新たな刀
翌朝。
新しい屋敷の居間では、朝食を終えた子供たちが食器を片づけていた。
「待て待て、皿をそんなに重ねるでない。割れたらどうする!」
ベルガが子供たちに声を掛けている。高い棚に器を戻そうとしたところで弁慶が手を差し出すと、当然のようにそれを預けた。
「そこへ頼むぞ」
「承知した」
「うむ。よくやった」
「拙僧は置いただけだが……」
子供たちが笑った。
アラタは戸口からその様子を眺め、それから声を掛けた。
「ベルガ。今日は正宗のところへ行ってくるぞ」
「例の鍛冶師か。勇者アラタの新しい剣であったな」
「うむ。そろそろ何か分かったかと思ってのう」
「できておればよいな。戻ったら妾にも見せるのだぞ」
「まだできておるとは限らんぞ」
「ならば完成させてから帰ってこい!」
「無茶を言うでない」
ベルガは愉快そうに笑い、また子供たちへ向き直った。
◇
正宗の工房に近づくと、金属を叩く音が路地まで響いてきた。
アラタ、志乃、圭介、弁慶の四人が扉を叩く。中から聞こえる槌音が止まり、ほどなく低い声が返ってきた。
「入れ」
炉の前にいた正宗は、四人の姿を見ると作業台へ顎をしゃくった。白髪混じりの髪にも、肘まで捲った腕にも煤が付いている。
「いいところに来たな」
「進んだのかの?」
「ついさっき仕上げた」
作業台には長い布包みがあった。正宗がそれを開くと、アラタは思わず一歩近づいた。
現れたのは、緩やかな反りを持つ片刃の刀だった。
黒みを帯びた刀身の内側に、灰銀色の筋が通っている。刃先は磨き上げられて鋭く光り、灰銀の部分は角度によって奥に青白い色を覗かせた。
「……刀、じゃと?」
「俺は刀鍛冶だ。知らなかったのか」
「いや、知っておる。じゃが、わしの頼んだ二つが、こんな姿になるとはのう」
今の世界でアラタが使ってきた鉄剣とは、形からして違った。
日本で生まれた身には見慣れたはずの反りが、長く離れていた故郷を不意に思い出させる。
「日本刀ですよね、これ」
圭介が隣から覗き込んだ。
「本当に正宗さんの刀を見られるとは……」
「この前も言っていたな。俺の名前がどうしたって?」
「いや、すごいことなんですけど……説明すると長くなるんで」
「ならいい」
正宗はあっさり切り上げた。
弁慶は少し距離を置いたまま、刀の反りから柄へ目を向けている。
「拙僧の知る太刀とは趣が違う。だが、見事な形だ」
「まだ褒めるな。切れるかどうかも試していない」
正宗はそう返したが、声には張りがあった。
志乃が刀身の灰銀色の筋を見た。
「その部分、前は削ることもできなかったんですよね?」
「今も単独じゃ傷一つ付けられん」
正宗は壁際へ積んだ使い古しの道具を示した。歯の潰れた鑢や欠けた刃が、いくつも混じっている。
「黒い金属は打てた。だから先に、そっちを鍛えていたんだ。ところが熱した黒い金属を灰色のやつに押し当てて槌を入れた時だけ、そいつの形がわずかに変わった」
「……あれが、曲がったのか?」
アラタの問いに正宗は頷いた。
「離せばまたびくともしない。何度も確かめたが同じだった。だったら離さずに打つしかないだろう」
「簡単に言いますね……」
圭介が呟く。
「簡単なら、こんなに道具を潰すか」
正宗は刀身の灰銀色の筋を指した。
「黒い方の形を整えながら、灰色のやつも少しずつ曲げた。刃になる部分は黒い金属から研ぎ出してある。途中で剥がれたり歪んだりせんよう、何度も打ち直した」
「なぜ黒い金属と合わせると変わるんでしょうか」
志乃が聞く。
「分からん。だが、分からんままでも、こうして刀にはなった」
正宗は刀の柄をアラタへ向けた。
「持ってみろ」
アラタは両手で受け取り、ゆっくりと構えた。
今までの鉄剣より、切っ先へ向かう重みの伝わり方が違う。力を込めずに手首を返すと、反った刃が滑らかに向きを変えた。
「……よいのう」
「まだ振ってもいないぞ」
「握り具合だけでも分かることはある」
アラタが足の位置を変え、もう一度構え直すと、正宗は黙ってその動きを見ていた。
◇
工房の裏には、試し斬りに使う場所があった。
藁束を据えた台と、地面へしっかり固定された一本の青竹。周囲には余計な物がなく、志乃たちも十分に離れたところへ下がった。
「まずは藁だ」
正宗の声に、アラタが頷く。
剣を振る時の癖で刀を運ぶと、反った刃の向きがわずかにずれる。
アラタはそこで一度動きを止め、握りと立ち位置を直した。
「どうした?」
「少し勝手が違う。面白いものじゃな」
次の一振りは迷いがなかった。
踏み込む足とともに斜めへ走った刃が藁束を抜け、切り離された上部が台の脇へ落ちる。
圭介が感心したように声を上げた。
「きれいに斬れましたね」
正宗は藁の切り口を確かめ、今度は青竹を示した。
「次はあれだ。刃を傷めるかもしれんが、試さなきゃ分からん」
「承知した」
竹の前に立ったアラタは、切り口が周囲へ飛ばない位置を確かめて構えた。
太さも硬さも藁とは違う。
先ほど掴んだ刃の向きを保ったまま踏み込み、斜めに振り抜く。
乾いた音の後、竹の上部が地面へ落ちた。残った竹は固定されたままで、断面には大きなささくれもない。
「……すごい」
志乃の声に、圭介が頷く。
だが、正宗が見ていたのは切り口だけではなかった。
「お前、最初の構えからもう直していたな」
「剣とは違うからのう。刀に合わせた方がよかろう」
「一振りもしていないうちから、よく気づく」
「長く剣を振っておれば、刃をどこへ通すかくらいは考える」
正宗はアラタから刀を受け取り、刃先と灰銀色の筋を入念に調べた。
欠けも歪みも見当たらない。
「今の試し斬りなら問題ないな。……お前に打ったのは間違いじゃなかった」
「それはこちらの台詞じゃ」
アラタは返された刀を、しばらく眺めた。
「よい刀をありがとうのう、正宗」
「礼はまだ早い。灰色の物がなぜ動いたのかも、どれだけ耐えるかも、分かっちゃいない」
正宗は作業台へ戻り、用意していた鞘を取った。
「使ってみて、変なことがあれば持ってこい。何もなくても一度は見せろ」
「わしの刀が気になるか」
「当たり前だ。あんなものを打つ機会は二度とないかもしれん」
「正宗さん、本当に嬉しそうですね」
圭介が言うと、正宗は否定もせず鞘をアラタへ渡した。
「代金は後で知らせる。安くはないぞ」
「分かっておる。仕事に見合う分は払わんとのう」
刀を収めて腰へ下げると、迷宮で剣を折って以来、何もなかったところへ重みが戻った。
◇
工房を出てからも、圭介は腰の刀をちらちら見ていた。
「アラタさん、帰ったらもう少し近くで見せてもらっていいですか?」
「構わんが、抜くのはわしがいる時だけじゃぞ」
「分かってますよ」
志乃が苦笑する。
「でもアラタさん、庭で試し斬りするのはやめてくださいね。町から借りてる家ですし」
「分かっておる。振り方を確かめるだけじゃ」
「その言い方もちょっと心配です」
アラタは笑いながら、腰の刀へ手を添えた。
今までとは違う重さだったが、不思議と邪魔には感じなかった。
「さて。ベルガにも見せてやらんとのう」




