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Muse Night   作者: 狐
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18/23

慟哭とトキメキと交錯する白刃

べっ、別にモンハンやってて更新蔑ろにしてたとかじゃないんだからねっ!

今回もまぁまぁボリュームあります。それでもTwitterの一万字制限には遠く及ばないんだぜ?

「ジッとしててね、気づかれないように……」

 冷たい霧雨の降る摩天楼。切り立ったビルの隙間を縫うように疾走する影法師がひとつ。少し湿ったフードを目深に被り、鉛色のまま変わらない空を見上げている。毛布に包まれた『何か』を背負って。

 不意に、サングラスを掛けた男が背後に立つ。立たれた方は、なんの問題もないように変わらず歩き続ける。数多の人間が通っていくこのストリートの中でも異質な光景だ。


「やっと追いついた!」

 二人の視線の先に、赤い傘を差した少女が愉しそうに近寄る。回り込まれたか……。二人がそう思った刹那、吹き荒ぶ風にフードが捲り上がる。

「残念だね、僕は時間稼ぎだ」

 顕になったのは銀髪の青年――因幡シュウ――である。


《二日前》


『ハァ!? 俺があの戦闘狂くんと逃げるって!?』

「ミューズ、少し声のトーンを落としてくれ……。誰に聞かれてるかわからない……」

「いや、でも、えっ? マジで!?」

 お馴染みの集合場所となったカフェ。作戦会議を終えた須藤刑事は、ハルとミューズ、シュウとソルグをホールの隣部屋に呼び出した。ドアの向こうでは、トオルたちが深刻な表情で思惟に耽っている。

「ほら、ハルを危険に晒すわけにはいけないだろ? それに、シュウならもし襲撃されても、まだ抵抗できる。いいか? 今回の作戦は、ハルとミューズの身の安全を第一に考えてるんだ」

『それなら俺は構わないけど……。ハルはどう思ってるんだ?』

 突然話題を振られたハルは、視線を中空からミューズたちの方向へ移動させた。

「私も……うん、私もそれがいいと思います!」

『なんでちょっと他人事なの!? パートナーの危機だぞ!?』

「いやー……あの人がこの街の異常事態を引き起こしてるって、あんまり信じられなくて……」

『今は俺の自由の危機の方を問題にして! お願いだから!』


「とりあえず、作戦会議は以上だ。皆、これは仲間の危機であり、この街の危機でもある。頑張ってくれ……!」

 ドアの向こうで足音が響き、エンジン音と排煙の香りが窓から入ってきた。須藤刑事はそれを感じとると、最後に一言付け足した。

「あと、もう一つだけ提案があるんだ……」



「へー、ただの時間稼ぎ……。それなら、後ろ手に隠してる物は一体なんなの?」

 赤い傘を差した少女――ラウン・ボルゾー――は、玩具を楽しみに待つ子供のように無邪気に笑う。

「……ッ! なるほどなー、意外と目敏い訳か……。参ったねー……」

 シュウは相手を睨みつけながら、一歩下がる。

「その子、こっちに渡してくれないかな?」

「もし拒否したなら?」

「何度も言わせないでくれる? 君たちを殺す」

「そっか……。じゃあ答えはひとつだ。哭け、凍鎌《エカチェリーナ》」

 大鎌の刃が雨粒に濡れた。

「君を倒させてもらうッ!」


 入り組んだビル街の中心で、二人の人間が相対する。シュウの傍らに立つサングラスの男は、狼狽えながら叫んだ。

「すぐに増援を呼びに行きますッ!」

「ちょっ、三枝さん!?」

 シュウの声など聞く間もないように、トオルはその場を去っていた。濡れた革靴の足音だけがその場を支配する。

「なに余所見してんの?」

 不意に頭上から声が飛ぶ。シュウが声のする方へ視線を移動させると、地面に刺さった道路標識の上に立っている少女が、退屈そうに欠伸をしながら話している。

「おっと……。なんとアクロバティックな!」


ザンッッ


 大鎌の斬撃が標識の支柱に飛ぶ。折れてしまった支柱はラウンの身体を支えられず、轟音と共に崩れてしまう。

 しかし、その残骸付近に彼女の姿は見えない。代わりに、砕いた支柱が鉄の矢のようにシュウの身体に飛び掛る。

「お褒めに預かり恐悦の至り♪」

 少女の声だけが路上に響く。鉄の矢は雨に濡れて冷たくなっている。シュウは冷えた鉄塊をさらに冷やし、氷塊に変えることでなんとか危機を脱する。

「危なかったぁ……。でも、残念だね。この天候は僕にとって有利すぎる。砂海さんのようには行かないよっ!」

 動かなくなった氷塊がその場で大きな音を立てて爆散した。


 安心も束の間、次は路上に停められていた二台の軽自動車がシュウを取り囲むように飛んでくる。給油口から溢れ出すガソリンの異臭に鼻をつまむと、彼が立っているアスファルトが突如として自然発火した。


ドカァァァン……


「ったく……苛烈なんだよ!! ちょっとは整理させてよ! こっちは人質背負ってるみたいな物だよ!?」

 爆発による黒煙が青年の輪郭をぼやけさせるが、彼は確かに立っている。熱風の吹くアスファルトは、シュウの生み出した氷によって一瞬で消火されたのだ。

「ただ……一つだけわかった事がある。『君の能力』だよ」

 彼はいつの間にかフードを被っていた。一切の視覚情報をシャットアウトし、僅かな音の変化や風の動きを聴き分ける。

「“音”。さっきから攻撃が来る時、何かの音が響いてるんだ。もし、ラウンっていう人の能力が“音”に関係するものだとしたら……。必ずそこに痕跡が生まれるはず!」


 飛んでくるフロントガラスの欠片を風の動きで察知し躱すと、飛んできた順番をよく観察する。

「例えば……。『発生させた音が反響したものを操る』能力の場合なら、飛んできた物が元々あった位置で何処にいるかを割り出せるはず……!」

 彼は道路のタイヤ痕と、黒焦げになった軽自動車を見比べる。無理矢理移動されられたためか、アスファルトには所々に摩擦の跡が見受けられる。中でも一際濃い跡は、歩道にぴったり従くように駐車されている赤いスポーツカーの前方を指していた。

 最初にラウンが立っていた標識からそのスポーツカーまでは、目視で約二十メートルといったところだろうか。シュウはフードを脱いで確認する。彼女の目的から考えても、そう遠くへは行かないはず。つまり、ここから二十メートル圏内には確実にいる。そして、彼自身は標識があった所からほとんど動いていない。最も決定的なことは、目的の生物をシュウが背負っていることだ。

「つまり……後ろだッ!」


 大鎌の柄を地面に突き立てると、氷の境界が濡れた地面に広がりはじめる。一部分を残してスケートリンクのようになったアスファルトは、『適応できなかった場所』を明確に提示するかの如くキラキラと輝いている。

「あーッ!! ダメだったかぁ……」

 シュウの背後数十センチから彼の背中の包みに手を伸ばしかけているラウンは悔しそうにそう言い、凍った地面に手を着く。

「危なかった! あと少しで盗られる所だった……」

「そんなに渡す気がないなら……こっちも実力行使しちゃうよ? 覇斧《マルクス》ッ!」


 少女が召喚した武器は、彼女自身の印象とは程遠い戦斧《せんぷ》だ。屈強な大男ですら持ち上げられないような鈍重な業物を、彼女は両の腕で軽々と振り回した。

「ぶんぶんと……兜割りィ!」

 シュウの頭蓋すらも砕き斬りかねない一撃を彼はバックステップで回避すると、斧は路面に突き刺さり、鐘のように重い音が響く。

 その音に動きを支配された斧は、柄を中心にハンマー投げの如く横回転しながらシュウに襲いかかる。

「ちょっ、待っ、うわぁぁ!!」

 彼は大鎌の柄でなんとか斧の攻撃を防ぐが、あまりの衝撃で彼の武器が掻き消えてしまう。


ドゴッッ


 遠心力によって破壊力の増した金色の一撃が、シュウの鳩尾に叩き込まれる。

「うぁぁぁぁ……!」

 くの字に曲がったシュウの身体。青ざめた彼の顔から生気が消え、瞳から光が消えかけた。ふらりと身体が揺らいだその瞬間、彼は自らの右腕を噛んで失いかけた意識を繋ぎ止めた。


「凄いね、君。僕の攻撃で死ななかったヤツは早々いないよ!」

「…………。お褒めに預かり恐悦の至り……」

「あれー、どうしたの? 肋《あばら》折れちゃった? 苦しそうだねー」

「骨折なんて久しぶりだよ……。OK、再戦しよう。もう大丈夫だ!」

「大人しく渡してくれれば、そんなにボロボロにならなくて済んだのに……」

 シュウはフラフラと立ち上がると、再び臨戦態勢を取る。既に、身体はあちこち軋んだ音を立てていた。満身創痍だという事は火を見るより明らかである。所々の骨が折れているというのに、彼はそれが日常であるというように平然としているのだった。


 白刃が交錯し、いよいよ本降りになった雨が二人の火照った身体をクールダウンさせる。

「あのさ、一つ質問いいかな? なんでミューズくん狙ってんの? 殺されるなら誰でもいいんじゃないの? 例えば、僕でも……」

「そーだねー、君にはボクを殺す技量も才能も覚悟もあるんだよね! でもね、“トキメかない”。やっぱ最期は気に入った相手に殺されたいかなって……♡」

「意外とロマンチストなのか……。そして僕はフラれたって訳ね。なるほど、なんか悔しいな……!! それなら嫌でもトキメかせてやりますよ!」

 彼は再び召喚した凍鎌《エカチェリーナ》を構えた。前方にリーチを伸ばす構え――『突き』である。


 大鎌の刃が大きな斧を貫いた瞬間、金属同士が擦れ合う音が響いた。それは、さながら悪魔が絶命する瞬間に発するような断末魔だった。刹那、彼女の業物は左腕と共に凍てついた。

「名付けて! 『絶対零度の慟哭(フリーズ・スクリーム)』ッ!」

「なにそれ……ネーミングセンス分けてほしい……」

 少女はそんな願望を洩らすと、いつも通りに左腕を切り取ろうとした。

「ッ!?」

 しかし、ここで彼女にある問題が生じる。切断した左腕のあった傷口が氷によって塞がり、再生出来なくなっているのだ。本来なら出て然るべきの鮮血が、今は行き場を失ったように傷口の周辺に留まっている。

「血潮も凍る嘆きの冷気……ッ! どう、ビビった? これは惚れたでしょ!」

「へぇ……初めてだよ。ボクに再生できない傷をつけたのはッ!!」

 ラウンは嬉しそうな、それでいてどこか不機嫌な様子でそう叫んだ。

「そのまま凍てつかせてあげよう! 『絶対零度の慟哭(フリーズ・スクリーム)』ッ!」

 シュウは大きな構えと共にもう一度刺突を放つ。ラウンは意味をなさない祈りを叫ぶことしか出来ない。


 凪。その一帯は、ボリュームを極限まで絞ったラジオのような静寂に包まれた。大鎌の慟哭とラウンが状況を打破するために放った叫びが反響してぶつかり合い、お互いを打ち消しあったのだ。

「危なかった……!!!」

「トドメは刺せなかったか……」

 シュウが悔しそうにそう言った瞬間、彼の脳はさっき起こった現象を整理し終わる。

「あぁ……そういう対処法があるのか」


 一方のラウンは、自らの左腕が再生している事に気付く。頬を触ると、普段より体温が上昇していることが見て取れた。この呪いはここまで対処するのか……。あまりの応用範囲に軽い眩暈を覚えつつ、彼女は再び覇斧《マルクス》を握りなおす。


「そろそろいい頃合じゃない? 決着をつけるのには!」

「それは、君がコウモリ君を渡してくれるってこと?」

 ラウンが斧を振ると、風を切る音に反応して電柱がぐらりと倒れた。ブチブチと電線が切れ、窖《あなぐら》から這い出たヘビを思わせる高圧電流の帯が、シュウを喰らおうとする。

「上は電流の網、下は凍った地面! 避けなきゃ黒焦げのビリビリだよっ!」

「僕が黒焦げになるって事はどういう事かわからないの? 人質の意味考えようよ……。あー、でも今回ばかりはヤバい気がする」

 そう呟いたシュウは地面に手を付き、そのままアスファルトに伏せた。

「それは降伏の証と見ていいのかなッ!?」

 ラウンは勝利を確信し、彼の背中の包みへ手を伸ばす。


「何言ってんの? “君が”だよ!」

 アスファルトの亀裂から打ち上がった水流が、トランポリンのように少女の身体を浮き上がらせた。

「なっ、なんなの……ッ!?」

「地下水道って知ってる? この街に張り巡らされてるライフラインの一つだよ。地面に埋まってるヤツね」

「……ッ!! さっきから地面を冷やしてたのはまさか……!」

「地下の水流を打ち止めるためだね。斧を出した時、アスファルトに傷をつけてくれてありがとう。これで、行き場を失った鉄砲水が飛び出すことが出来た!」

「不覚だったッ! 君の攻撃ばかり見て、地下まで注目してなかった……!」


 シュウは無防備に浮き上がったラウンの身体に向けて、もう一度トドメを刺そうとする。

「ありがとう。物凄く久しぶりに心躍るバトルができた! じゃあ……バイバイね!」

 白刃が少女の首に届こうかという時、青年はそのままゆっくりと前に倒れた。

「…………!?」

 唖然とするラウンの眼前で、シュウは青ざめた顔を晒す。

「痛い……。無理しすぎた……ッ!」

「えっ……もしかして骨折の痛みをずっと耐えてたの!? どんな忍耐力!?」

 ラウンは驚愕しながらも、これがチャンスとばかりに背後の包みを強奪した。

「ちょっ……!」

「ふぅ……。やっとコウモリ君と相見える! やっと願いが叶う!!」


 ラウンは期待に胸を膨らませながら毛布を剥がすと、その中身に言葉を失う。

『私です。残念ながら……』

 シュウがずっと抱えていたディークの正体は、ソルグだった。

「……言ったでしょ? 僕は『時間稼ぎ』だって……」

「そんな……!? 話が違うじゃん!!」

「30分か……。意外と稼げたけど。三枝さん、ちゃんと連絡してくれてるかな……?」

 シュウはそう呟きながら、二日前の作戦会議を回想する。


 あの時、須藤刑事が頼んだことは『さっき言った作戦を全て忘れて、会議をやり直す』というものだ。それになんの意味があるのかは分からなかったが、見事に時間稼ぎが出来たという意味では作戦成功なのだろう。現に、ラウンは絶句しながら次の計画を思案中である。

「ハルちゃん、あとは任せたよ……」

 未知の強敵との戦いを精一杯楽しみつつ、青年の意識は暗い海に沈んでいった。

フリーズ・スクリーム(激寒)

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