レベル解放:資本の英雄(ヒーロー・オブ・キャピタル)
今日は、マクシミリアン・“マックス”・クレインにとって、やたらと忙しい一日になる予定だった。
彼はセレーネ・ヴィレッリの会社で働きながら、投資案件、拡張計画、そして――なぜか誰にも完全には理解されない“資本の秘密コンボ”を整理していた。
マックスにとって、すべての金融行動は戦略攻撃だ。
競合を倒し、敵対企業を買収し、評判ボーナスを解除する。
すべては「富ポイント」「XP」「隠し実績」として可視化されていた。
――もちろん、それを見られるのは彼だけだったが。
実を言うと、マックスは昨夜、一睡もしていない。
セレーネに認めてもらうための特別レポート――彼の中での“マスタープラン”を仕上げていたからだ。
彼女への淡い恋心が、彼を机に縛り付けていた。
数字、グラフ、戦略。おそらく理解できるのは自分だけ。
ほんのわずかな最適化を見つけるたび、彼は想像する。
セレーネが微笑み、頷いてくれる姿を。
……そして、時計を見て気づいた。
「やばい、遅刻だ!」
勢いよく椅子から立ち上がった瞬間――
ゴンッ。
頭を机の角にぶつけ、視界が真っ黒になった。
目を覚ますと、彼の前にメッセージが浮かんでいた。
光と効果音つき、まるでゲーム画面だ。
【おめでとうございます、ホスト】
【システム起動】
【レベル解放:資本の英雄】
マックスは瞬きをし、痛む額を押さえる。
「……え? なにこれ……現実?」
だが、セレーネのために用意した資料を思い出した瞬間、胸の奥で別の思考がよぎる。
――彼女が、俺の努力を知ってくれたら……
――もしかして、俺を見る目も変わるんじゃ……。
オフィスのドアを開けると、椅子の上に一つの包みが置かれていた。
無駄に高級そうな包装紙と、完璧なリボン。
添えられたメモには、署名はない。
【一日を元気に始めるために。楽しんで、資本の英雄。】
「……誰だよ……?」
中身は、明らかに“やりすぎ”だった。
高級金融ガジェット、ホログラフィック投影資料、年収より高い万年筆。
そして、ノートの表紙にはこう刻まれていた。
【常に一歩先を行くマックスへ】
「俺、まだ何もしてないんだけど……」
会社に到着すると、会議はすでに終わっていた。
整然と並ぶ椅子、積まれた資料、冷めたコーヒーと野心の匂い。
「セレーネ!」
彼女はすでに廊下を歩いていた。
ヒールの音、完璧にまとめられた髪、手にしたブリーフケース。
追いついたマックスは、息を切らす。
「待って! その、話が……!」
「ごめんなさい、マックス。次の会議なの」
立ち止まらない。
完璧で、遠い。
「すぐ終わるから!」
「……分かった。ついてきて」
マックスは深呼吸した。
彼女のペースを乱すと、いつも置いていかれる。
昨夜の“完璧な金融作戦”フォルダを大切に抱え、彼は彼女の後を追った。
ラスムント家へ向かう車内で、マックスは止まらなかった。
彼の計画は大胆で、天才的で、正気の境界線ギリギリ。
――これで、何百万も稼げる。
セレーネは黙って聞き、静かに評価していた。
到着すると、二人は入口で足を止めた。
ラスムント家は、見るからに打ちひしがれていた。
過剰な謝罪、震える声、必死な姿勢。
中央には、アドリアン・ヴァルモン。
完全な余裕で座り、赤ワインを口にしている。
隣には秘書、書類を持って無言。
言葉はいらなかった。
――すべて、彼が買ったのだ。
――負債も、企業も、逃げ道も。
「……これが、力……」
セレーネの瞳が、わずかに輝く。
その瞬間、マックスの胸に鋭い痛みが走った。
説明できない拒絶感。
――敵だ。
なぜか分からない。
だが、ヒーローが本能的に感じる“ヴィラン”への反応だった。
そして、セレーネの瞳の輝きが、それを決定的にした。
そのとき――
【DING】
【ヴィラン検出】
【脅威レベル:9001】
【警告:対象は近接味方に強い影響を及ぼします】
「……は?」
【観測結果:恋愛対象に“尊敬”反応あり】
【推奨:戦略レベルを上げ、スキル解放まで直接対決を回避】
「どんなクソシステムだよ……」
沈黙が場を支配する。
ラスムント家は屈服。
アドリアンは支配者。
セレーネは理解者。
マックスは――嫉妬と怒りと、通知まみれ。
アドリアンは立ち上がった。
「ラスムント家は、この街で私の右腕となる」
誰も反論しない。
「異議があるなら、今言え」
沈黙。
「それと――靴が汚れたら、誰かが磨く必要がある」
視線が、アンドリューに向く。
「君だ」
顔色が失われる。
アドリアンは再び座り、ワインを一口。
セレーネは、楽しそうに微笑んだ。
これは金ではない。
純粋な支配力だ。
マックスは胃の奥が重くなるのを感じた。
――世界は、戦場だ。
――そして、俺も戦わなきゃいけない。
たとえ、このクソみたいなシステムが
延々と通知を投げてきたとしても。




