第四話
私は誰だ?そう、私はてるてる。
ルナオンにおいて最古参の最強プレイヤー。知らないものはいない指名手配つきの大悪党様。
よし、その通りだ。
では、この状況はなんだ?
そこに立つのはミルクのように濃厚な白に覆われた、威圧感のある綺麗な美人だった。
この…このアバターも素敵だけど!長年かけて作り上げた“てるてる”じゃない。
私は、今の私は何なんだ!
思わず一人の男をにらみつける。
突然現れ、意味の分からないことを言い出したこの男。最高の悪役という表現は褒めてやるが、とてもいけ好かない。
「そんな顔しないでください。私は敵ではありませんよ」
男は困ったように苦笑いし首を傾げる。
誰のせいだと出そうになった言葉を抑え込む。
一旦落ち着こう。
「この状況に納得できないの。さっさと説明してもらえる?」
手を軽く振り、ぶっきらぼうに話した。
そしてすぐに気づく、この謎の違和感に。
——あれ、いつもの私だったら『説明してくれ』と言っているはず。
声や言葉遣いがどこか上品だ。
この姿は口調まで変わるのか?
いや、変わったというより——自然にこうなる。
まるで元からそうだったかのように。
するとこの質問を待ってましたと言わんばかりに、男は口を開く。
「そうですね!では改めて、初めましててるてる様。
私は【ルナリス・オンライン】の運営をさせていただいております。育と申します」
男は手を広げ、お辞儀をした。
「運営、ですって…?」
「はい!」
声にならない声に大きく反応してきた。
混乱する私に対して、育と名乗ったこの男はとてもうれしそうに、にこにこしている。
いやそれより、なぜ私に接触してきた?
もしかして。
「私に一体何の用?まさか普段のプレイに対して文句でも言いに来たのかしら」
苛立ちや焦りが言葉に表れる。少し高圧的な物言いになってしまった。
それに対し——
「注意?そんなはずありません!」
育は驚いたように顔を前に突き出し、そのまま続ける。
「混乱させてしまい申し訳ございません、てるてる様。
しかし、我々運営はあなた様を尊敬しているのですよ」
「はぁ?」
そう満面の笑みで言ってきたのだ!
私は予想外の言葉に固まる。さらに——
「あなた様のプレイですが、とても素晴らしい!
常識の枠に収まらず自由に、そして楽しそうにプレイしておられる!」
え?
「このゲームは自由を大切にしていますが、ルールもございます。
しかし、そのルールの範囲内での悪役プレイ、お見事の一言!
他のプレイヤーを翻弄し、常に話題の渦中にいらっしゃる」
え、ちょっと!
「あなた様のプレイスタイルはまさにエンターテインメントそのもの!
運営の中でもファンがおりまして!あ、ちなみに私も…」
一気に波が押し寄せるように言葉が流れ込んでくる。
なんて早口なんだ。
口をはさむ余裕がなかった。
長年遊んできたゲームではあるが、この運営は大丈夫か?
ルールの中とはいえ、悪役プレイは要するに迷惑行為だぞ?
「あなた様を追いかけることが一種のイベントのようなものになっているのですよ。
このゲームを盛り上げている、ある意味重要なひとつのコンテンツです。
本来その”熱”は我々が提供しなければならないものなのに……」
今度は寂しそうな顔をし始めた。
うーん、仕方ないな。
気まずくなったから、少し慰める。
「そんなことはないわ。アップデートは欠かさないし、新要素もたくさんある。
まあ私がここまでこのゲームを楽しんでプレイできたのは運営のおかげではあるわね」
思ったより言葉がポロポロ出てしまう。少し恥ずかしいな……
と思っていたら——
「ありがとうございます!あなた様に直接そう言っていただけるなんて!」
暗かったその表情がパアッと明るくなる。
さっきの調子を戻したようだ。
少し照れ臭いが。
それじゃあ早く、彼が忘れている大事な説明をしてもらおう。
「それで?説明はどこに行ったのかしら?」
やはり育は説明を忘れていたようで、急いで姿勢を正し、こちらに向き直る。
「そうですね。ではてるてる様。
あなたはこの度、運営がひそかに進めているビッグプロジェクト!
前代未聞、今まで誰もやってこなかった新しい試み!」
なかなかじらすなこいつ。
「数ヶ月後に行われるイベント、プレイアブルボスの一人に選ばれました!!」
その瞬間、私たちがいた黒い空間は突然色を変え、
真っ白い背景に、
【イベントボス就任おめでとう!】の文字がばばんと目の前に飛び出してきた。
周りにはカラフルな風船に、どこからか現れた紙吹雪が舞っている。
なんてふざけた場所だ。
さっきの空間のほうが落ち着いていて——って違う!
なんだって?イベント?プレイアブルボス?私が?
プレイアブルということは——
「NPCではなく人間にモンスターを、それもボスをやらせようというの?」
思わず目が見開いてしまう。
とても驚きを隠せなかった。
「その通り!さすがてるてる様!
この企画はプレイヤーの中からボスにふさわしい強さと感性を持っているプレイヤーを選出し、
その方に、ボスを演じていただくのです。
この企画は私めがてるてる様のプレイで着想を得たので、
必ず一人はてるてる様と決めておりました」
育は「言っちゃった!」と体をもじもじさせている。
なんということだ。
今までいろんな新しいシステムを提案してきた運営だが、まさかそんな計画をしていたとは。
こんなとんでもない計画を……?
この、情けなくへらへらしてるやつが……?
「うちのキャラはある程度自立して動けますが、やはり法則が見えてしまうんですよね。
今までの機械のモンスターと戦うこと、とてもじゃないですが、新鮮味がなかったでしょう。
しかし、生身の人間が行えば?毎度新しいストーリーが生まれます!」
育は興奮気味に続ける。
「皆が思い浮かぶ疑問や懸念点は、すべてクリアしておりますよ」
うーむ。確かに、モンスターはいつも一定のパターンだ。
特に私みたいに長くプレイしていたら飽きもする。
こいつはそこまで考えていたのか。
「ちなみにボスはこちらで準備したモンスターを選んでいただき、そのモンスターの力でボスをつとめていただくつもりです。以前お送りさせていただいたスキルが決定のスイッチです。
8名のボス候補のプレイヤーに皆同じ形式で送らせていただいております」
やっぱりあのスキル、運営が送ったものだったのか。
「はっ、そうでした!あのモンスターに名前を付けていただきありがとうございます!
そのぉ……今までにない試みのためのモンスターでしたので開発に手間取ってしまい名前が……」
それで私はあの大きい蜘蛛と出会い、
そして名前を付け忘れて、私に名づけさせたと。
はあ……なんだか一本取られたようでむず痒い。
「だが、こんないかにも怪しいスキル、よほどの人間じゃなきゃ受け取らんだろう?」
差出人不明、どうぞの一言に、存在しないスキル。
誰だって無視するだろう。私もそのつもりだったのに——
「ええ、そうですね。あくまで“選別”の一環とでも言いましょうか。
お断りされた方はご縁がなかったということで、別の候補者へとご案内を進めてまいりました」
なんともまあ、自由なやり方。
あの時私がミスしなければどうしたんだ。
他のやつが受け取らなかったらどうするんだ。
「てるてる様が無視することはないと信じておりました。
それにしっかり人数は集まったので大丈夫ですよ!」
心を読まれたようにそう返され、驚いた。
というか私、無視してたんだけどね。そんな言葉は飲み込む。
まあ、ボスか。
一体ゲームをプレイしている人の中で、自分がボスになる想像をする人はどれだけいるだろうか。
今までただ好きなように遊んでいた日常にやってきた非現実。
それが今目の前にある。なんだか不思議な気分だ。
自分で作る悪役ではなく、
【本物】のボス。
悪役プレイで楽しんでいた人間が、
嫌だといえるわけないだろう。
しかし、呆けている私を見て、断るのではないかと心配したのか、育が突然慌て始めた。
「そ、その時間をとらせてしまうのもわかります。
てるてるというアカウントに時間を割けなくなってしまいますが、
もちろんメリットもあって、追われる側ではなく、相手を待つというか、そのずっしりと構える側にあるのもいいのでは!
あ、いいやその、報酬!報酬も出ます!あと——」
大の大人でしょうが。あわあわしている様子についクスッとしてしまう。
しかし、てるてるという存在を捨てることになるのだろうか。
とても魅力的ではあるが、それは……とてもじゃないが了承できない。
てるてるではない真っ白い手のひらをじっと見つめる。
そしてまた躊躇する。
だってあの姿こそが、私の自由だから。
やっぱり断ろうか……
すると突然、育が凛と立ち、こちらを見つめる。
「ああ、ちなみに。ボスをやるのはてるてるではありません」
育は手のひらをこちらに向け、そう言う。
「あなたです」
あまりに抽象的で、
その言葉を飲み込めない……
「わ、たし?」
「あなた様自身が、てるてるとまた新たにもう1つの悪役を手に入れるのです。
まあつまり、新たなアバターを用意するので、てるてるは消えないってことです」
目の奥に、ぱちぱちと閃光が走る。
体の芯が、興奮で早くなる鼓動にその身を震わせる。
頭の中が、クリアになっていく。
新しい私?
「しかし、あなた様が望む自由はないかもしれません……。ボスはやられることが仕事ですから」
てるてるのように好き勝手できないと。
私は細やかに体が震えていた。これはなんだろうか。
自由がないのが嫌?誰かに倒されるのが無理?
いや違う。
それは、私が憧れた、最高の悪役だ
すると肩にずんと何かが乗る。
そこを見ると白く、小さい蜘蛛が乗っていた。
この感じ、もしかして、あのボス蜘蛛か?
私を掴んで離さぬ赤い目。
――そうか。
「その子もあなたがいいと言っています。
その…いかがでしょうか」
気づいたら、育は小さくなっていた。
ああ、おかしくて仕方ない。
ぎゅっと目をつぶり、覚悟を決める。
ふふ、私を誰だと思っているの?
ゆっくり顔をあげ、最高の同意を育に向ける。
「こんな面白そうなこと、乗らないはずないじゃない」
育は思わず息を呑む。
どうやらこのアバターの笑顔は、目を見張るような美しさだったらしい。




