放課後のアポトーシス ②
「神よ、どうか重荷を負っている者には慰めを、傷ついている者には癒しを、罪の中にいる者には救いを、弱っている者には力を、そして眠っている者には目覚めを……迷える者を正しき道へと導き賜え、ザーメン」
祈りを黙って聞いていた美桜が不思議顔で尋ねた。
「ねぇ、生徒会長? その最後のザーメンってヤツ何なのよ? 普通はアーメンじゃないの?」
呆れたように溜め息をひとつ吐くと、また手を組んで空を仰ぐ。
「あぁ神よ、そして罪深き愚かな者には知恵と知識をお与えください」
「ちょっと何なのよっ! いっつも私ばっかり」
何故か美桜には毎回冷たく当たるクリスだったが、クスっと笑い口に手を当てる。その手を胸の下まで伸びた金髪の毛先に持って来て、クルクルと弄りながら答え始めた。
「それは人間界のとある国の言語で、種を表す言葉です。ここ精巣内では私たちは神から与えられし種となる生き物、それはやがて肥沃な土壌に運ばれ人間としての芽を出すのです。私の信ずる神が、ここではそう祈るように教え導いて下さいました」
「ふぅーん、そうなんだ……神様ねぇ? ってか、生徒会長ってクリスちゃんだから、クリスチャンなのよね? その、信じてる神様って何なの……?」
「それは洒落ですか? あまり笑えませんし、私はクリスチャンではありません……。どうやら私の信ずる神の名は、今ここで申し上げるべきでは無いようですね?」
「やっぱり私、このオンナ好きになれないわ……」
「なにか仰いましたか?」
「なんでも無いわよっ!」
「まぁまぁ、美桜もクリスちゃんもケンカしないで……。ほら、雫も黙ってないで何とか言ってよ」
困惑する僕の言葉をコレっぽっちも真剣には受け止めようとせず、雫は笑みを浮かべたまま交互にふたりを見比べたあと僕にコソッと耳打ちした。
「心配いらないわよ。きっと、お互い女の感ってのが働いたのよ。うふふふっ」
「なんだよ、その女の感って?」
僕の問いには、笑ったまま答えてくれようとはしなかった。
そして再び視線は、問題の屋上へと集まった。
「なぁ、ところでアレ誰なんだ?」
「さぁ、知らないわ。おそらく三年よね、雫も知らないわよね?」
顔に纏わり付く長い髪を、指先で丁寧に取り除きながら美桜が訪ねた。どうやら、さっきから少し風がキツイようだ。道理で屋上で訴え続ける男の声も風に消され、途切れ途切れで聞き取り難い。
「あの男の人、確か……」
「って、知ってるの?」
思わず二度見して目を丸くさせた美桜とは対照的に、雫は上目遣いで記憶を辿り人差し指を小さな顎にそっと当てた。
「うん……。ほら、食堂で酢豚定食を食べ損なった時あったでしょ?」
そう言えば、そんな事があったな。
あれから一度も食堂の食券を手にする事は叶わないが、クリスと初めて話したのも、確かあの時だった気がする。
「えぇ、もちろん覚えてるわ。いつかリベンジしてやるんだからっ」
リベンジしたいのは同感だけど、プラチナチケットは入手困難。果たしていつになる事やら。
なんならイカ焼きそばパンみたく生徒会の総力とかで、どうにか食券も手に入らないだろうか?
チラッとクリスを盗み見すると、澄ました顔で僕たちの話を聞いている……のだが。
「あの食券をウーちゃんが、ポケットから盗んだ相手と一緒に居たのが確か……」
言葉の綾とは良く言ったものだが、目の前にいる相手が悪かった。
生徒会長であるクリスの正義感が、雫の一言一句を聞き逃す筈は無かった。
「ウーちゃんが盗んだ? 雫さん確かに今、そう仰いましたね?」
そのままニジリンジリとウーちゃんを抱く雫に歩み寄る。
「もう一度お聞きしますが、食券……本当に盗んだのですか?」
「あ、その、天罰というか……盗ったというか……なんだっピ」
汗をかき目をパチクリさせて弁明するが、水のように清らかな眼光に睨まれ上手く喋れない。まるで心を覗かれているようで、嘘が苦手なウーちゃんで無くても平静でいられるかどうか。
クリスは額に手を当て首を横に振ると、呆れた様子で深い溜息を吐いた。
「なんとも嘆かわしい……。ウーちゃん、貴方はこの学園の生徒ではありませんが、園内で誰かのモノを盗んだとなると紛れも無い校則違反です。第四十八条、本学園に於いて他の精子の物品を収奪または、せしめる行為をした者は生徒会の権限により懲戒とする……。そう決められてます」
「あ、あぅ、あ……違うんだっピ」
顔に縦線が入りそうなほど、アタフタと動揺するウーちゃんをギュッと抱きしめる雫。
「それを知って黙って見過ごしたとなると……。雫さん、貴女も規律を破った事となり同罪となります」
「でも、ウーちゃんも悪気があってした事じゃないし……その、彼が……あ、あの……」
「規律こそ全て。理由はどうであれ、盗った事には変わりないのです。さぁ罪を認めて悔い改め、正当な裁きを受けなさい」
「そ、そうだ思い出したっピ。屋上から飛び降りようとしてるのは、アイツに脅されて食券を毎日買いに行かされてたヤツだっピ。きっとイジメられてたんだ……っピ」
「それとコレとは関係ありません。規律は守る為に存在するのです。当然、貴方たちは守らなければならない義務があります、どんな者も規律を破る事は許されないのです」
聡明な瞳を真っすぐ向け背筋をピンと伸ばし毅然と立つ様は、まるで審判のようだ。それは彼女の生まれ持っての性分なのか、それとも立場が執拗までにそうさせるのか、僕には判断出来なかった。
そんなクリスの前に美桜が現れ、やれやれと言った表情で耳の辺りを優雅な手つきで掻き上げる。光を帯びながら風に靡いた薄桃色のストレートヘアーが、鮮やかに反射すると同時に綺麗に整ったうなじが姿を見せた。
「ちょっとさっきから聞いてたら規律、規律って……。見てよっ、耳にタコが出来たじゃない!」
「…………」
耳を指差しながら唇をタコの口のように尖らせて真似てみるが、美桜の意外なリアクションに誰も反応しなかった。
実際タコの口はそんな形をしていないけど、珍しく美桜の変顔が見れただけでも良しとしよう。
「それに規律とは自分自身を律するものよ、決して他人に押し付けるようなものじゃ無いわ」
それぞれの背後に龍と虎のオーラでも出てきそうなほど、険悪さが臨界点に達していた。
堪らず僕は片方づつの掌を双方に見せ、ふたりの仲裁に入った。
「まぁまぁまぁまぁ、ここは落ち着いて。クリスちゃんも生徒会長だから見過ごす訳にいかないだろうけど、ウーちゃんもほら、顔面蒼白になるくらい反省してるみたいだし……」
「それは元々の、彼の肌の色だと思います」
「う、うん、まぁそう言わず……。それに美桜や僕だって知らなかったとは言え、食べようとしたんだから処分を受けるなら一緒だと思うんだ。でもそのうち本人に食券を返すと言う約束で、今回だけは許して貰えませんか? お願いしますっ!」
心愛だよ。
みんな読んでくれてありがとう。
ほのぼのした退屈な話だと思ったら大間違いなんだからね?
これから、心愛やおにいちゃんの活躍を楽しみにしててね!
あぁ……心愛も早く人間になりたいな……。
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じゃあまた明日ねっ!




