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Muse Night   作者:
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22/23

獅子と処刑とふたつの犠牲 後編

やっと書けた……(満身創痍)

いやー、長らくお待たせして申し訳ございません!!土下座しながら次話投稿でございます!

 北条遥は落胆していた。


「はぁ……。私の覚悟って掃いて捨てるほどの価値しかなさそうだな……」


 守るつもりのものに守られていた。彼女の失意を端的に表すためにこれ以上の言葉が必要だろうか。彼女のそれは、人殺しをする覚悟だ。それを優しく、彼なりの言葉で制されたのである。

 彼女はただ一人、不死身の少女と元人間による対岸の死闘を観戦している。悔しさで視界は滲み、落ちる雫に熱意を溶かす。

 今は、パートナーの無事を祈るしかできないのだ。吹き抜けた夜風に髪を揺らせば、もどかしげな感情は街に流れていくのだろうか。


『ハル! ハルッ! 起きろよッ! 今は寝てる場合じゃねぇんだって!!』

「んっ……。んあぁ……。ミューズ……だよね……?寝てないから! ちょっとボーっとしてただけだよ……! それより、もう倒しちゃったの?」


 少女が目を覚ますと、視界は開放感に満ち溢れていた。崩れていく対岸のオフィスビルと咆哮する獣、焦る表情のミューズ。

「あのさぁ、めっちゃカッコつけて戦ってきて申し訳ないんだけどさぁ……。倒し損ねちゃった」

「えっ、なにこの状況……。あの子は? どこ行ったの?」

 状況の掴めないハルに、ミューズは先ほどの戦闘の報告をする。

『端的に言うと、虎徹とかいう奴が宿主庇って死に、それに激高したラウンが暴走した……って事なのかな? 俺も詳しくわかんねぇけど……』

「で、アンタはここまで逃げてきたと……」

『いやいやいやいや! この状況は誰だって逃げるよ!? お前、だって素質持ちが暴走してライオンだぞ? 世界中の臆病者はきっと俺に味方してくれるって!』


 轟音がハルのすぐそばまで接近し、空気の揺れを間近に感じる。

「この状況は……相当ヤバイよね?」

 ハルがそう呟いた瞬間、ビルが崩壊しはじめる。突如起きた振動によって窓ガラスが次々に割れ、屋上は傾き歪んでいく。

「崩れるッ! このままじゃ墜ちるって!」

 ハルの言葉さえもかき消すほどの衝撃が鉄骨造りの楼閣を貫き、彼女の身体はふわりと向こう側に押し出される。


「うわあああぁあぁああ……ッ!!」


シュンッッ!


 傾くビルに撃ち込まれた巨大なアンカーは、落ちていく少女を支えるには充分な質量を備えていた。

『あっぶねぇ……。トラクロー的なのがいるかと思ったわ……』

 ハルが階下を見下ろすと、廃墟と化したたくさんのビルが痛々しくその身を剥き出しにしている。瓦礫やガラス片の中に混じっている血は幹線道路を紅く染め、車が交通渋滞を起こしている。

「惨い……」


 何気なく日常を謳歌している人々は驚愕し、突如現れた五メートル超の怪物を身の安全も顧みず呆けたように見つめている。

「おい、なんなんだよあれ……」

「なんなの? 映画の撮影?」

 民衆は次々に自分なりの答えを見出し、その理不尽な非日常を納得しようとした。なかには、この異常な現象をスマホのカメラに収める者もいたのだ。

 彼らが次に気づいたのは、かつてビルだった物である。たくさんの血で染まった瓦礫を視認し、そこに人の生死が関わっていると知った瞬間、彼らの“自分なりの答え”は音を立てて崩れていった。

「け、警察を呼ぶんだ!!」

「いや、救急車だッ! 救急車を早く!」


 海鳴りのような叫びが街に響き渡る。血走った眼のような模様が全身に施された漆黒の獅子は、火柱のようなたてがみを逆立てて吠え続けている。

『なぁ、アイツが目抜き通りに侵入したら、被害はさらに拡大すんぞ! どう食い止める?』

「食い止めるっていうかさ、ちょっと私に考えがあるんだよね……」


 ハルは決意する。これが私なりの覚悟だ。

 肩に止まったコウモリは小さな鳴き声を上げ、ハルは作り出したハシゴでゆっくりと地上へ降り立つ。

 瓦礫の山に立つ獅子を前に、ハルは宣戦布告代わりの一撃を喰らわせる。

「さぁ、今度こそ反撃開始だッ!」


緋銃グリムッ! とりあえず試し撃ち!!」


ズガァァァン!!


 小さな鉛玉が怪物の身体にめり込むが、傷の回復速度にかすんでいく。

「体質は変わってない……ならっ!」

 二発目の弾丸は怪物の足元に飛んでいく。血痕が散り、怪物はまた吠える。

「ミューズ! この世界で一番硬い物質は!?」

『えーっと、確か……ダイヤモンドじゃなくて……。あっ、ウルツァイト窒化ホウ素!』

「OK、もっと一般人が安易に想像できるヤツにしてくれない!?」


 三発目の弾丸は怪物の喉だ。しかし、行き届く前に音の結界に阻まれ、どろりとした液体がその結界に掛かる。

『咆哮の範囲外に創るならめちゃくちゃでかくなるぞ……? この瓦礫と血だけで足りるか……!?』

「うーん……。ここの瓦礫全部血に変えれば、あるいは……」

 悩むハルに痺れを切らしたのか、ミューズは姿を変えながら叫ぶ。

『待ってろッ! すぐに足りるようにしてやるッ!』


シュゥンッ!!


 実体化したミューズ、もといライが腕を捲る。顕になった白い柔肌に拾ったガラス片を今にも突き刺そうとする。


「その必要はないよ……」


 鮮やかなライムグリーンの閃光がハルたちの目の前に出現する。

「やぁ、久しぶり……」

「フィリップ!? それに皆さんも!?」

 躊躇いがちに現れたのは、傷ついたバクを抱えた緑髪の少年である。彼の背後のセダンでは、組合のメンバーたちが戦闘の準備を始めている。傷ついたシュウを治療するラミアの姿もあった。

「瓦礫は僕が増やす……ッ! だから君が傷つく必要はないよ……」

「おいおいおい……。お前はそうやってまた俺の活躍を無に帰すじゃん!? なんなんだよ……。自分から血を差し出す場面なんて、透明の赤ちゃん見つける時か、今しかねぇよ……」

 そう文句を垂れるライは、目の前で瓦礫を持ち上げる少年の異変に気づく。

「フィリップ、お前……!? 足どうしたんだ!?」

彼の足はガクガクと小刻みに震えている。

「うるさいな……武者震いだよッ!! 今から起こる事が楽しみなんだ……」

「その顔色は何なんだよ……ッ! 汗も尋常じゃないッ! おい、ビビってんのか? お前、この前の敗北をまだ……」

「うるさいッ! あぁ怖いよ! 怖くて仕方ないよッ! 僕はあの時からトラウマを背負ってる! 本能的な死への恐怖を感じたのはあの時が初めてだッ!! でも……。でも、ソルグは決死の覚悟で囮になったんだよ。戦えない僕の代わりに小さな防衛戦をしたんだよッ! 従者が戦ってるのに主人が戦わなくてどうするの……!? 負け戦でもサポートでもなんでもやる! 囮だっていいッ! 戦わせてよ……」

「フィリップ……」


「ハァ……。お前ら二人が独断で行動してる間に、とんでもないクリーチャーが生み出されたみたいで……!」

 車から降りた砂海はため息がわりに煙を吐くと、舌打ちをしながら魔獣を見据える。

「で、クソガキがここで瓦礫増やすなら俺はどうすりゃいいんだ?」

「砂海さん、私とフィリップがここで下準備しますので……。砂海さんはライ君……もといミューズと進撃を防いでください!」

 砂海は隣に立っている黒ずくめの少年を見定める。

「お前がハクトの……。お前が生きてた時代で『血みどろの幻影』って言や、この街では都市伝説の類だったのにな……」

「死ぬ前のイキってた時代の話はやめてくれない? 黒歴史なんだよ……!」

「まぁいい。お前が昔の伝説の名に恥じないかどうか確かめてやるよ、コウモリ野郎!」


 獅子の慟哭が響く。崩落したビルの屋上を飛ぶように駆けるふたつの人影は、もう敵の喉元まで接近している。

「おい、お前飛べるのか? っと、危ねぇ……」

「やったこと無いけど、出来ないこともなさそう……!」

 ナパーム弾のように飛んでくるコンクリート塊をリズミカルに回避しながら、ライは背中に皮膜付きの翼を生やす。

「うわぁ……これ自分で見ても気持ち悪りィ! なにこれ、ガーゴイル? 通報されるレベルで人外じゃん……!」

 コウモリの飛行能力を使いこなし、あまりの姿にドン引きしつつも彼はリボルバーを握る。

「飛来して……! 緋銃グリムッ! スピニングブラッドォォォ!」

 彼は地を蹴って浮上し、空を蹴って獅子の懐に飛び込む。


ズガァァァンッッッ!!


 紅い弾丸の雨が降り注ぎ、獅子の身体に無数の風穴が開く。その穴から赤黒い粘液がどろりと排出され、えぐれた肉塊がそれを塞ごうとうごめく。

「ん? スピニング……? まぁいい、ここで殺しても構わないんだろッ!?」

 砂海は擲弾筒グレネードまとい、身体を鋼鉄に変えてそれを発射する。

「行くぜ……! 砕砲ビスマルクゥゥ!!」

 衝撃で自らの身体を仰け反らせながら、彼の渾身の一撃は轟音を纏って落下する。


 迫撃。音の結界を突き破る程の衝撃が獅子の身体に崩壊の音を聞かせる。右前脚を空に散らした魔物はバランスを崩し、戦場と化したビル骸には血の池が作られる。

「こいつ確か回復すんだよなァ!? どうするよ……!?」

「この前読んだ漫画の方法だと、『治癒する前に攻撃を叩き込み続ける』感じかな!! さっきも試したけど、それが最善策っぽいッ!」

「OK……ッ! できる限り削るぞッ!!」



「よし、これだけあれば問題ないかな……。ありがとね、フィリップ!」

「凄い量……。一体何を作ろうとして……」

 ビル街の一角。楼閣の一つは無残に割られたコンクリート片に姿を変え、元の体積以上に増やされて壁を作っている。

「いやー、荘厳ですねー……。なんか現代アートにも見えてきたんですけど!」

「ハクトさん……!」

 作務衣を着た青年は穏やかな笑みを浮かべ、すり鉢状になった一角に指を指しそう褒める。

「ところで、どうするんです?」

「えっ……? どうするって……。ハクトさん頭良いから、今何をしようとしてるか理解してくれるかなって思ったんですけど!」

「大丈夫、わかりますよ。問題は“それが最善なのか”ですよ……。あんな愚兄の言う事間に受けなくても……ラウンは既に死んでるんですから、今さら殺しても法的には問題ない気が……」

「えっ? あの子、死んでるんですか……?」

「えぇ、十二年前に。父親の研究で一度生き返ってますが、“死に至る病”はその頃から彼女を蝕んでいたようで……」

「……? あの子は死にたくてこんな事やってるんですよね?なのに病気なんですか?」

「『死に至る病とは絶望である』キェルケゴールは彼の著書でそう述べました。彼女は亡くなっています、精神的にね。生きる希望を永遠に持てない抜け殻が、今のラウン=ボルゾーです……! 深い絶望が彼女の細胞と共鳴しているんです……。一思いに殺してやるのが“救済”では……?」

「そんな事、わかってます……!」

 ハルの強い意思にたじろいだのか、ハクトは目を逸らす。

「まぁ、最終的に決めるのは貴方自身ですけれど……。私は愚兄から真実さえ聴ければ、それだけでいいから……!」

「ハクトさん。私、不謹慎ですけど今が一番楽しいです。ミューズとの日々が楽しくて仕方ないです。だからごめんなさい、私にとって彼は夕澄ライではなく、ただ一つの『ミューズという存在』なんです」

「えぇ、彼は今はミューズというディークです。それが何か……?」

「ねぇハクトさん、こうやって一緒にいる事を幸せって思ったら彼は消えちゃうんですよね? それなら、この戦いが終わるまで“ミューズとして”コンビ組んでていいですか?」

「ハルさん……? まさか……」



「ハルッ! そろそろOKかよッ!? こっちはそろそろ限界だって!!」

『あぁ、ミューズ!! こっちはOK!連れてきてッ!』

 通話を終えたミューズは、スマホをジャケットのポケットにしまう。

「砂海さん、呼ばれたッ! 倒すことに拘ってないで、いくぞッ!」

「チッ……! 行くか……」

 ミューズは獅子の眼前に銃口を突きつけると、そのままゆっくりと後退する。コウモリの翼をはためかせながら、小柄な漆黒の身体は宵闇に溶けて消えていく。


グゥォォォ……!!


 咆哮と共に巨大な脚を進ませ、獅子は加速しながらミューズの姿を追う。飛び去った彼の姿を羽虫を見るように追いながら、欠損した身体を器用に使ってビルの谷間を曲芸のように跳び駆ける。

「早く着かないとこっちが持たねぇなこれ!!」

 飛来するミューズが確認したのは、ビルの一角で手を振るハルたちの姿だ。

「よしっ! 降りるッ!」

 翼をゆっくり折り畳み滑空すると、屋上の端から伸びた爪が少年の頭を掠める。


シュゥンッッ


 空を泳いだ爪に気を取られてバランスを崩した魔獣は、すり鉢状の壁の中に吸い寄せられるように落ちていく。

「ミューズ! 砂海さん! ナイスです!」



 落ちた身体に灰色の粉を纏いながら、獅子は叫ぶように吼える。

「ミューズ、アイツの自由奪って!」

了解らじゃー!」

 ミューズは残った脚に弾丸を撃ち込み、出てきた血を鎖に変える。

「ハルお得意の鎖……! これで獅子の四肢は奪えたッ!」

「今シリアスな場面だからさ、そういうダジャレやめてほしい。いいね?」

「アッハイ」


 地表から飛び出した鎖を引きちぎろうと、獅子は叫びながら藻掻く。ハルは、結界の外側を囲うようにショットガンを撃つ。

「血をもっと!!」

「了解!」

 ライが上空から大量のガレキを落とし、結界に触れる直前で血液に変える。弾かれた血飛沫は赤い膜となって結界を囲う。

「いくよ……ッ! 『真紅の檻スカーレット・ジェイル』ッ!」


シュゥゥゥゥ…………


 緋色の膜は徐々に漆黒に塗り替えられ、黒曜石で構築された球体に変容していく。

「ラウン。そのままの姿じゃ伝わってるかわからないけど、聞いてくれたら嬉しい……」

 ハルが真紅の壁に手を触れると、その場所の色彩は純黒に染まっていく。

「今からアンタはこの場所に囚われる……。いい? これは救済じゃない。“罰”よ。多くの人に欲望のビジョンを見せることで狂わせ、今日の戦いでは関係ない人をたくさん殺した。ただ、私が一番怒ってるのはもっとほかの事よ……。私からミューズを奪おうとしたッ! 相棒を私の前から奪い去ろうとしたッ!!」

 オセロのように黒く入れ替わっていく紅いカーテンに厳しい獅子の顔が透ける。“それ”は悲哀と絶望の吐息を隙間から放つ。

「アンタが悲しい身の上だって事はわかる。ここで、『生きろ』なんて都合の良い偽善を騙るつもりは無いよ」

 隙間が埋まっていく。黒い塊は巨大な球体に変容している。

「ただ、いくらそこに希望を見出したとしても、ミューズには指一本触れさせない。この街で悲しむ人も増やさせない。その暗い檻の中じゃ孤独でしょ? 辛いでしょ? あなたには街の上で永遠にみんなを見守ってもらうわッ!」


 積まれたガレキがジリジリと獅子の周りを漂う。半分血に変わって溶けた鉄筋の生臭い匂いが、今後のラウンの受難を予感させる。

「なぁ、ハル! 名シーン作ってる中、本当に申し訳ないんだけどさ……。アイツ吼える用意してるぞッ!」

 ミューズの指摘の通り、獅子は牙を剥きつつ腹から沸き立つ情念をカノン砲の如く解放する準備をしている。その脅威がハルたちに向かうことは誰の目にも明らかだった。

「ヤバい……ッ! 口を塞がせなきゃ……ッ!」

「いや、もう遅いかもな……ッ!」

 卵の殻が少しづつ剥がれていくように、できたばかりの檻に小さなヒビが入っていく。隙間風と絶望の叫びが混じった音色が、ハルたちの努力を無に帰そうとしている。


 物語の展開は、運命の神がダイスを振るように刻々と変化している。コートの男がポケットの中のダイスを降ったその時、遠くからサイレンの残響が迫ってきたのである。


ウー……ウゥー……ウゥゥーー!!


 獣の叫びはけたたましいサイレンにかき消され、巨大な黒曜石の球は何事も無かったかのように修復しはじめる。

「…………!?」

 唖然とするハルたちの前に現れた多数の救急車両は、マスゲームのように整列し戦場を囲む。

「この近くでビルが倒壊したという市民の通報がありましたッ! あなた達が生存者ですか!?」

 そう叫びながら小走りで近づいてくる救急隊員をハルは制止する。

「離れてくださいッ! これ以上犠牲者を出すわけには行かないんです……!」

「そんなこと言われましても、こちらは生存者を救助する為に出動して……。あれ……? ここにあったビルがない……!?」

 救急隊員の男たちが目撃したのは、オフィスビルひとつ分を優に超える黒い球体のオブジェである。あまりの奇妙な光景に彼らは言葉を失い、興味のままにオブジェに触れようと尚更近づく。


「少し、待ってもらおうか。それはこっちの管轄なんでな……」

 そこに現れた男は、黒革の手帳を片手にハルたちの前に現れる。

「はぁ……? 刑事さんがなんでこんな所に……?」

「何だっていいだろう……。こっちも急を要するんだ」

 須藤刑事は男たちを追い払うと、ハルの方に向き直る。

「とりあえず、決着はついた様だね……。まさか俺もラウンが暴走するとは思わなかったよ」

「須藤刑事、この場所じゃ目立って仕方ないです。どこかに運んだ方が……」

「その辺は、俺が手配しておこう。とりあえず高い場所に掲げておいてくれないか? そっちの方が都合がいいんだよ」


 ミューズが鎖を引き上げると、巨大な質量を持った塊はヨーヨーのようにふわりと浮き上がる。そのまま鎖が巻かれたヨーヨーは都会の空に浮かび、星空を隠すほどにそびえ立つ二本のビルを支柱に吊られていく。

「ハルちゃんが人殺しにならなくて良かったよ。今の法で奴は裁けなかった……」

「須藤刑事、殺せなかったのは私の“甘え”なんですよ。あの子に対して大見栄切ったことを本当に後悔してます。期待だけさせておいて逃げるって最低ですよね……」

「君が気に病む事じゃない……。ラウンは誰にも殺せなかっただろうしな」

「でも……」


 蒼い月は沈み、眠らない街は民衆の欲望を呑み込み溶けあいながら新たな舞台を創りだす。少女たちの反撃が行われたその日から、高層ビルの狭間にはもう一つの月が昇るようになった。絶望と狂気、希死念慮にまみれた“牢の月”が。



 ラウン=ボルゾーが目を覚ました時、彼女の身体には一切の傷がついていなかった。柔らかな生肌の白が絡まった鎖の紅に扇情的なコントラストを生み出している。

「こ……ここは……?」

 一糸まとわぬ姿を絡んだ鎖が隠し、磔になった四肢は茨の冠を被った聖人を彷彿とさせる。

 薄明かりに照らされたドーム。赤黒い内壁の、さらに奥の見えない場所から現れた鎖に少女は自由を奪われ、宙に吊られた身体と心は死への憧れとは程遠い場所にいた。

「はぁ、出し切っちゃった……」

 彼女はまるで燃え尽きた遺骸のように無気力だった。あれほど固執した死から程遠い現状にいることを受け入れ始めている。


 何日吊るされただろうか。ラウンはただ壁を見つめ続ける。この身体はいくら食事をしなくても衰弱はしない。餓死のできない身体を怨むことさえも止め、一心に変化しない壁を凝視し続けている。

「お花……お花がいっぱい……」

 血の池のような内壁はスクリーンに変わり、彼女にだけ楽園を観せる。虚像の花畑は咲き乱れ、彼女は芳香すら感じていた。

「あっ……虎徹ぅ……。虎徹もこっちおいでよ……」

 花畑に見覚えのあるパートナーの姿を見たラウンは、その背中に向かって手招きをする。

「虎徹……ねぇ虎徹……!? 返事してよ……!」

 返事をしない虎徹の背中に、少女は限界まで腕を伸ばしてその身体に触れようと藻掻く。鎖は無情な音を立てながら、幻想の姿を追う彼女を制する。

「虎徹!! 虎徹……!!」

 彼女が空虚な獣の姿に触れた瞬間、楽園は穏やかな表情を変える。花は枯れ果て、虎徹の姿は肉塊に変わる。彼女を制していた鎖は千切れ、無限に落下する感覚を抱きながら絶望の海に文字通り堕ちていく。

「おやすみ、虎徹……」

 やっと居場所を見つけた。ラウンはそんな事を思いながら身体を委ね、祈るように目を瞑る。

世界中の臆病者は〜:〈ライオン/ポルノグラフィティ〉から。賑わうサバンナですべて忘れたい

トラクロー:仮面ライダーオーズより。不遇メダル。たしか2話でビルから降りるときに使ってた。

透明の赤ちゃん:アクトン・ベイビー。ホントは地上波放送前に投稿したかったヤツ。

アッハイ:作者は〆切は絶対に守る。いいね?


次話はなるべく早くします!!会話劇です!!

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