響く鈴の音
鈴の音が響いた。
月丘泰奈がお守りとしてずっと身に着けていた紅玉のペンダントトップが、何の前触れもなく割れてしまうのと、それは同時だった。
泰奈が十五歳を迎えた誕生日の、ちょうど一週間後のことだった。
十五歳の誕生日を迎えると、能力に覚醒する者がいる――。
世界でその事実が公表され、教育機関の体制が改められたのは、もう一昔前になる。
覚醒した子供たちは、異能とも呼ばれる不思議な力の使い方を学ぶため、特殊な学校に編入されることになる。かつて中学三年生とされていた学年は、高等学校予備学年、と呼称を変えた。
何らかの能力に目覚めた場合、それは必ず政府機関である能力監督局が察知し、該当者に対して特別学校への入学案内が送られる。その時点では大抵が高等学校予備学年に当たっているため、中高一貫である特別学校の予備学年への編入となる。中高一貫とはされるものの、実質はその予備学年を含めた四年制の学校である。
この特高――特別高等学校を略して特高と呼ばれるのだ――への編入及び入学に関して、拒否権はない。それは能力に目覚めた者に課される義務だった。将来的には特殊公務員となり、能力を用いて治安を守る職に就くコースがほぼ確定となる。能力や個人の適性に合わせ、その職には様々な幅があった。
十五歳とはだから、この時代を生きる少年少女たちにとって特別な年齢だった。
その十五歳の誕生日を、泰奈は祖父母に祝われて過ごした。
「お誕生日おめでとう、泰奈」
「おめでとう、泰奈ちゃん」
「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん」
泰奈ははにかんでから、ケーキに立てられたろうそくを吹き消した。
それから両親の写真を見やる。両親が事故によりこの世を去ったのは、彼女がまだ十二歳の頃だった。写真の中では泰奈を真ん中に、家族三人が幸せそうな表情を浮かべていた。それが最後の家族写真になった。その後、泰奈は父方の祖父母に引き取られて育てられている。
「本当に、良い子に育って……」
祖母の鶴季がほんのりとその両目を赤くして、祖父の賢臣が妻の肩にぽんぽんと触れる。
「おじいちゃんとおばあちゃんのお陰だよ。いつもありがとう」
おばあちゃんはこのところ、前よりももっと涙もろくなったな、と思いながら泰奈は言う。
「さあ、今日はお祝いだから、泣くな鶴季。泰奈もしっかり食べるんだよ」
「はーい、いただきます!」
食卓には、泰奈の好物ばかりが並んでいる。料理人である賢臣が手掛けた料理が大半だった。だがオムライスは鶴季の作だ。泰奈は祖母のオムライスも大好物だった。
もしも能力に目覚めるなら、今日だ。
それは泰奈に少しの緊張をもたらしたが、きっと自分にはそういうものは無縁だ、とも思っている。異能を扱う特殊公務員は多くの少年少女たちが憧れるものではあったし、泰奈自身もまったく憧れがないと言えば嘘になるが、自分にはもっと地味で普通な人生の方がお似合いだ、と思っている。それにその方がきっと、平穏に暮らせるだろう、とも。
だから泰奈はほんの少しだけ緊張したものの、すぐにその意識を食卓に並ぶ好物へと向けた。
そして、ささやかなパーティーを楽しんだ。
料理もケーキも、どれもいつもよりもずっと美味しく感じた。
そのちょうど一週間後の夜。
部屋で宿題をしていた泰奈は、ふと思い出したように何気なく、胸元に光る紅玉のペンダントトップに触れた。
楕円形の透き通る紅玉は、泰奈のお守りだった。幼い頃に両親から贈られたもので、以来彼女はずっとそれを身に着けて過ごしている。
濁りのない、深みを湛えた美しい紅色の宝玉は、正確には何らかの宝石なのかどうかは知らない。その由来を聞く前に、両親はこの世を去ってしまった。ただ、とても大切なものだとは聞いている。だから泰奈はほぼ肌身離さずペンダントをしている。
祖父母に聞けば何か由来が判るのかもしれなかったが、何となくそれを避けていた。昔一度だけ質問した際に、鶴季の瞳が悲しそうな光を帯びたのを見て、それ以上踏み込んではいけない気がした。
そっと触れた紅玉からは、つややかな質感が伝わってくる。それを確かめて、再び宿題に向かおうとしたところで――
鈴の音が響いた。
とても澄んだ、どことなく柔らかい音だった。
その音は、どこかで聴いたことがあるような気もした。
そして。
それと同時に、紅玉が二つに割れ、ペンダントのチェーンから落ちた。
「――え?」
予期しない出来事に、泰奈は一瞬フリーズした。
目の前に、深みを湛えた赤い宝玉の欠片が、二つ転がっている。
「……どういう、こと……?」
慌てて両手で二つの欠片を拾った。
断面は平らで、まるで鋭い刃物で切断したようだ。
二つを合わせてみると、欠けている部分もなくぴったりと元の形を示すものの、断面が元の形に繋がることはなかった。
「そんな……」
両親から贈られた大切なお守りの変わり果てた姿に、泰奈は動揺する。
「ど、どうしよう。元には……戻らない……どうしよう」
泣きそうになりながら、何度も欠片同士をぴったり合わせ、しかし元には戻らない現実だけが突き付けられる。
「お父さん……お母さん……」
勉強机の上にも飾られている二人の写真を見て、泰奈は涙声で呟いた。
「どうしよう、割れちゃった……」
当然、写真の中で微笑む両親からは返事などない。
泰奈はしばらく茫然とし、二つの欠片を見やっていた。
やがて、小さな布製の袋に欠片をそっと入れると、その袋に紐を付け首に提げた。明日、放課後にでも修繕を頼めるところがないか探してみよう。そう思った。確か、能力を用いてそういった修繕を担当している特殊公務員も存在すると聞いたことがある。そこなら修繕費はそれほど掛からないはずだ。きっと――何とかなる。
泰奈はこぼれそうになる涙を堪え、紅玉の破片が入った布の袋を右手でそっと包んだ。
だが、結局翌日はそれどころではなくなった。
泰奈の元に、能力監督局からの一通の通知が届いたためだった。
――月丘泰奈様
規定により、都立特別学校予備学年への編入を通知します。
下記に従い手続きを進めて下さい。
期日:――――




