OBとフクロウと組合
「ミューズ! まだ起きないの?」
『うるせぇよハル……日曜日のオカンかよ……』
「……なんかいつもよりテンション低いね?」
『俺が常にハイテンションな訳ねぇだろ、はっ倒すぞ……。昨日、調子乗って食い過ぎたアイスを恨んでんだよ……!』
「ふーん……。須藤刑事呼んでるけど、どうする?」
『俺、パス……』
「わかった! 私がいないあいだ留守番しといてね!」
『うるせぇ、デカイ声出すな……』
午前十時。ハルは普段より少しよそ行きな格好でマンションの一室から出る。四階から階段を軽快に駆け下り、向かう先は駐車場だ。
白線からはみ出すように止められた中古のセダン。傷付いたまま放置されたシルバーの車体が、持ち主の生真面目な性格にしては意外に感じる。
「須藤刑事、フィリップ君! お待たせしました!」
「出かける準備は終わったか? それと、ミューズは?」
「昨日の今日でお腹壊しちゃったみたいで、今日は留守番させてます!」
「そうか……。じゃあ、行こうか」
「昨日の帰りに話された時から聞きたかったんですけど……。あの、どこに連れていかれるんです?」
「そうだな、端的に言うとOBとの交流かな……」
普段は路地裏ばかり描写されがちなこの摩天楼にも、れっきとしたビジネス街はある。ハルとミューズが住んでいるマンションから車で15分、オフィスビルが多く立ち並ぶメインストリートの一角である。そこで何百人のサラリーマンが会社に縛られているのだろう。そんな企業の闇に挟まれる位置に、目指す目的地は確かにあった。
アスファルトに照り返す太陽は行き交うサラリーマンに汗を止めどなく溢れさせる。フィリップは長袖シャツに日傘を差し、ソルグの体力の消耗を必要最低限のものにする。
「ここが目的地……。なんか周りと雰囲気違いますね」
「この感じ……。あの人の趣味らしい……」
軒並み立ち並ぶオフィスビルの中に異彩を放つ建造物。〈夕澄書房〉と厳しいフォントで書かれた木製の看板は傾き、純和風の面影を残す引き戸には埃がこびり付いている。乱雑に“商い中”とだけ書かれた桂の木片だけが、今でも都会の重圧に押しつぶされずに営業中であることを静かに物語る。
須藤刑事は目の前の引き戸を軽くノックすると、バリバリと音を立てさせながら力の限り引いた。
「久しぶりだな、須藤だ――!」
本棚から溢れた古書が乱雑に積まれ、足の踏み場もない店内に埃が巻き上がる。光源はカーテンから僅かに漏れでる日光のみなので真っ暗だ。
「ひどい、何者かに荒らされたの……?」
『ラン様。ディークの気配はありませんが、この前の件もあります! 警戒してください!』
ガサッ
ハルたちは本の山の奥に人影を見つける。
「ふわぁ〜……。新聞なら間に合ってまーす」
伸びを一つして欠伸を殺し、フィンチ眼鏡を掛けた青年が気の抜けた応対をする。
「師匠、俺だ。ずいぶん久しぶりだな……」
「どうも、えーっと?」
「覚えてないのか? もう八年も経つもんな」
「八年……? あ〜、待って、記憶辿るから……。えっと、フミアキ?」
「その節は世話になったな」
「フミアキ! 久しぶりですね! アポ無しで訪ねてくるから誰かと思いましたよ! ちょっとシワ増えました?」
嬉しそうに笑う青年に背を向け、須藤刑事はハルたちに知り合いを紹介する。
「ハルちゃんとフィリップは初対面だろうね。この人はハクト……夕澄ハクト。俺のディークノア時代の師匠でありかつての相棒だ……」
夕澄書房には“支度中”の看板が掛けられている。長らく覆われたままだったカーテンは、陽の光を浴びて爛々と輝く。招かれた売り場の奥の畳部屋には、ハルが教科書でその名を知る著名な文豪の名作や、栞の挟まれた推理小説、ミューズなら目を輝かせて喜びそうな漫画本などが置かれていた。
「緑茶で良かったです?」
緩いマッシュがかった茶髪に端整な顔立ち。薄い紺色の作務衣を着たどこか柔和な雰囲気の青年は、にこやかに笑顔を振りまきながら四つ湯呑みを運ぶ。
フィリップは緑茶に躊躇なく二匙の砂糖を入れると、おずおずと質問し始めた。
「須藤刑事、この人一体何者なの? 前に言ってた人?」
「あぁ。〈組合〉のメンバーだ……」
二人の会話をハルが静止する。
「色々と待ってください! 全然何がなんだか全く微塵も理解出来ないんですけどっ!」
その声に反応したハクトは、ハルに穏やかな雰囲気で話しかける。
「あっ、質問ですか? 私が答えられる範囲ならいいんですけど……」
「須藤刑事って元ディークノアなんですかっ!? そもそもディークノアって寄生されなくなったらどうなるんですか!?」
「ええ、斯く言う私も元ディークノアですよ。そうですねぇ。ディークが願いを叶えられずに別離したケース、結構多いんですよ。今からその例をお見せしましょっか!」
ハクトはそう言うと作務衣の胸ポケットから薄紫の万年筆を取り出す。青いインクの出を調整すると、テーブルに置かれたメモ帳にサラサラと試し書きをする。
「よし、お名前を教えていただけます?」
「私ですか? ハルカ、北条遥です」
ハクトは名前の漢字まで聞くと、メモ用紙の中央に『北条遥』と丁寧に書く。
「これで良しっ……!」
そう言うと彼はハルのフルネームの書かれた紙にそっと手を翳す。
テーブルに置かれた紙には、青いインクでびっしりと別の文字が書かれていた。
「なになに……。〈北条遥 十六歳 九月七日生まれの乙女座 国立アルカトピア学園2-F 162cm/48kg コウモリのディークノア……〉コウモリ、か……」
「えっ!? こんな情報どこで!?」
「〈初恋の人:幼稚園の先生 最近買ったもの:お徳用チー鱈……〉」
「なんで誰も知らないプライベートな事まで書かれてるんですか!? プライバシーの侵害ですよ!!」
「私の能力は〈名前を書いた対象の真実のみを知る〉こと! 虚構が必要なのは物語だけで充分なんです……。それにしても、花の女子高生がチー鱈かぁ……」
「チー鱈美味しいじゃないですか!! 女子高生がチー鱈好きで何が悪いんですか!?」
その様子をじっと見ていたソルグは、小さな疑問を抱く。
『あの、能力の発現時にディークの気配がしなかったのはなぜでしょう……?』
それを聞いたハクトは、誇らしげに万年筆を指さす。
「付喪神ってご存知ですか?長い年月を経たものには神が憑く……。それの応用ですね」
『つまりどういう?』
「消えたパートナーの能力の記憶と自分の愛用してる物を紐付けするんです!」
『もしディークに何かあっても、宿主は能力を使い続けることができると?』
「その通りです! 確かフミアキも持ってましたね?」
「あぁ……。忘れられるわけ無いだろ?」
須藤刑事はそう言うとコートのポケットから二つのサイコロを取り出した。
「まぁ、俺の場合はただのジンクスというか悪癖というか……。あの能力はたまにしか使わないな……」
「さて、今回の本題は組合関係でしたっけ?」
「さっきから気になってたんですけど、組合って?」
「『太陽と林檎の会』。ふふっ、ネーミングセンスないでしょ?この街のディークノアの力の均衡を保ち、宿主に適切なディークとの付き合い方を指南するための組織ですね。ディークノアの先輩がきっと相談に乗ってくれますよ……」
「それは私も参加していいんですか?」
「もちろん! フミアキもそういう理由で連れてきたんでしょ? で、そこの子……フィリップ君?はどうされます?」
「僕はパス。群れたくない……」
「へぇ……。確かフィリップ君の願いは孤独になること、でしたね?組合の中に、孤独を経験した人がいたような……?」
「へぇ……」
フィリップの表情が変わる。その瞬間を見たハクトは満足そうに笑みを漏らした。
「興味出てきました? じゃあ面接終わり!」
ハクトはそう言うと二人の詳細なプロフィールの書かれたメモを丁寧に余つ折りにした。
「ミネルヴァ、起きてる?」
部屋の奥から白いフクロウを連れてくると、脚に余つ折りにしたメモを括り付ける。
「フクロウ……なんでまた……?」
首を傾げるフィリップにハクトは分厚いハードカバーの本を持ち、微笑みながら言う。
「昔から物語の影響を受けやすくて……」
「ハクト、今日はありがとう。あの子がコウモリのディークノアだ……」
「やっぱり、アイツはいつまでも昔と変わらなかったですか……?」
「あぁ、君の言っていたあの人の姿そのままだったよ」
「まったく、そういう所が嫌いなんだよ……」
「実は、少し調べて欲しいことがあるんだが……」
「へ? なんですか……?」
「『ラウン=ボルゾー』という女について調べてほしい……」
大都会の外れにひっそりと建つ洋館。景観を損ねるほどに違和感のあるその建築物には、少女と騎士が住んでいるという。
『今回の種はどうする?』
「これなんてどうかな!? ヤギ!!」
『ヤギねぇ……。お前を殺せるとは思えんよ』
「いいじゃん! 使えなきゃ壊すだけだし!」
少女はボール状のカプセルに五寸釘を打ち、煙とともに現れる小さなヤギにそっと耳打ちをする。
「今度は強そうなヤツに取り憑きなよ?」




