捕食者と交渉者
扉が乾いた音を立てて閉まる。
岳は設計図を机に置いた。
それは供物か、遺書のようだった。
余地はない。
この契約を逃せば張建設は消滅する。
赤字は世代を超えて連鎖する。
誇りの問題ではない。
会計の問題だ。
向かいに座るのはアドリアン・ヴァルモント。
未来と交渉する男。
「張さん」
彼の声は完璧に整っている。
「設計は優秀だ。しかし御社は必要ない。図面だけ買い取り、自社技術者で進められる。あなたの参加は……任意だ」
岳は深く息を吸う。
「ヴァルモント様。図面は買えます。しかし私たちが想定した調整、許容誤差、安全シミュレーションは置き換えられません。私たち抜きでは、投資は“割安なリスク”になります」
アドリアンは首を傾ける。
「値を吊り上げているだけでは?」
岳は微笑む。
「不具合が出れば法的責任は御社に帰属します。遅延は提示額より高くつく。すべて文書化済みです。私は責任を負う。その代わり、対価を」
沈黙。
彼女は懇願していない。
依存を逆転させた。
「いいだろう」
アドリアンは言った。
「契約する。ただし一ミリの逸脱も許さない」
「望むところです。全て契約書に明記します。あなたは安全を得る。私は効率を保証する。損失は出ません」
アドリアンは頷く。
数年ぶりに、真正面から目を逸らさない相手と出会った。
その瞬間、塔の頂で、
捕食者は同格の視線を受け止めた。
そしてメイランは、未来の火種を踏み潰すかのように、静かに“予防的措置”を発動した。




