し苦笑しながら、
「相変わらずだね、理都ちゃん。ちなみにその三角先生って、能力は……?」
特高の教師は当然、何らかの能力を持ち合わせており、そしてその全員が特殊公務員である。
「目の保養は大事だからね~。三角先生は〈復元〉の能力持ち、しかもかなり上位!」
「〈復元〉?」
泰奈は無意識に、制服の上から紅玉を収めた布袋のペンダントに触れる。
――ならば、あるいは。
あるいはこの紅玉を、復元してもらうことも可能かもしれない。相談の余地はある。
「……? 泰奈、どうかしたの?」
理都が不思議そうに首を傾げた。
「……実はね――」
幼なじみということもあり、理都も紅玉のペンダントのことは知っていた。何故なら泰奈は幼い頃からずっと、紅玉のペンダントを身に着けているからだ。
泰奈はペンダントに起きた出来事を、かいつまんで説明する。
「――そんなことがあったの。大変だったね、泰奈」
聞き終えた理都が沈んだトーンで言って、再び泰奈を抱きしめる。
「……ありがとう、理都ちゃん」
「あとで三角先生に相談してみよう。何たって〈復元〉の能力持ちだもん、きっと何とかしてくれるよ」
理都はいつもこうだった。泰奈が何かで落ち込むと、寄り添ってくれる幼なじみだった。
「うん。ありがとう」
泰奈の不安も少しずつ晴れていく。
紅玉が割れてしまってから、結局すぐに泰奈の元に能力監督局からの通知が届き、準備に追われることとなった。だから今日まで、その修復方法については何も調べられずにいた。
その状況が少しずつ好転しているように、泰奈には思えた。
昨日の有寿との出会い、そして今日の理都との再会に、担任の三角という存在の示唆。
まだまだ心配事はあるものの、不安と緊張で押しつぶされそうだった泰奈の心が少しずつ解けている。
「あ、教室判る? 一緒に行こうよ!」
理都が泰奈の手を取った。
「ありがとう、でも理都ちゃん、どこかに行こうとして降りてきてたんじゃないの?」
「予鈴鳴るまでコンピュータ室で暇つぶししようかなって思ってただけだから大丈夫、気にしないで! ほら、行こう行こう!」
理都はまた明るく笑い、先ほど降りてきた階段を昇り始める。泰奈もそれに引っ張られ、理都と同じ速さで階段を駆け上がった。
階段を昇りきって三つ奥の教室がB組のようだった。予備学年、特高〇年生たちがにぎやかに過ごす始業前の教室に、二人は入っていった。




