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第一話

ふと、楽しかったはずの瞬間が頭に溢れる


 すべてが嫌になって、現実から逃げるように飛び込んだゲームの世界。確かルナオンの中で……あれはどこのエリアだったか。


 廃れた街の崩れかけた建物の影から、数えきれないほどのプレイヤーが顔を覗かせる。敵意を滲ませた視線がただただ鬱陶しい。

 

 こちらも視線を揺らし、どこからか現れた体躯を超える大きなハンマーを手のひらでくるくると回す。面倒だと感じていながらもその顔には皮肉めいた笑みが自然と浮かんだ。

 そんな余裕ある姿に苛立ちを覚えたのか、敵は襲い掛かってきた。

 

 手の中で踊るハンマーをバチっと掴む。

 ハンマーを振るだけで街が壊れる。当たったプレイヤーがどうなるかは想像に難くない。

 

 そんな様子をまるで他人事のように私は眺めていた。


 この時の私はなかなか荒れてたな。あまりに乱暴で無遠慮、ストーリーの欠けらも無い。

 実際この戦いも、偶然小競り合いとなったユニオンにちょっかいをかけるだけのつもりだった。

 それがまさか今の武勇伝となるとは。

 

 プレイヤーは私を囲み、絶え間なく攻撃を浴びせてくる。だが、ハンマーを携えお構いなし。群れを掻き分け、わずかな足場を縦横無尽に飛び回る。

 皆を振り回し、焦る彼らの顔を見ると心の奥底から言い表せぬ何かが湧き上がる。


 この後は——ああ、リーダーにとどめを刺したんだ。

 蹲る1人の男の前で歩みを止める。戦いで崩れた建物の破片の、風に揺られる音が静寂に流れた。他の奴らは必死に手を伸ばしてうるさいのに、目の前のこいつは目を見開き私を見た。

 だが残念、間に合わないよ。

 

 「私の勝ち。」

 にこりと笑い、手に持つ武器をリーダーにあわせる。


 もうこいつは、動かない

 

 心臓の中から、感情がぶくぶくと泡立つ。

 

 ああ!そうだこの時が一番楽しいんだ!

 待ちに待った瞬間。嬉々としてハンマーを天に振り上げた。

  ……その時だった。


 突然何かにバランスを崩された。何かが……胸に突き刺さった。

 感じたことのない痛みに、思わず体勢を崩す。手からハンマーがこぼれ落ち、どしんと音を鳴らして地面に亀裂を作った。

 

 何が起こったか頭が全く追い付かない。

 ゆっくり下を向くと、胸元から血ではない淡い光の粒が弾けていた。

 それは痛みの証なのに、まるで祝福のように舞い上がる。

 その光に紛れ何か鋭いものが、


 私の胸を貫通していた。


「い、たい……?」

するとその刃は瞬間的に闇を放ち、周囲を覆いつくした。

 咄嗟に身を守ろうと顔を伏せる。目を開けると、埃臭い廃墟も大量のプレイヤーも倒れ込むリーダーの姿もない、空虚な暗闇が広がっていた。

 


足がふわりと浮く感覚が。途端に体がふと軽くなる。

ああ、またこの宙に漂うような感覚だ。


 頭が騒ぎ、呼吸が乱れる。どうすればいいのか体も心も宙ぶらりんだ。


 目の前は真っ暗。ここはどこ?無の空間を、ただ視線でなぞる。


……なんて茶番。

分かってしまいそう。それでも思い出したくなかった。

 

 声が重なる——耳をふさいでも、目を伏せても、脳に届いてしまう!


「どうせお前だろう」

——その声だけが、何度も頭に響いた。


責め立てる声が脳をぎゅうぎゅうに圧迫してくる。

 何もできず、ただうずくまるしかない。

——違う、私じゃない、私じゃ……!


 落ちていく感覚に身を任せる。暗い深海の底に沈んでいくような感覚。

 もう何も考えたくない、そう思った時。遠く上方に白を帯びたカーマインの赤い光を見る。

 見たことの無い、静かな光。その中心から人影が手を伸ばしていた。逆光で姿は見えない。その輪郭だけが記憶に残った。

 

『てるてる様、我々はあなたを待っております……!』

 その声を見上げ、私は思わず手を伸ばす。ここからでは決して届かないのに。

 

 それは私に何かを問いかけるようで——

 

 

ハッと目を開く。

 見慣れた天井、頬を伝う冷や汗。胸の奥の嫌な鼓動が頭を叩いてきて痛い。

 見上げるように窓を見る。朝を知らせる優しい太陽の光と、隙間から入る風の心地よさに少しずつ呼吸が整う。

 

ここは夢でも、ゲームの中でもない。


机の上に整えられた教科書の山。

そして、その横に置かれたゲームのゴーグル。


 それを見て、私はようやく目を覚ました。





【ルナリス・オンライン】

VRMMOの中でも、世界規模でプレイヤーを抱える覇権タイトル。

自由で美しい世界と、多種多様な武器。

そして、欠かされることのないアップデート。

「皆が楽しむエンターテインメント」を掲げる運営の元、第二の人生とも呼べるそのゲームに、世界中が熱狂した。


そんなルナリス・オンライン、略してルナオンの日本サーバーに、悪党プレイを繰り返し、知らぬものはおらず。

常にこの世界を騒がすひとりのプレイヤーがいた。

その名は——

【てるてる】



――ルナオン内のどこかにて


「やべえ、さっきてるてるが暴れてるの見ちまった……」

「てるてる?聞いたことあるな……」

「お前!てるてるを知らないのはまずい!始めたばっかでも覚えとけ」

「わ、分かった……」


てるてるはこのゲームがリリースされた一番最初からプレイしている最古参の一人だ。

道の途中でプレイヤーに絡み、誰かが攻略していたモンスターを横取りするようなやつで

時には、パーティーを組むイベントでほとんどのパーティーを壊滅させることすらあった。それも一人で!

 その行動の数々から指名手配がつくほどだ!


「な、なるほど……」

「だが一番やばいのは——それほどのことをしていながら、死んだことがないんだ!」

「一度も?死んだことがない?」

「プレイ期間的にもてるてるがいちばんすごい!このゲームで一番有名な女プレイヤーだよ!!!」


 

「当たり前でしょ?」

とある画面の1番上にてるてるという名が光り輝く。


ランキング除外。

0デス。

指名手配中。


——誰もが恐れ、誰もが倒したいと願う、伝説の悪役プレイヤー。 

このゲームで囁かれる私への賛否に耳を傾ける。


 どこかの誰かさん、説明ありがとう。


白いショートヘア。口元まで隠し腕をちらりと覗かせるマントに動きを邪魔せぬ短いズボン。


——それが私、てるてるだ。




 

持っていた鞄をしっかり壁にかけ、

机の上にあるゴーグルに触る。


ベッドに身を投げ、それを頭に被った。


起動音と共に、視界が一気に開ける。広大なフィールド、まぶしい陽光、壮大なタイトル画面——

をひたすらにスキップボタン連打。

 

「何気にこの時間が長いんだよな。」


長いロードを終え、ようやく拠点が現れた。慣れた手つきで、隠した入り口を難なく通る。


悪役プレイを楽しむ私だから拠点がバレたらとんでもないことになる。中に入ったらしっかり入り口を消す。

 〈帰ってきたら手洗いうがい〉ぐらい、とても大切なことだ。

 

 入口が消えたことを確認し、私はお気に入りのソファーにドカンと座った。

早速ウィンドウを開く。さて、これから何をするか考えようか。

 

「町でなーんかいたずらする?それともどっかのユニオンにちょっかいかけるか」


ユニオンとはルナオンにおけるプレイヤー同士で組んだ団体のこと。私はよく遊びに行き、気に入った素材やアイテムがあっては、いろいろ拝借している。


顔をあげ、この拠点に隠してある宝を見渡す。

 キラキラと己を主張するアイテム達が、ショーケースに綺麗に並べられている。

おっと、いけない。自然と悪魔の微笑みが浮かんでしまう。

少し頬をたたき、自分を律しながら、ウィンドウを弄っていく。


 そんな時だった。

「ん?」

 一通の異質なメールに気が付く。


「差出人の名前がない?」


不審に思い、開いてみる。中には「どうぞ」の一言と、ひとつのスキルがあった。


「?!」

スキル【Change pick】

対象はモンスターのみ。一回しか使えないが、その代わり、レベル、スキル、能力、その他対象が持つすべてをコピー可能。


これはいわゆるコピースキルというやつか?

コピーといえば、数多くのスキルが存在するこのゲームで、スキルの定番ながら見ることがなかった。


 顔を顰め、ウィンドウを睨みつける。 


怪しい。差出人不明だし、説明も曖昧。ウイルスの可能性だってある。


 

だが——これはコピースキルだぞ?

一度目を閉じ、肺いっぱいに息を吸い、一気に吐き出す。

 

「こんなの、ほしいに決まってるだろ!」

 声を張り上げウィンドウをガシッと掴む。


 なんてことだ。対象のすべての能力をコピーできると?

 ただでさえ長年やっていて、レベルもスキル収集も停滞気味だったんだ。そんなもの、喉から手が出る程ほしい。

 しばらく興奮してウィンドウをぶんぶん振り回していたが、落ち着いた時にようやく手を離した。

 

 小さくため息を漏らす。

 とても欲しいこのスキル、1つ気になることがあった。このスキルのレア度だ。

 このゲームでのスキルのレア度は5段階S、A、B、C、D。しかしこれは

 

「該当なし……?」

 こんな表記があること自体正直、私も見たことがない。レア度がないスキルなんて。

もしこれがウイルスだとしたら?改造スキルだとしたら?それでアカウント(てるてる)が消えたら?

 思わず頭をぶるぶると振る。

絶対、絶対だめだ。てるてるは捨てられない。

この名前を、私の全てを失えない。


じゃあ使わなければいい…か。


これは新しい可能性だ。

絶対に抗えぬ、プレイヤーの本能。そして、人間としての危機感。

それが私の思考を鈍らせる。


「さすがにそんな危険は犯せない」

何よりも優先すべきは決まっている。

残念ではあるが、得体の知れないものに触れる訳にはいかない。

 そう思い画面を閉じようと指を伸ばした、その時だった。


 がたん


 ぱっと顔をあげる。目を尖らせ、周囲を警戒する。私の拠点は自然に物音がするほど汚くない。誰かがいる。

 

 私は顔をあげたままウィンドウをずらす。侵入者は生かしておけない。

 物音がした方に向かっていくと、そこには……

 手のひらサイズの真っ白い蜘蛛が1匹いた。

「え?何こいつ」

 一瞬ギョッとしたが、周囲に気配がないのを見るにこいつが音を立てたようだ。


 モンスターか?見たことないぞ。

 私は捕まえようと手を伸ばした。しかし、そいつはとんでもない速さで逃げていった。


 やば逃げちゃう、捕まえなきゃ!!!

 

しかしそれは出来なかった。体をひねらせた時、視界に入ったウィンドウのせいで。


さっき画面をずらした時だろうか。スキル説明の下にあるでかでかとした文字が――

 

「あ、あれ?受け取り済みになってる???」

 これはやっちまった。




数日後。

春の都市ラランティス。このゲームでは大きな都市が複数あり、その間に転々と町がある。

ここは複数ある都市でも

四季の大都市と呼ばれる中の一つ。


私はここが好きだ。

穏やかな空気。心を豊かにする美しい花々に、街を彩る芸術的な建造物。

何もすることがない時はここに来る。


「てるてるだ!倒せ!」


そんな神聖な場所に一つの声が響いた。

1人がどこからともなく飛び出すと、ものすごい剣幕の人々が建物の隙間から次々出てくる。

先頭を駆け抜けるのは、もちろん私だ


しかし、思った以上に人が多かった。


急いで逃げる中、ちらりと後ろを盗み見る。多くのプレイヤーが私の後を辿り迫ってくる。

こいつらどこかで見たことがあるな。確かそこそこ大きいユニオンだったはずだ。名前は……なんだっけ?


「しつこいぞ。さっさと散れ!」

叫ぶと、皆一斉にこちらをにらむ。まるで親の仇を見るようだ……


今日は特に何もしていない。しいて言えば、こいつらが持っていた珍しいアイテムを懐にしまっただけだ。


 建物の屋根を転々と移り渡っていく。

一つ目の屋根から跳躍すれば春風が頬を撫でる。空中で身を捻れば桜の花びらが舞い、二つ目の屋根に着地。

足裏で瓦の感触を確かめる間もなく、次の建物へ。

背後からは怒号と足音が追いかけてくる。


  

しかし、スピードは一切緩められない。

道を彩る桜が視界の端を駆け抜けていく。

いやだなぁ、彼らは私に花をめでる余裕もくれないようだ。


逃げるにはマップ移動を使えばいいが、迷惑行為をすると一定時間移動に制限がかかる。

被害者の救済措置だ。

最初はなかったんだが、まあ、私がやりすぎた。


 要はこのまま逃げ切るには制限解除まで逃げるか、足で移動するしかない。


ここは端まで遠いラランティスの中心地。普通のプレイヤーならこの追手の数で逃げ切れないだろう。

 

だが、私はてるてるだ。

 

私が積み上げてきたレベルとステータスは、並大抵の努力では越えられない。


 さあ、スピードを上げようか。屋根から飛び降り、マップの端まで続く道を走り抜ける。

追手は段々その数を減らしていった。この程度の速さでついてこれないくせに、捕まえられるわけがない。

だが何人かは根性を見せてくれた。

 

「うおおおおお!」

 1人の男が少しずつ距離を縮める。

 へえ、スピードをあげた私に追いつくか。なかなかやるじゃん。


 私の背中目掛けて伸びる手は……

残念ながら届かなかった。

  

「くそぉぉぉぉぉぉ!」

誰かの悔し声が聞こえる。

 

どうやらまくことに成功したらしい。




隣のマップに移動してようやく落ち着ける場所を見つけ、壁に背をつけずるずると腰を下ろした。


ふぅと一息。

さすがルナオン。長距離ダッシュでしっかり疲れる。


ようやく息が整って来たので、私は手に持つ戦利品に視線を落とす。

これはクイーンワービーの冠。滅多に見かけない女王蜂モンスターのドロップアイテム。私でも数個しか持ってないが、正直苦労してまで手に入れる必要は無い。


さてなぜここまでして奪い取ったか?


 はは、これ程面白い質問はない


 そんなの楽しいからに決まっているだろう!!

 

私が目の前に現れた時、

手に持つアイテムを私に取られた時、

取られたアイテムを取り返そうと私を追いかける時、

そして取り返せず絶望にかられる時。


その様子を見ることが楽しくて楽しくて仕方ない。

 想像するだけで興奮して体が震える、口元が緩む。

ああ、今あいつらはどんな負け惜しみを言っているだろうか。

 

皆を振り回す、勝利の快感。

これが私の求める悪役プレイだ。

せめてゲームの中ではこうありたいんだ。


「別にいいだろ。現実ではいいこちゃんしてるんだから……」

しかしながら困ったことに、最近は特に追い回されることが多い。


追いかけられるのは嫌いじゃないのだが、

ここ近くは、何もしていないただ歩いている時でも追いかけまわされる。


毎回毎回同じことの繰り返し。

新鮮味もないため、近頃は刺激より面倒が勝ってきた。


——ふと、数日前の悪夢が頭をよぎる。

「さすがに疲れたな」


 ため息をつく。しばらく町に出るのはやめよう。

モンスター狩りでもするか。


「ん?モンスター?」


そうだ、すっかり忘れていた。モンスターを完全コピーできるスキルを謎のメールから受け取ってしまっていた。

 これどうする?問題があるとしても、ルナオンの運営であれば何かアクションがあるはず。だが、あの日から数日たったが今のところ何も無い。


このゲームは広い。私も知らない、新しいモンスターがいるはずだ。

ラスボス枠の覇竜セレネヴァルドや攻略が難しいケルベロスなどでもいいが、こいつらは飽きるほどやったから、それこそ新鮮味がなくてつまらない。


そうだ。せっかくなら隠しモンスターを探しに行くか。

不安はあるはずなのに、ワクワクが溢れてきた。


 私の手元にあるこのスキルを、使いたくて仕方ない。

 まあ、ここまで何も起きなかったのだからいいよね。使っちゃっても。


 今の私にあの日の危機感はなかった。

「もういい決めた。このスキルを使う!だって私はてるてるだから!」

 

しばらくプレイヤーにちょっかいかけるのはお休みだ。


「よかったね!お前ら!」

ヤケになってそう心の中で叫び、腰に手を当て空にグッドサインを向けた。


 不思議と空気が、いつもより少し硬かった。

しかし困ったことにそんなことは気にしない。それが私だから。

 


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