影の契約
ガラの一角――林風が外交の中心で爆弾を投げ込んだその震源地から離れた、計算された薄闇の中に、アドリアン・ヴァルモンは身を潜めていた。
そこには、すでにアストリッドが待っていた。
メイランのような機能的なタキシードではなく、彼女は液体のように滑らかな濃色のシルクドレスを纏っていた。動くたびに布は身体に沿って流れ、まるで個室の影と溶け合うかのようだった。
アストリッドはカットグラスの杯を指先で弄びながら、先ほどの領事を眺めていた。その視線には、洗練された軽蔑と、ほとんど美学に近い賞賛が同居している。
「ずいぶん嫌われているみたいね、アドリアン」
危険な愛撫のような微笑を浮かべて言う。
「何をしたの? 当ててみましょうか……奥さんでも奪った?」
アドリアンは向かいに腰を下ろし、対峙の緊張で強張っていた肩の見えない結び目を、わずかに緩めた。
「無実だよ」
静かに答える。
「外交上の問題だ」
ほんの一瞬、戦略的な沈黙。
「だが、火の国の宝石市場が、今夜をもって私に閉ざされた。ヴァルモン家の供給網に、ボトルネックが生まれる」
アストリッドの眉がわずかに上がる。
「それほど深刻?」
「致命的だ」
彼は視線を外さない。
「レッドベリル。あれは一族の象徴石だ。原産証明のある供給がなければ、物語も、排他性も成立しない。そうなれば、市場はすぐに血の匂いを嗅ぎ取る」
アストリッドは杯を大理石のテーブルに置いた。前傾する。
空気が変わった。社交ではない。利害の交差だ。
「L'Empire d'Astrid が力になれるわ」
低く囁く。
「私のグループは鉱山を直接運営しない。生産を買い取る。提携する。ジョイントベンチャー。条約に指を差されない形でね」
その瞳が彼を射抜く。
「レッドベリルを調達して、ヴァルモン宝飾と結びつけることも可能よ」
「君は最高だ」
アドリアンは身を寄せ、口づけようとする。
しかし、彼女は二本の指で彼の胸を止めた。
「無料ではないわ」
アドリアンは彼女を引き寄せる。迷いのない圧。
「今夜……私の部屋で条件を詰めよう」
囁きは絹糸のように耳元をかすめる。
「環境影響評価書と探査許可は、すでに整っている。法的には完璧だ。だが、現地コミュニティとの事前協議は、君の企業に任せたい」
アストリッドは微笑む。それは媚びではなく、計算された勝利の表情。
「つまり私が“社会的オペレーター”になるのね」
「文化財団や教育プログラムを使って、土地の譲渡を“持続可能な進歩”として受け入れさせる」
「ビジネスをしてほしいだけだ、アストリッド」
彼はさらに近づく。
「深く。完璧に。そして――間接的に」
彼女は再び杯を手に取った。
「完璧ね。あなたは鉱山を掘らない」
微笑む。
「結果だけを買うのよ」
二人は無言で歩き、休憩室へ向かった。人目の届かない場所で、契約の細部を詰めるために。
その頃、蘇美蘭はアドリアンを探して会場を歩いていた。だが、見覚えのある気配が彼女の行く手を遮る。
「メイ」
親しげに呼ぶ林風。その距離は、まだ許されていないものだった。
「どうして挨拶をしてくれなかった?」
彼女は立ち止まる。ため息も謝罪もない。
「林領事」
きっぱりと言う。
「以前、はっきり申し上げました。私はあなたと結婚する意思はありません」
林風は顎を強張らせた。
「性急だった。君に話す前に父上に求婚したのは誤りだ。謝罪する」
「いいえ」
声を荒げずに言う。
「それはあなたの意図の表明でした。そして私の答えは変わりません」
「せめて友人に――」
「申し訳ありません。私の恋人は嫉妬深いのです。しかも今夜、あなたは彼を挑発した」
空気が重く沈む。
「恋人? ヴァルモンか?」
林風は信じられないという表情を浮かべる。
「メイ、あの男は人を物のように扱う。心などない。利害だけだ。離れるべきだ」
美蘭はわずかに首を傾げ、冷ややかな笑みを浮かべた。
「“心”を語りながら、ご自分の姿に気づいていないのですね」
一歩踏み込み、彼の間合いを侵す。
「アドリアン・ヴァルモンと私は恋人同士です。干渉なさらないでください。それに、私の問題はあなたの管轄外です」
林風の拳が握られる。
「彼は君を利用している。私が見た未来では――」
言葉を飲み込む。
「未来?」
美蘭は氷のように笑った。
「外交官に加えて預言者ですか? その幻視は、信じたい人にお見せください。父もあなたの申し出を断りました。私を“資産移転”のように扱った時点で、あなたも批判する男たちと同じです」
距離を取り、背を向ける。
「夕食をお楽しみください、林領事。それから忠告を一つ。私の恋人の名を二度と口にしないでください。彼は嫉妬深い。そして……“友人以上”を望む者を消す悪癖があります」
休憩室の扉に近づいた時、空気に残る振動を美蘭は即座に察した。顔は冷たい磁器の仮面。
扉が開き、アドリアンが出てくる。ほぼ完璧な姿。
「商談をしていただけだ」
巨額の合併を締結する時と同じ、低く中立な声。
だが、こめかみを伝う汗の一滴。彼女が整えたネクタイはわずかにずれている。
美蘭は怒鳴らない。騒がない。
一歩進み、プラチナの靴を正確に踏みつけた。乾いた動作。序列の重み。
アドリアンの瞳孔がわずかに開く。痛みを受け入れる合図。
「条件は……ご満足でしたか?」
絹の刃のような声で囁き、彼の額の汗をハンカチで拭う。
その瞬間、アストリッドが室内から現れる。シルクの裾を整えながら、呼吸はまだわずかに乱れている。勝者の小さな笑み。
二人の視線が交差する。火花。
「ドラゴン盆地の契約書は整っています、美蘭」
アストリッドは香りを残して通り過ぎる。
「アドリアンは……本当に、疲れを知らない交渉人です」
美蘭は彼女を見ない。視線はアドリアンに固定されたまま。
「林風領事はまだ会場にいます。火の国での取引が必要なら、私も力になれます。私の家族はあの国の出です」
アドリアンはわずかに目を細めた。
「てっきり、卒業したばかりの看護師だと思っていた」
驚きを滲ませる。
「まさか他国の出身とは」
だが内心では、すでに察していた。
彼女に自社案件を任せ、試していた。その結果は明白だった。
彼女は本質的に優秀だ。
かつての修真界でそうだったように――生まれながらの経営者なのだ。




