最終話 (サイドA)
書斎で領地の帳簿を整理していた。
馬車が到着する音とがしたと思ったら、何人もの人が入ってくるような騒がしさが近づいてくる。
どうしたのかと、書斎を出て、玄関の方へ向かうと。
使用人を何人も引きつれた、母がいた。
「どうかなさったの、お母様?」
使用人へ、荷物を運びこむよう指示をしている母に声をかけた。
母が、めずらしく不機嫌そうな顔をしている。
「あの唐変木が、あなたのロンバートに面会を許さないのよ」
”あの唐変木”は父のことだろう。
まだ”わたしの”ロンバートではないのだが、母はすっかり彼が気に入っているようだった。
そう、彼は何度も結婚の許可をもらおうと、王への面会を申請しているのだが、面会してもらえないのだ。
彼は、自分の身分では王との面会が許可されるとは思っていないため、気長に待つつもりのようだった。
本音をいえば、早く結婚して、一緒に暮らしたいと思っている。
私が婚約していない未婚の若い独身女性であるため、彼は評判を非常に気にする。
もう婚約しているも同然だと思うのに。
庭を一緒に散歩するときに、さりげなく彼の腕に胸を押しつけてみても、やんわり身を離される。
なかなか抱きしめてもらえる状況にはなれないし、ましてやキスともなると数える程で。
あの自制心をなんとかして打ち崩そうと、日々、苦労している。
「だから、しばらくここに滞在するわ」
母の言葉に、私が顔をしかめる。
どうして”だから”なのだろうか。
「夫婦はね、喧嘩したら”実家へ帰らせてもらいます”って伝言残して旦那が謝ってくるまで実家で待ってるものなのよ」
つまり、父と喧嘩して王宮を出てきた、ということらしい。
王妃がそうそう外泊していいわけがない。
こんな小さな屋敷では。
「ここでは十分な警護ができないわ、お母様」
ため息交じりにそう言ってみる。
「大丈夫、護衛は連れてきたわ。でも、そうね、南の土地に、もっと大きな屋敷を建てましょう。ここは私の実家になるんだし」
母の口から不思議な言葉が飛び出した。
母の実家?
母は遠い異国の出身だから、実家はないも同然だ。
だからといって、娘の住居を実家にするつもりだとは、思いもしていなかった。
「あら、言ってなかった?あなたの貴族名は私の名前からとってるから、わかってると思ってたわ」
顔が引きつる。
確かに、子供の頃から、老後は息子の嫁に面倒を見てもらうより、実の娘に面倒を見てもらう方が気が楽なのよ、とか何とか言って。
老後はあなたの肩にかかってるから、よろしくとは言っていた。
私のためだと思っていたけど、自分の老後のこととか、いろいろ考えた結果の協力だったようだ。
「ここは、そんなに豊かじゃないから、王妃が泊まれるような豪華な屋敷は建てられないわ」
ここは土地が痩せていて農作物の収穫高は多くない。
今は、私の持参金から取り崩して、やりくりしているが、将来的に余裕のある生活になりそうにはない。
王族が泊まれるような広い屋敷を維持するための人員を確保するなど、とんでもない。
そう思っていると。
「ここは、鉄鉱石が出るのよ。だから、すぐにお金を増やせるわ」
驚いた顔をして母をみていると、おかしそうな顔で話す。
「ここは、最愛の娘が一生生活に困ることがないように、長い時間をかけて陛下が選んでおいた土地だもの。ただの痩せた土地のわけないでしょう」
父が選んだ土地だとは、知らなかった。
王女を降りたことを怒っているのだとばかり思っていたから。
「てっきり、ここは、お母様が選んでくれたのかと」
思ったことを口に出して聞いてみる。
「私が手配したのは、彼よ。この土地のそばを買わせるよう彼にちょっかいを出したというか…」
母の行動は、ありがたい、というか。
手のひらで転がされている感もあって、なんだか、素直に喜べない。
「彼だけじゃないわ。性格のよさそうな有望な数人の独身男性に、この周辺を買わせてあるの。彼がダメなら、周りに目を向けてね」
そう言い残して、さっさと部屋へ行ってしまった。
こんな厄介な姑を抱えることになる彼に、一体どうやって説明しよう。
笑いが込み上げる。
問題は山積みだけれど、明るい未来が見えるから、きっと大丈夫。
~The End~
最終話まで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
別話「いつか陛下に愛を」の主人公達の娘のお話です。
お楽しみいただけたら、うれしいです。