第七十五話 名のない盌に残るもの
三日後、駅の時計が動き出した。
修理工が歯車を外したわけではない。
午前二時十三分で固まっていた長針が、突然一分進み、そのまま通常の速さで回り始めた。
寺の柱時計は、その翌朝。
志乃の腕時計は動かなかった。内部の金属が緑に変色し、ぜんまいを巻いても針は二時十三分のままだった。
三つの時計が同じ時刻を示した夜は終わった。
終わったあとも、三つは同じ時間へ戻らなかった。
警察の報告には、水城律の失踪場所が〈佐々木窯付近〉と記された。
鉄道側の記録では〈第九観測口側線外〉。
産院帳には、律が門へ向かう前の意識確認しかない。失踪を目撃していないため、場所を書かなかった。
寺の帳面はさらに違った。
〈夜明け前、若き抄写人ひとり戻らず〉。
名すらない。
どれも完全ではなかった。
警察は緑円を書けない。正式報告へ未知の門を記せば、記録そのものを押収される可能性がある。そこで火災、地盤損傷、混乱中の行方不明として提出した。
内部の別紙には、門が閉じた後に身体を確認できなかったと大橋が書く。
その別紙も、一枚の秘密報告にはしない。
片山の目撃、佐和の聴取、大橋の非目撃を別々に綴じる。
鉄道は、失踪者捜索より先に線路復旧を求められた。
第九口前の側線は外したまま。崩れた本線は徐行で仮復旧。医薬品の遅延理由には地盤損傷、車両分離、安全確認と書いた。邪術とも神罰とも書かない。
機関士は左肩を動かせるようになるまで、長く運転へ戻れなかった。
鉄道側の事故記録には、注水管破裂による熱傷とある。緑骨や門はない。
それでも本人の私用帳には一行だけ残った。
〈知らん兄ちゃんが、俺を荷物にせんかった〉。
元軍曹は、右手の指を一本失った。
左の二本も、冬になると痛んだ。
彼は集合命令へ従ったことを恥じ、警察へ自分を処罰するよう求めた。
大橋は拒否した。
「鐘を軍命令やと思うた。それで来た。罪にするなら、同じ鐘を聞いた全員から事情を分けて調べる」
元軍曹は納得しなかった。
それでも寺の庫裏で、歩けない避難者の食事を運ぶようになった。贖罪と呼ぶ者もいたが、本人は「手が残った方で運んどるだけや」と言った。
志乃の手首の白い輪は消えなかった。
震えは少し弱くなった。診察を一人で続けず、助手へ患者状態の記録と異議を言う役を正式に頼んだ。助手が医師になったわけではない。医師の判断が唯一の入口になることを避けるためだった。
名前欄を空けた患者は、五日目に筆を求めた。
庭へ移した寝台から、寺の垣根が見える。
冬でも葉を落とさない木が一本あった。
患者は助手へ、木の名を尋ねる仕草をする。
「榊」
教えた瞬間、助手は口を押さえた。
以前の仮名を戻してしまったと思った。
だが患者は驚かなかった。
思い出した顔もしない。
応答板へ、ゆっくり同じ字を書いた。
〈榊〉
その下へ続ける。
〈この名を、今から使いたい〉
前の榊を取り戻したのではない。
同じ木を見て、もう一度自分で選んだ。
志乃は以前の記録と同じ名だと説明するか尋ねた。
患者は頷いた。
説明を聞いたあとも、選択を変えなかった。
「以前の自分が選んだから」ではなく、「今の自分が選ぶ」と板へ書く。
診察帳の空欄へ〈榊〉が戻った。
声は戻らない。
胸内の緑板も残る。脈は十二まで上がったが、健康な人と同じではない。
名前が戻ったから身体も記憶も元通り、とは誰も書かなかった。
碧の白化は、左肩と首の境で止まった。
左腕は動かないまま。皮膚は冷たいが、亀裂も粒子化も進まない。
彼女は空貨車から、窓のある小部屋へ移された。外から鍵を掛けず、入口には見張り。命令発信、耀盌接近、無面呼出しは禁止。外へ出るときは、本人と見張りが目的を一つずつ確認する。
これは釈放ではない。
監禁とも同じにしない。
春夫への布置を含む調査は続く。
春夫は、碧を許したとは言わなかった。毎日会いにも行かない。三日目に一度だけ、首の白化が進んでいないか炭線を引き直した。
「死んでへんか見るだけや」
碧は礼を言わなかった。
礼を求められていないと理解して、右腕を差し出した。
第九口は封鎖されなかった。
入口を埋めれば、中の二十三件の凍結資料と原田正雄に関する記録へ誰も近づけない。開放すれば、別の者が装置を再使用する可能性がある。
入口の石扉だけを外し、地下へ降りる梯子を三分割した。
上段は寺。
中段は鉄道倉庫。
下段は窯場。
三つを揃えれば入れる、という新しい鍵にはしない。各保管者は、梯子を出すかどうかを自分の責任で決める。三者が揃っても入らない判断ができる。
地下の正確な配線図は作らなかった。
警察は被害経路。
鉄道は暗号表と第四六九号箱。
寺は無断採取された名と記憶を残すことの害。
窯場は素焼き片による隔離の成功と失敗。
後世の者が一冊読めば再現できる形にしない。
耀盌も同じだった。
本体は、銘のない器が並ぶ窯場の棚に置かれた。
定期点検は安達と別の火番が行い、外観を見るだけ。水を張らない。暗所で光を試さない。律や賀茂静の名を呼ばない。
警察は外観特徴を持つが棚を知らない。
町会は箱へ移した日を知るが、その後の棚移動を知らない。
駅は第四六九号箱の経路を残すが、現在の器と同一だと断定しない。
佐和は、一度も棚を見なかった。
その代わり、律の声を記した紙を自分で持った。
誰かに真実として押しつけるためではない。
自分がいつか「返事などなかった」と疑い始めたとき、当時そう聞いた自分がいたことだけを確かめるためだった。
王仁三郎は、耀盌へ新しい銘を付けなかった。
律を讃える名も、門を退けた名も刻まない。
「未来を見た若者がおった、と書けば、皆そこだけ欲しがる」
彼は窯場で割れた茶盌を直しながら言った。
「あの子が残したんは、当てる力やない。外れたとき、止まって人に聞く手間や」
私的な覚え書きには、もっと短く記した。
〈名もなき抄写人、未来を言い切るなと教う〉
水城律の名を書かなかった。
消したのではない。
その紙一枚が、律のすべてにならないようにした。
数年が過ぎた。
戦争が終わり、人が移り、窯場の棚も何度か並べ替えられた。
安達の帳面には、器を移した日が二度記されている。三度目はない。火番の記録には、別の棚へ移したとあるが棚番号が焼けて読めない。
警察の外観記録は、役所の整理で別の火災資料と一緒に綴じられた。
鉄道の第四六九号箱記録は、軍用書類の廃棄印を押されながら、穿孔部分だけが残った。
誰かが意図して流したのか。
ただの在庫整理だったのか。
銘のない曜黒の茶盌は、いつしか窯場の棚から見えなくなった。
盗難届は出なかった。
どの器が対象かを一つの台帳で証明できないためだった。
それでも、完全に消えたわけではない。
古道具商の帳面に、〈銘なし、銀ひび一、由来不詳〉と書かれた器が一度現れる。
別の収集家は、口縁に欠けのない曜黒盌を写真に撮った。底に署名はない。
写真の釉面には、撮影者が気づかなかった細い輪が七つあった。
光の反射かもしれない。
現像むらかもしれない。
天目が残した折り目かもしれない。
写真はやがて、由来不明の茶器資料として別の国へ渡り、さらに何十年も後、古美術品の競売記録へ読み込まれることになる。
そこにも、水城律の名はない。
あるのは、互いにつながり切らない記録だけだった。
午前二時十三分で止まった腕時計。
一本足りない窯板。
白い狐を見たという片山の紙。
何も見なかったという大橋の紙。
〈ここにいる〉と聞いた佐和の紙。
そして、銘のない盌の写真。
どれか一つでは、あの夜を説明できない。
だからこそ、誰か一人が都合のよい未来へ書き換えることもできなかった。
水城律は、記録の上で死んでいない。
戻ったとも書かれていない。
ただ、見つからない者として、いくつもの余白のあいだに残った。
本編はここまで。次回はもっとお楽しみに!




