表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/163

プレイヤーとテーブル

屋敷を出たところで、アドリアンはセレーネと鉢合わせた。

彼女は礼儀正しく挨拶し、わずかに微笑む。その声色は、丁寧さと好奇心が混じったものだった。


「覚えていますか? 昨夜、お会いしましたよね」


アドリアンは短く頷いた。

その視線が、無意識に彼女の隣に立つ若い男へと流れる。


隠しきれていない敵意。強張った腕。噛み締められた顎。

――嫉妬と対抗心が、痛いほど露骨だった。


理由もなく、それがアドリアンを苛立たせた。


何も言わず、セレーネに一礼すると、一歩下がる。

距離を取るために。


(今じゃない。こいつらと関わる時じゃない)

(……まだ、俺のゲームじゃない)


セレーネは一瞬、目を見開いた。

誤算だった。


彼の無関心は、婚約者がいるからの計算ではない。

本物の拒絶だった。


それが、彼女の心を捉えた。


今まで、こんな形で拒まれたことはない。

主導権は常に自分が握る側だった。


軽く傷ついた自尊心と、それ以上の興味。

セレーネは姿勢と笑みを即座に整えた。


――これは境界線じゃない。

――静かな挑戦だ。


そして初めて、テーブルをひっくり返せる相手に出会ったと理解した。


彼女は迷わず、マックスが抱えていたファイルを手に取ると、確かな足取りでアドリアンに近づいた。


「こちらのプランを、お見せしたいのですが」

「非常に有望な案件です」


マックスはその場に取り残された。

胸の奥が、鈍く痛む。


自分の努力。自分の計画。

それが今、別の誰かの手の中にある。


アドリアンは、興味というより礼儀でファイルを受け取った。

グラフ、資金フロー、予測。


分析は一瞬だった。


(セレーネの手なら……1億5千万から2億ユーロ)

(俺がやるなら……配置次第で、20億。いや、30億)


言葉はなかった。

必要なかった。


その沈黙だけで、差は明白だった。


セレーネは彼の思考を正確には読めなかったが、

評価されていることは感じ取った。


マックスは歯を食いしばる。

尊敬、嫉妬、そして経験したことのない無力感。


ゲームは始まっていた。


「まあ……」

アドリアンは肩をすくめ、穏やかに言った。


「金は金だ。嫌いな人間はいない」

「向こうからノックされたら、開けるだけの話だ」


そう言って車のドアを開き、

丁寧だが拒否の余地のない仕草でセレーネを招いた。


「会議までの道中で話そう」


マックスが一歩前に出る。


「ぼ、僕も一緒に……?」


セレーネは即座に手で制した。


「ダメよ、マックス。あなたは私の車」


胸を抉られたまま、マックスは立ち尽くす。


セレーネはアドリアンの隣に座り、

ファイルを膝に置いた。


ドアを閉める前、アドリアンは“教育”を忘れなかった。


新しい「靴磨き係」――アンドリューが、

不安に震えながら立っている。


アドリアンはわざと水たまりに足を踏み入れ、

わざとらしく驚いた。


「ああ、困ったな。アンドリュー」

「悪いけど……頼めるか?」


アンドリューは唾を飲み込む。

逃げ場はなかった。


マックスは、信じられないという顔でそれを見つめる。


セレーネは、かすかに笑った。

――これが、彼の世界の秩序。


支配。静かな暴力。

そして、残酷なユーモア。


マックスは深く息を吸った。


今日は、金融システムと戦うだけじゃない。

屈辱を芸術に変える男とも向き合う日だ。


車は滑るように走り出す。

セレーネはタブレットを取り出した。


「プロジェクト名は《オーロラ・キャピタル》です」


基盤は単純だった。

過小評価された太陽光・蓄電企業を買収し、

独自物流と統合。

産業向けに直接エネルギーを供給する。


アドリアンは黙って頷く。


「要点は発電ではなく、流通の支配です」

「分散した供給と非効率な物流を統合すれば、

コストは下がり、価格決定権を持てる」


グラフを切り替える。


「24か月で1億5千万から2億。

規制リスクは低い。

小規模地域から入り、利益の出る場所だけ拡張」


「堅実だ」

アドリアンは言った。


「だが君は、運営者の視点だ」

「システムの所有者じゃない」


「分かっています」

セレーネは即答した。


画面が切り替わる。


「あなたが入れば、性質が変わる」

「発電だけでなく、バッテリー、輸送、銀行」

「資本は、閉じた生態系を循環する」


アドリアンは肘を置いた。


「20億……」

「うまく組めば、30億だな」


セレーネは頷いた。


車内のスクリーンが次々と点灯する。

リアルタイムの資金フロー、企業地図。


必要な企業の多くは、

すでにヴァルモン家の支配下にあった。


一週間。

それが、アドリアンにとっての始動時間。


セレーネは表情を崩さなかったが、

瞳だけが光っていた。


「私が初期を整えます」

「あなたが吸収し、統合し、拡張する」


「君の立場は?」


「地域CEOと固定持分」

「支配はいりません。

10年分の信用が欲しい」


アドリアンは静かに彼女を見た。


「欲張らない人間は少ない」

「引き際を知る者は、もっと少ない」


「引きません」

セレーネは訂正した。


「手放せない価値を作るだけです」


沈黙。

数字と野心が、空間を満たす。


車が目的地に着いたとき、

アドリアンはわずかに笑った。


「最終資料を用意しろ」

「数字が立てば……

オーロラ・キャピタルは“案件”じゃない」


「**基盤プラットフォーム**だ」


セレーネはファイルを閉じた。


まだ契約はない。

だが――


数十億を基準に世界を見る男と、

対等にテーブルにつき、生き残った。


それだけで、十分すぎる成果だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
"読んでいただきありがとうございます!コロンビア人ですが、日本のアニメや小説が大好きで頑張って書いています。翻訳ツールを使っての投稿ですが、楽しんでいただければ幸いです。"
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ